喫茶ローズウェルへようこそ!
時は流れ――。
地球暦2020年、夏。
米国の国防総省は未確認現象、俗にいう「UFO」の存在を認める動画を三つ公開した。
戦闘機に搭載された赤外線カメラ映像――IRセンサ類による画像――が証拠として広く世界中に公開されたのだ。
それにより単なる妄想や見間違い、オカルトや似非科学として片付けられていた現象が世間の注目を浴びる事となった。
UFO現象は存在する。
地球の超大国、アメリカが正式に認めた瞬間だった。
レーダーで捕捉でき動画としても記録可能となれば、厳然たる「現象」である。それが国防上の脅威となり得るかは分析中だという。
公開された三つの動画は米国軍機が撮影したもので、楕円形の円盤状物体が空中で不規則に動く様子を撮影したもの。三角形の物体が移動する様子、小型の未確認飛行物体が急加速する様子が確認できる。
物体は自然現象や既存の飛行機、ドローンでは説明がつかないとして、未確認オブジェクトと呼称されるという。
UFOの研究に長年携わっていた専門家たちは興奮し、ある研究者はこう述べている。
「人々が昔から目撃してきたUFO現象は、存在します。誤認のケースを除けば、正体について三つの説に集約できます」
1、地球外知的生命体の乗り物である説。あるいは「彼ら」のドローンという可能性。
2、地球で製造された物体である説。しかし米国を超える科学技術をもつ国家が存在しない以上、超古代の文明、たとえばムーやアトランティスといった「失われた超古代文明」を起源とする可能性。
3、次元を越えて飛来する「生命体」という説。空中での動きが生物的であることから、説得力があるという。
「いずれにせよ『彼ら』は人類より遥かに高度なテクノロジー、もしくは『魔法』じみた未知の技術体系を有し、知覚不能の領域の彼方から飛来してるのです――」
地球のテレビは映像が美しい。
無料で視聴できる地上波と呼ばれる局のニュースでさえ、こうして鮮明なUFO映像と解説が流れている。
凄いテクノロジーだと感心する。
コーヒードリッパーにお湯を注いでいた喫茶店のマスターは、テレビの解説に耳を傾けながら、ついひとりごちる。
「当たらずとも遠からずさ、地球人」
◇
「地球時間で7時15分ですよ」
「って、遅刻じゃん!?」
私は慌てて飛び起きた。
転がるように洗面所まで走る。
「グレイア、着替えはこちらに」
すました顔で美少年執事のマース君が追いかけながら、制服を手渡してくれた。
「どーして起こしてくれなかったのよぅ」
顔を洗って魔法で寝癖を直し、制服に着替えるという離れ技を披露するハメになる私。
さらに机の上にある通学用の鞄を、念動魔法で手元に引き寄せる。途中で花瓶を倒したらしく割れる音がした。
マースくんが箒と塵取りを手にし、ため息を吐く。
「何度も起こしましたよ。あと五分、あと三分と繰り返していたのはグレイアじゃありませんか」
「うーっ」
そうかもだけど。
眠かったんだもん。
夕べ遅くまで学校の宿題をやって、寝るのが遅くなってしまった。地球の言語のなかでも、とりわけ日本語は『翻訳魔法』でも難しいのだから。
「地球時間で7時20分です、お急ぎを」
「わかってる」
とりあえず準備はオーケー。
お屋敷の玄関に駆け足で突進し、外へ……ではなく玄関ホール脇にデンと設置された大鏡へと飛び込む。
まるで水面のように揺らぐ光が私を包み込む。
大きな鏡は、お師匠さまが一年を費やして完成させた『常設型の次元回廊』だ。
これに飛び込めば直接、地球の日本へと行ける便利な魔法のアイテム。
仕組みは『細長い飛行魔法結晶体』を入り口と出口に繋いでるイメージなのだとか。
跳躍する亜空間も短縮し、まさに「ドアトゥドア」で日本へと行ける。うーん、流石はお師匠さま。
ちなみに王国の魔法協会や、聖堂教会などなどの関係各所には「秘密」なのだ。
とはいえ実際は、魔女レプティリアさんと養子のミナティ、聖女プレアデスさんと弟子のアルクトゥスも同型のポータル装置を持っている。
まぁ、すったもんだの末、お互いに秘密でいこうということらしい。
「ほいっ……と! 到着」
飛び込んだ次の瞬間には、軽い目眩とともに一瞬で地球へ。
そこは綺麗な薔薇が咲き乱れる、白いガゼボ(※東屋)の内側だ。
学校に直接ついたら楽だけど、そうもいかない。
ポータルの出現ポイントは、地球の日本。とある海辺の地方都市にある、小さな喫茶店の裏庭にあたる場所。
小さな庭園は余所から見えない。
こうして異世界から出入りするには都合がいい。
喫茶店の店舗は赤い瓦屋根、薪ストーブの煙突が目印だ。白い壁に緑の蔦がへばりついている。可愛くてオシャレ。
王都でも通用するセンスの家を見つけるあたり、さすがローズウェル伯爵さま。立地は海からはすこし離れた緑豊かな郊外で、田園風景と里山の緑も色鮮やか。
喫茶店の裏口から建物に入り、バックヤードを通り抜けるとコーヒーの良い香りがしてきた。
「おはようございます!」
私はほぼ駆け足状態でお店に飛び込んだ。
喫茶店のカウンターの内側には、エプロン姿も素敵なオーナーの青年――正体はローズウェル伯爵さま――がいた。
金髪を後ろで緩く束ね、パリッとした白いシャツに緑のエプロン姿。うーん麗しい。
「おはようグレイア。時間、大丈夫かい?」
コーヒーを淹れながら微笑む。
朝日とお師匠さまの笑顔がまぶしくて、私は目を細めた。
「だいじょばないです! 空飛べば間にあうと思いますけど」
「それはやめておこうか」
「ですよね」
私は諦めて走ることにする。
高校の制服のフレアスカート、夏服の半袖。
髪は肩まで伸びたけど、あいわからず地味な顔のわたしが鏡に映る。
ちなみにエルフ耳は魔法で隠している。
「グレイア、朝ごはんは?」
「食べてないです」
「だと思ってトーストを焼いておいた。バターたっぷりだよ」
「嬉しい! お師匠さ……じゃなかった、オーナーありがとうございます!」
「あぁ、いってらっしゃい」
私は笑顔のオーナーの見送りを背に、食パンを咥えて店を飛び出した。
カランコロン――と、ドアベルが心地の良い音を奏でる。押し開けた重厚な木製の扉には、店名を刻んだ小さな真鍮プレートが貼り付けてある。
『喫茶 ローズウェル』
伯爵さまは地球で、どうしても喫茶店をやりたかったらしい。
『実は僕の一番の野望なんだ。それとグレイア。君の日本での高校生活、制服姿が見たい』
『お、おぅ……?』
今から一年前。お師匠さまの真面目な告白に、私は目を白黒させたっけ。
なんでもウィキミルンと賢者のご先祖さまの日記に、熱い筆致で「JK、すごい、可愛い」と書いてあったみたい。それ普通にヤバイです。
食パンを咥えて遅刻遅刻! と走るJKは特に伝説級の存在なのだとか……って私じゃん!
それはさておき。
お師匠さまの始めた喫茶店は順調。
野望の第一歩、生活の拠点の確保はうまくいっている。
イケメンのオーナーがいる! と口コミとSNSで話題になり、昼間は若い女性客や近所の主婦たちが大勢して列をなし押しかけてきてくれるのだ。
私としては複雑だけど……まぁ仕方ない。
お店はオーナーが一人で切りもりするのは大変なので、昼間はバイトが交代でやってくる。
一人はインド人風のお姉さん……に変装した魔女レプティリアさん。
もう一人はギャル風のメイクに身をやつした(?)聖女プレアデスさん。
信じられない豪華ゲスト。それぞれ「気まぐれで」と「監視のため」といって憚らない。
特にレプティリアさんは厨房にも立つ。料理の腕だってなかなか。キノコソテーパスタが得意だけど、ちょっと心臓に悪い。
私も学校が終わると戻ってきて、お手伝い。
ちなみに私は「オーナーの姪」ということになっている。じゃないと女性客たちに「殺意」をもたれるからだ。
というわけで、喫茶ローズウェルはとても賑やか。
私はパンを咥えたまま駆け足で学校に向かう。
国際色豊かな、海辺の町。
私みたいなどこの馬の骨とも知れない外国人がいてもそんなに目立たない。
「おー、グレイアおはようなのダー!」
交差点で、私のように疾走している別のJKと合流した。
「ミナティ!? こんな時間で大丈夫」
「朝練のあと、家に戻ってシャワー浴びてたら遅くなったのダ」
「で、また走ってるの!?」
赤毛をポニーテールにしたミナティ。
信じられない体力ね。
さすがに背中の羽と尻尾は「外国人」でもバレるので私の耳とおなじ魔法で誤魔化している。
同じインターナショナル高校の、体育学系の特別推薦。こうしておなじ高校に通えるのは嬉しい。
朝の光が眩しい岬の先に学校がある。遠くの半島から海へと続く空を、光の梯子が降りてくる。
キラキラとした水平線の向こうに光るものが見えた。
「あ……UFO」
金色の円盤がジグザクに飛んで一瞬で消えた。
あれはたぶん、アルクトゥスの飛行魔法結晶体。風紀委員の彼女が遅刻するわけにはいかないものね。
「そういえば、グレイアは部活決めたのダー?」
駆け足をしながらミナティが瞳を向けてきた。
きらきらとした希望に満ちた瞳。
私は食パンを飲み込んだ。
「んぐ? うーん。特に」
だってお店のお手伝いもあるし。
「オラは地球人最強アスリートを探すため、陸上部なのダー」
「ミナティはぴったりだよね!」
私は何にはいろうかな。あまり面倒臭くないの、時間に束縛されないのがいいな。
高校に近づくと他に大勢の生徒が小走りで校門を目指していた。
遅刻はギリギリ回避できそう。
と、校門の横で水平線や空を指差して、興奮気味に友達と話している女子がいた。黒髪にメガネの子とショートカットの子。スマートフォンを片手にガッツポーズ。
「つ、ついに撮影したわ! 金色のUFO!」
「オカルト研究会改め、UFO研究会だね!」
「UFO研究会……」
そんなのあるんだ。
でも、それもいいかもね。
地球人の認識を知る意味で、フフフ。
「グレイア、悪だくみの顔してるのダー」
「し、してないよっ」
私は駆け出しながら、夏の空に視線を向ける。
頬を撫でる風はまだ冷たくて心地いい。
どこまでも広く澄んだ空。
地球での野望と希望に満ちた暮らしは、今はじまったばかりなのだ……!
<了>
【作者よりの感謝】
最後までお付き合いいただいて感謝です。
グレイアたちの地球と日本人を知る旅は今始まったばかりです。
楽しい学園編、喫茶店編などはどこかの並行世界で続くことでしょう。
また本作では紹介しきれなかったさまざまな時代の、多くのUFO目撃、宇宙人遭遇事件。
その多くはグレイアたち異世界人によるものでしょう。でも……もしかすると本当に宇宙から来た「異星人」がいたかもしれませんね。
応援いただき感謝です。
また新作でお会いしましょう★
ありがとうございましたっ!




