1947.07(米)ロズウェル事件、円盤墜落(後編)
「グレイアさま、今日のおやつは野イチゴのタルトです」
「うれしい、ありがと!」
「どうぞお楽しみください」
美少年執事のマース君が微笑みを添えてくれた。
案内されたお茶用のお部屋は、中庭が見下ろせる風通しのよいところ。薔薇や季節の花が咲いている庭を眺めながら、優雅の午後のひとときを楽しませていただきます。
テーブルにつくなり、焼き菓子とお茶が運ばれてきた。
これぞ貴族。
居候、食客の身分だけど……。
最初は堅苦しいと思ったけれど、とにかく食べ物には困らない。以前みたいに川で魚を獲ったり、野うさぎを捕まえなくてもご飯が食べられる。
素敵!
朝晩のご飯は美味しいしおしゃれ。午後のティータイムなんて、その響きだけで私は幸せな気分になる。
「ローズウェル様、本日のお茶は南マリノセレーゼ領ヴェトムニア産でございます」
「ふむ、さすがに香り高いね」
先に席に着いたローズウェル様が、紅茶の香りを楽しまれる。
はぁ……素敵。
我が師匠ながら思わず見とれてしまう。
整った顔立ち、すっとした鼻梁。午後の日差しがレースのカーテン越しに銀色の髪を輝かせる。
猛々しく荒ぶる魂を、気品ある貴族服で包んでいる。いつ解き放たれるかわからない野生味。
魔法使いのイメージとはかけはなれた雰囲気こそが、伯爵様の魅力なのです。
「腕を上げたね、マース」
「ありがとうございます」
華を添えるのは、金髪美少年の執事くん。その存在は可憐な花をイメージさせる。
もうそこは抱きしめちゃっていいよ!
絵になる。
目の保養だわ。
「むはぁ……」
私は二人の尊みあふれる姿を眺めつつ、野イチゴのタルトをパクついた。お茶を飲み干したけど味なんてよくわからなかった。
「グレイア、お茶を楽しんでいるかい?」
「えっ? はい、もちろんです、最高です!」
ローズウェル様の口元には柔らかい笑み。
あぁ私に向ける眼差しもいい感じ。
「……コホン、グレイア様。湿った目つきで伯爵様をずっと見ておられるので、気になったのかと」
マースくんが言葉を選びつつチクリ。
「なっ!? 私、そんな目つきしてた!?」
「はい」
「どんな目よ」
「じっとりと舐めるような」
困り笑顔で小さく頷く
「し、してないってば!」
「ははは」
ローズウェル伯爵さまが笑う。和やかムードはいいけれど、私の視線が気づかれていたとは……。
マースくんが紅茶のおかわりを注ぐ。
「さて、そろそろ地球の様子を見てみようか」
「はい!」
ローズウェル伯爵さまが空中に魔法円を描く。
これは指先から魔力を束ねた糸を出し、描き出している魔方陣。様々な詠唱魔法を最初から編み込んであり、魔法円を描くと魔法の効果も励起される。
次元跳躍型の遠視魔法だ。
送り込んだ『飛行魔法結晶体』はオレンジ色の光に包まれ、順調に飛行していた。
「北米大陸、ニューメキシコ州、ロズウェルに向かう空域を飛行中。高度は三千メルテ。雲を抜け降下中、地表を詳しく調べるコースだね」
地球人の言語解析から国名や地名を理解し、大方の地表マップはつくった。
信じられないことに地球は丸い!
青く光る球体だ。
私たちの平たくて末端がループする大地とはまるで違う謎の宇宙原理。
落っこちないのが不思議だけど、本当の異世界がそこにあった。
砂漠と山脈がみえた。
広大な土地。ここまで降下すると普通の大地とかわらない。
未知の新天地。けれど攻撃的で危険な武器をもつ地球人の地……。
「グレイア、ホムンクルス達を頼む」
「任せてください」
円盤型の『飛行魔法結晶体』の中には、三人の人造生命体を乗せている。
あの子たちはがんばってデータを収集してくれているはず。
私も手元で魔法を励起する。
魔法の通信回路はローズウェル様に相乗りさせていただき、情報をリンク。地球に送り込んだ三人の『リトルグレイ』くん達の様子を確認する。
『地表ニ地球人ノ基地、12万メルテ西方』
『飛行機械、数機が地表ニ駐留』
「がんばっているみたいだね」
「えぇ、順調です」
観測データは順調に取得できている。
「いまのところ問題はないね」
「これなら私が直接いっても大丈夫だったんじゃありません?」
「今回は彼ら地球人の軍事基地に近い。念のためさ」
「そうですか……」
次こそは私が行こう。いろいろなものを見てみたい。今度は大きな街が見たい。どんな暮らしをしているのか知りたい。
いつか着陸して、地球人と話もしてみたいな。
と、その時だった。
警報が鳴り、円盤がガクリと揺れた。
リトルグレイくん達が驚き、顔を見合わせた。
『状況、報告』
『外部から強力な空間波動、電磁波……確認』
グラグラと揺れる視界、三人のリトルグレイくん達にはどうすればいいかわからない。
「『飛行魔法結晶体』が不安定に、干渉されている……!」
ローズウェル伯爵が真剣な顔つきになった。
手元でいくつかの魔法を励起、現地の円盤を安定化させようと試みている。
「お師匠さま、ダメです飛行魔法が壊れちゃいます!」
「これは、軍事基地からか」
『状況、プラズマフィールド崩壊』
『制御不能、緊急時対応……全データ送信』
『高度……低下、地表マデ、800メルテ』
『状況、判断不能――』
地表がみるみる近づいてくる。牧場らしき草原と建物が見えた。
「墜落しちゃう!」
「グレイア! 魔法回線を切断する!」
ローズウェル様が通信系の魔法を強制的に遮断した。私は強烈なめまいを感じ、椅子から転がり落ちた。
「グレイア、大丈夫か」
気がつくと私はお師匠さまに抱きかかえられていた。床の上から上半身を起こされた格好で。
「お師匠さま……?」
「リトルグレイたちと感覚共有していたからね。フィードバックの衝撃で精神を失調したんだ」
「……あ、ありがとうございます」
私は数分間、気を失っていたらしい。
「起き上がれる?」
「はい」
息のかかる距離にローズウェル伯爵様の心配そうな顔。もうすこしこのままでいたかったけど、私は起き上がった。
「グレイアさま、冷たいタオルを」
「ありがとうマースくん」
差し出されたタオルを受け取り顔を拭く。
「……リトルグレイくん達は?」
「残念ながら……。衝突の衝撃で死んでしまった」
「そんな……」
ぎゅっと胸がしめつけられた。人造生命体だけど悲しい。私とお師匠さまで造った子たちだったのに。
「墜落後も遠視魔法が少しの間だけ、維持されていた。あの子たちが最後までがんばってくれたお陰でデータも回収できた」
ローズウェル様が魔法のウィンドゥを空中に描き、データを見せてくれた。
二ヶ所の軍事基地から電波――次元振動波が向けられ、『飛行魔法結晶体』が不安定になった。
墜落した場所からの視界で、何か乗り物のようなものが近づいてくるのが見えた。結晶化した円盤の残骸やリトルグレイくんたちの死体を回収しにきたのだろう。
「これって、攻撃されたんですか?」
「かもしれない。今後はより慎重なアプローチが必要になる」
「お師匠さま……」
「グレイアを危険な目にあわせるわけには」
私は複雑な気持ちだった、
リトルグレイくん達の犠牲は、無駄じゃない。私の身代わりになってくれたんだ、追悼と感謝を。
そして地球人が怖いという気持ちも芽生えた。
確かに危険もある。だけど、私は新天地をもっと見てみたい。いろいろな事を知りたい。人間の街だって見てみたい。
私のなかで好奇心が恐怖や迷いに勝る。
「私、また地球人に行きたいです!」
「グレイア」
ローズウェル伯爵は驚いた様子だった。けれど優しく目を細め私の頭にそっと手をのせる。
「危険は冒険につきものです! でしょ?」
そのために私がいるんですから。
「あぁ」
<つづく>
【ワンポイント解説】
・当時のロズウェル陸軍飛行場には米軍唯一の原爆戦部隊が駐留していた。
・UFO出現後、ニューメキシコ州のホワイトサンズ空軍基地ほか、近隣数か所のレーダーサイトにより補足され、UFOはロズウェル近郊で消失(墜落)したとされる。
・強力なレーダー波がUFOの推進システムに影響を及ぼした可能性が示唆された。
・回収された円盤状物体の構成材は超高強度であり、地球起源のどんな物質とも異なる材質であった。
(諸説あり)
※ロズウェルで墜落したUFOは、グレイアとローズウェル伯爵の送り込んだもの。
宇宙人も「人造生命体」というのが真相である。
次回、「マンテル大尉、UFO撃墜死事件の真相」お楽しみに。