伯爵さまの冴えたやり方
「これって『次元回廊』ですよね」
「あぁ、実に見事なものだ」
私とローズウェル伯爵様は空を見上げていた。
ここは、ネオ・メタノシュタリア郊外、イスラヴィアへ向かう街道の途中。その空に突如、次元回廊が生じ、ぐるぐると渦を巻いている。
魔力の目を通して眺めると、地球へと通じる次元の通路に違いない。
「天然モノでしょうか?」
「いいや。おそらく何者かが地球の、それも何百年もの過去に跳躍し、干渉した結果として生じた人工物のようだ」
「何者かって……」
何百年もの過去へ跳躍する魔法。そんなことが可能なのだろうか?
「時間の流れに逆らい、因果に干渉。最初からここに存在したことになっている」
お師匠様の素敵イケメンな横顔をぼーっと見つめながら思案する。
そんな魔法を使えるのは七賢者クラス以外には考えられない。
「そもそも時間跳躍魔法なんて……禁呪ですし」
「禁呪どころか、存在さえ信じられていない。失われし『古の魔法』に属する神話級さ」
「そんな事ができるのは」
「あの人しかいない」
顔を見合わせる。
思い当たるのはお師匠様のお師匠様、最恐魔女のレプティリア・オリオンヌ。あの人しかいない。
「おそらく次元回廊は、過去に繋げたのだろう。それが我々のいる世界の時間経過に伴って、無数の可能性……時間軸へと分岐している。川に投げ入れられた石の起こす波紋のように、未来へと影響を及ぼすから」
「んー? わかったようなわからないような……。いずれにしても、地球に行ける便利な近道が出来たのなら歓迎です」
ここはお屋敷からも近い。数十分も飛べば到着する上に街道からも離れ、人目にもつきにくい。
「プレゼントに感謝しよう」
お師匠様、ローズウェル伯爵様はなんだか嬉しそうに天空の渦を眺めている。
「そうですね!」
何処の誰かは知らないけれど、有りがたく使わせてもらいましょう。
「グレイア、行ってみるかい?」
「そうこなくちゃです」
早速行きます、だって冒険は楽しいから。
地球へ向かう次元回廊なら、どこでもいい。
できれば「日本」がいいな。
集めた遺物、印が示す最後の地。
複雑な次元断層の折り重なる、地球上のパワースポットのひとつ、日本列島。大きな大陸の東の果てにある日本へ潜入し、色々なことを知りたい。
それがお師匠様から与えられた、当面のミッションなのだから。
「グレイア。僕の夢……野望と呼んでもいい。それを君に話しておきたい」
「お師匠さま……?」
空を見上げていた綺麗な瞳が私を見つめる。
以前、話してくれたこと。地球人を調べてやがては移住したい。
進化の秘宝『賢者の石』を探し、地球人の活力の源を知りたい。
お師匠さまはそんなことを話してくれた。
それとは別の野望って……?
地球を訪れている人たちはみんな目的を持っている。
光毒素で地球が汚染されぬよう、警告を与え正しき道へ導きたいという聖女プレアデス様。そのお手伝いをするアルクトゥス。
地球は遊び場と嘯き、魔法の痕跡を探す魔女、レプティリアさん。そして自由気ままに地球を訪れて美味しいものを味見しているミナティ。
それぞれ表向きの目的に過ぎないのかもしれない。
けれど私だって地球人の行く末、未来に興味がある。
「あはは、そんなに身構えないでくれるかい、グレイア」
ローズウェル伯爵様は子供みたいに微笑んだ。
「私、難しい顔してました?」
「にらまないで」
指先が私のほほに触れる。
「は、ひ」
「ほんとうにね、あぁ……。うん、たいした話じゃないんだよ」
「……そうなんですか? だったら、その……気楽に話してください」
「そうだね。きっかけは……僕が子供のころに読んだ、とある秘密の日記みたいな『本』なんだ」
「本ですか?」
「うん。最初の賢者、ウィキミルンを名乗った魔法使いは、実は地球人だったらしいんだ」
「ほんとですか!?」
伝説の魔法使い。全ての情報系魔法の開祖として知られている。それが地球人!?
「かなり発達した世界から、知識と概念を持ち込んで、魔法の世界で再現しようとした。それが今の魔法通信技術や魔法の情報記録、解析系魔法の基になった」
「それは……習いました」
魔法学舎で学んだと思う。寝てたけど。
「その最初の賢者ウィキミルンは、自分が育った環境、暮らしが魔法のアイデアの源だと書き記しているのさ」
「初耳です。学校でも教えてませんよね?」
「もちろんさ。だって我が家に伝わる古い古い……書物、いや見た目はボロボロのノートなんだけど、それに本人の直筆で書かれているのさ。……地球の日本語でね」
「え、えぇ!?」
私は軽い衝撃をうけた。
だから魔法のルーツを探していた。
「じゃぁ、つまり」
「彼の、ウィキミルンの偉大なる魔法、アイデアの源そのルーツ、それは日本の生活、しいては『学校生活』に秘密があると見た」
「学校……!」
「それを君が確かめてくるんだグレイア。体験し、楽しいこと、素敵なことを体験し、秘密を見つけてきてほしい。それが、僕らが求めて止まない魔法の真髄、つまり『創造力』の源なんだ」
私の両肩に優しく手をおいて、おなじ目線の高さに膝を曲げ、ローズウェル伯爵様は言った。
「それが、お師匠さまの野望?」
「そ。楽しそうだろ?」
悪戯っ子みたいな顔でウィンクする。
地球の日本、それも学校に潜入して体験する。それって……めちゃくちゃ楽しそう!
「はいっ! やります!」
私はおもいきり頷いた。
するとお師匠さまはすっと背筋を伸ばし、前髪をかきあげて、
「……ま、こんな肩書きのある立場になると、いろいろ面倒でね……。何事にも仰々しい『建前』が必要なのさ。さも凄いことをしています……みたいな」
「あ、なるほど」
「だからグレイアに僕の野望を託すよ。二人だけの秘密のね」
「任せてください」
「我ながら、冴えたやり方だと思うけど。どうかな?」
「そうですねぇ、回りくどいですけど。誰にも気づかれませんね」
「うんうん」
優しいお兄さんみたいな雰囲気で、お師匠はニコニコしていた。それが嬉しくて、楽しくて。
と、その時だった。
「んっ?」
「えっ?」
二人でほっこりとしていると、次元回廊から魔力が激しくスパーク。空間が歪み黒い円盤が飛び出してきた。
小さな黒光りする円盤だ。
「飛行魔法結晶体……!」
「もう一機くるね、もっと大きい」
今度は黄金色のシャンデリアみたいな形の飛行魔法結晶体が飛び出してきた。
上空でぐるぐると旋回しながら追いかけっこをしている。
「あの魔力波動……ミナティとアルクトゥス!」
「お友だちだね」
『おー!? グレイア、助けてなのダー!』
『お待ちなさい、ミナティ! 違法ポータル貫通容疑でジャッジメントですわ! 電撃百回の刑!』
『死んじゃうのダー!』
『建前上、そういうことにしといてくださいまし!』
ビリビリと雷撃を撒き散らし、あちこちで爆発が起こる。
「わー!? こっちに来る!」
「やれやれだ」
私はお師匠さまが展開した飛行魔法結晶体に包まれた。二人でこっそりと上空の次元回廊を目指す。
「あぁ、偶然巻き込まれてしまったー」
「仕方ないですよねー」
肩を寄せ合って笑いながら、私たちは地球へ向かう。
この先に何が待っているんだろう。
私はワクワクが止まらなかった。
<つづく>
次回、最終回!
ふたりは「日本」へ――。




