1948.01(米)マンテル大尉、墜落死事件 (後編)
ミナティはいま、自由だった。
地球の空は広く、終わりがない。
広大な北米大陸の乾いた大気の中を飛翔する。
「にゃはは、ジグザグ飛行なのダ」
半竜人の翼では空は飛べない。飾りのようなもの。けれど魔女からもらった『飛行魔法結晶体』なら思考のままに飛べる。
急上昇、急降下。鋭角ターン。そしてジグザグ飛行だって可能なのだ。
「……っと、遊んでばかりいると魔女さまに怒られるのダ」
ミナティは思い出して震え上がった。
レプティリア・オリオンヌは、とても恐ろしい魔女だ。
気分屋で自分の思い通りにならないと癇癪を起こす。すぐ殴るし、蹴られる。
機嫌が悪いとご飯も抜き。だけど夜食はもらえたりする。
ミナティは「貴重で丈夫だから」と魔女は言う。
あの日――。
地下の実験施設に、突然ふらりと魔女レプティリアが現れた。ミナティが物心ついた頃から閉じ込められていた場所に。
『その子をちょうだい』
軽い調子で言った。まるでお菓子をねだる子供のような口ぶりで。
『ふ、ふざけるなレプティリア! 貴様……! ここが、この私……七賢のアルチェリータの領域と知っての狼藉か!?』
『知らないね。欲しいからもらう、それだけさね』
施設の主は七賢者のアルチェリータ。他にも施設を守る手下の魔法使いや魔装具で武装した兵士たちもいた。
けれど魔女レプティリアはおかまいなし。強かった。
凄まじい魔法であっという彼らを叩きのめした。
『……他愛ない』
ダークエルフ特有の長い耳に、黒髪をかきあげ床に倒れたアルチェリータの頭を踏みつける。
『こ、こんなことして……許さ……おぶっ!?』
『負け犬の戯言なんざ聞きたくないね。わちきは生きたいように生きるのさ』
おー。
すごい。
凄い魔女さんなのダ。
そのときのミナティはただ目を丸くしていた。
『さぁ、一緒においで。今日からお前は、わちきのものだ』
『そうなのダ?』
『そうだともさ』
不敵に笑う魔女。
ミナティにとっては面白いことをする人。という程度の認識だった。主人が誰かなんて関係ない。
その日からミナティは、魔女レプティリアの眷属になった。
大昔の邪悪な魔法使いが造り出したという、竜人と人間のハーフ。その子孫という理由だけでミナティは捕えられ、閉じ込められていた。人間ならとうに死んでいるであろう採血や、魔法による拷問のような繰り返される実験に耐える日々は終わりを告げた。
そして、今。
「空を飛べるー!」
人間の街が見えた。
魔法のない世界だというのに、あのキラキラした明かりは何で光っているのだろう?
何故、馬もいないのに鉄の乗り物が動いているのだろう。
そして、鳥を真似たような不格好な乗り物が、追いかけてくるのだろう?
回転翼の振動音が迫ってきた。
四機ばかりの青黒い色の、翼を広げたような鉄の鳥。
「地球人の……空飛ぶモノなのダ!」
ドーム状のガラスの出っ張りの中に人間が見えた。
彼らが空を飛ぶ鉄の鳥を操っているのだろう。
ミナティは嬉しくなった。
追いかけっこは楽しい。
大空の追いかけっこ。
「ついてくるのダー?」
けれど鉄の鳥たちは遅かった。
必死でついてくる様子はわかるが、全然遅い。
鋭角にターンすると、大きく旋回しながらようやく追いかけてくる有様だ。
「……つまんない」
そろそろ帰らねばならない時間も近い。
ミナティは高度をあげた。
5000メルテ、5500メルテ。
だけど、鉄の鳥のひとつが執拗に追いかけてきた。
『――こちらマンテル大尉! 銀色の円盤を追跡中……! 高度6000まで上昇中……くそっ……酸素が……』
空を飛ぶ鳥を操る人間の、地球人の声が聞こえてきた。
かなり苦しそうだ。
「無理しないで帰るのダ!」
ミナティは叫んだ。
けれど必死に、ヨタヨタと上昇してくる鉄の鳥。
『――銀色の円盤を追跡、バカな、中に人――――』
次の瞬間。
鉄の鳥がグラリと傾き、錐揉み状態になり落下していった。
空中で回転し翼が折れた。炎を吹き、バラバラになって落ちてゆく。
「あぁ……!?」
ミナティにはもうどうすることも出来なかった。
すでに帰路『次元跳躍魔法陣』による『次元回廊』へと突入しつつあったからだ。
マンテル大尉と名乗った地球人は、無事だろうか。
ミナティはぎゅっと胸が締め付けられる思いのまま、地球を後にした。
<つづく>
【ワンポイント解説】
・1948.01(米)マンテル大尉事件。
ケンタッキー州に出現した「銀色の未確認飛行物体」を追跡したマンテル大尉が墜落死した事件。
報告を受けアメリカ空軍の戦闘機(P-51)が追跡、しかし高度7000フィートまで上昇したところで連絡が途絶えた。
ケンタッキー州の地表で発見された際、戦闘機の残骸は空中分解したらしく、
大尉の遺体とともにバラバラの状態で広範囲に散らばっていた。
「UFOに撃墜された」わけではなく機体が上昇を続けことで低酸素状態となり操縦を誤り、機体の制御を失ったものと思われる。
※ミナティは悪くない。