1803.07 (日本)常陸国『うつろ舟』漂着事件【前編】
◇
ネオ・メタノシュタリア王城の中枢。
空中庭園に柔らかな竪琴の音色が響き、蝶が咲き競う花々の間で舞っている。
王国の威厳、白亜の城――神威水晶城における聖域の主、聖女プレアデス・ハーモニアは竪琴を奏でる指を止めた。
「読めましたわ」
「プレアデス・ハーモニア様?」
妖精を思わせる美少女が、ふわりと舞い降りる。
空中庭園に出入りできるのは、王族と聖女。そして聖女の眷族のみ。空中浮遊魔法を操る少女、アルクトゥスは庭園に坐す聖女にかしずいた。
ツインテールに結い分けた金髪、きゃしゃな身体に薄衣の衣。サファイアのような瞳を聖女さまへと向ける。
「アルクトゥス、地球での調査ご苦労さま。貴女が集めてくれた遺物の解読ができましたわ」
「流石は聖女プレアデス・ハーモニア様! それで何が記されていたのでしょう?」
「ふふふ、宝物のありか、ですね」
「宝物?」
アルクトゥスは目を瞬かせた。
言わずもがな、かつて地球で暮らし、旅をしていた魔法使いがいた。
時代は恐らく数千年前に遡る。
次元回廊で地球へ行けば、次元時空座標のぶれ(※量子力学的な時空の重なりの不確定性)により百年程度の誤差が生じる。
しかし数千年前となれば話は別で、次元回廊を利用して調べることは難しい。
魔法の存在しない地球に迷い込んだ「魔法使いあるいは魔女」は、個人か集団だったかさえも定かではない。ひとつ言えるのは、数世代に亘り地球を旅していたであろうということだ。
北米のナバホインディアンの地から始まる。
そこで唯一、天空から来た白い巨人族「スターネイク」として名が記されている。
彼らは大西洋を経てイングランドへ。ストーンヘンジを築いた当時のケルト族と交流をもったらしい。
魔法の気配は次第に薄らぎ、ヨーロッパ各地を転々としながら、数千年前にはエーゲ海のギリシャを経て、トルコのカッパドキアへ至る。
やがてユーラシア大陸の南を進み、インドから東南アジアへと足跡を残している。
「……魔法の真名を残さなかった彼らは、レイライン、すなわち地球の霊脈の集中する地を進んでいたようです。地球人と交わりをもちながら東へ、東へと。そしてやがて広大なユーラシア大陸を越えて海を渡りました」
「海を……? 確か『太平洋』と地球人が呼ぶ海洋はとても広いです」
アルクトゥスの暮らす世界が、そのまますっぽり収まるほど広い海洋を擁する不思議な球形大地、地球。
「太平洋には、小さな島々が点在するだけで、やがてスタート地点のアメリカ大陸へ戻ります」
アルクトゥスは今までの観測、訪れて得た知見をもとに付け加えた。
聖女プレアデスは満足げに、唇に柔らかな笑みを浮かべる。
「賢い娘ですね、アルクトゥス。けれど見落としています。小さな島国『日本』という弓状列島を」
「あっ、そう言われれば中国の向こうに、小さな島みたいなのがあったかも……」
中国大陸の広大さと、人の活気、文明の発展に目を奪われていた。
「遺物の記した足跡には、そこに黄金郷があると」
「黄金郷!?」
流石のアルクトゥスも声が大きくなった。
黄金に満ちた国があるのだろうか。
だったら、世界中から狙われてもおかしくはないけれど……。
「落ち着きなさいアルクトゥス。おそらく抽象的な意味でしょう。黄金はどの世界でも貴重な、価値のあるものです。それを比喩として使ったのでしょう」
「そうなのですか」
「日本には宝物と呼ばれる『何か』があるのです。アルクトゥス、日本に潜入し、宝物の正体を調べてくるのです」
「わかりました!」
日本へ直接行ける次元回廊は無い。
最短でもインドかトルコ上空か。
北米からでは海が広大すぎて飛行魔法結晶体が劣化してしまう。
『……』
と、聖域から黒い蝶が静かに飛び去った。
闇に紛れ、王都上空で鳥に姿を変え、西へ。
◆
「ヒヒヒ、聞いたかい。宝物だとさ」
王都の聖域に潜入させていた使い魔が、情報を送信してきた。
聖女プレアデス・ハーモニアが面白いことをいっていた。遺物を解析し「日本に宝物が隠されている」とも。
「黄金は美味しいものが買えるのダ?」
「そうさねぇ。黄金に価値はある。だけどね……おそらく、そういうものじゃないんだよ」
「おー? わからないのダ」
ミナティは夕飯の骨を齧りながら小首を傾げた。
地球を巡り歩き、印を残していた何者か。
その存在が遺した「宝物」の意味。それはおそらく、単なる黄金や魔法の遺物という次元のものではないのだろう。
何か抽象的な概念かもしれない。
魔法に触れた者なら誰もが知っている究極の魔法、何でも望みを叶える『賢者の石』の伝説を彷彿とさせる。
それは実のところ実体が無い。
追い求めること。
発展を望み精進すること。
その確固たる意思そのものが『賢者の石』とされるある種の偶像なのだ。
「だから、これは単なる興味さ」
半竜人の少女の頭を撫で、魔法を注ぐ。
「おー? 魔力で元気なのだ」
その様子に目を細める。
「面白いじゃないか? この世界で唯一の黒きハイエルフ……賢者に名を連ねていたアタイの知らない何かがある。それがまだ地球に隠されているってだけでワクワクしてくるさぁね。キシシ」
魔女、レプティリア・オリオンヌは目を爛々と輝かせた。
「地球へ行ってもいいのダ?」
「あぁ。今度は長い旅になるさぁね」
「……長い?」
賢く美しく成長した弟子、賢者となったローズウェル。
彼も宝物の存在に気づいているようだ。すでに弟子のグレイアを日本へ送る準備をしている。
日本に拠点を作り、潜入。情報を集めるつもりなのだろう。
「先を越されるのは面白くないからねぇ。気合いをいれて先手をうつ。飛ばしてゆくよ」
「なのダー!」
わけもわからぬまま、ミナティは支度をさせられた。
「日本の空域に次元回廊が無い。なら、ブチ抜くまでさ」
魔女レプティリアは居城の床に巨大で複雑な魔法円を描く。上空には暗雲が立ち込め渦を巻き、紫色の稲妻がスパークする。
「向こうでグレイアたちと遊んでもいいのダ?」
「あぁいいとも。しっかり奪っておいで」
「おー?」
魔女はミナティの手に四角い小箱のような結晶体をを持たせた。
「これはアイテムボックスさ。とても大切なものだから、何があっても決して離すんじゃないよ。わかったね!」
「わかったのダ!」
中には次元座標を記す術式と、緊急帰還用の術式。それに「宝物」を捕獲する術式が仕込んである。
加えて万が一に備え、生命維持用の外部装置として機能する。つまりミナティの魂と記憶のバックアップを保持する、分散型隔絶結界を忍ばせてある。
「……お前の代わりなんてまた作ればいい。だけど、今はそれも面倒くさいだけさぁね」
「魔女さま……?」
今までとは違う飛行魔法結晶体が生成されてゆく。強固な鉄の原子で覆う、鉄のような舟を。
「さぁお行き。日本に直接着くはずだよ」
次元回廊が開いた。
「いってきま……のわぁああ!?」
ゴウゴウと渦を巻き、禍々しい次元の穴に、ミナティの黒い円盤が一瞬で吸い込まれた。
普通の人間ならば即死。結界を展開した魔法使いでも、おそらくその負荷には耐えきれない。
新しい次元回廊を穿ち、突き進むにはそれほどまでに膨大なパワーと魔力が必要だ。
永遠とも刹那とも思える不思議な旅の果てに、ミナティの円盤は青い星の空へと出た。
ぼっ、と雲を突き抜けるとそのまま落下して海へと着水。
幸いにして気密構造は保たれ、波間を漂う。
数日後、やがて黒い円盤は静かな海岸へと漂着した。
「……んー? ここはどこなのダ?」
四角い箱を抱き抱えたまま、ミナティは気を失っていたらしい。身を起こし辺りをうかがう。
飛行魔法結晶体の中だ。
生命維持の術式がずっと動いていたらしい。
操縦席にはポップアップで次元座標が表示されていた。
地球の現在位置と時間と共に。
――日本列島、東岸部。
――地球時間西暦換算、1803年7月
ミナティは目を瞬かせる。
「あれ? オラは……誰だっけ?」
<つづく>
【作者ワンポイント】
「常陸国、うつろ舟奇談」より。
享和3年(1803年)、現在の茨城県の海岸に、円盤のような乗り物が漂着したという。
そして中から美女が箱を抱えて現れた。肌は白く髪は赤く、言葉は通じなかった。見慣れぬ薄衣の服を身につけていた。
乗り物は高さ1丈ほど(約3メートル)、幅3間(約5メートル)、本体は鉄ででガラスや水晶(?)の窓がついていたと云われている。
そして舟の中には謎の文字が書かれていたという。
『うつろ舟』伝説は、最古のUFO事件として知られている。
日本のいくつもかの古文書に記されているがディテールは共通で、一つの史実を元にして書かれた「異界からの漂着記録」と推測される。
一説には茨城県には「金色姫伝説」という「養蚕を伝えた女神」の伝説がある。
天竺つまりインドから丸木舟に乗った姫が常陸国に漂着、面倒を見てくれた夫婦への恩返しとして、養蚕と絹をつくる技術を伝え、昇天したという。
同一の話であるとすれば「うつろ舟」で流れ着き、「昇天」は文字通り天空へ帰ったと考えるべきであろう。
◆「UFOの形状変化」の意味
UFO「空飛ぶ円盤」という言葉が世界中に知られたのは、
本作でも紹介済みの「1947年6月24日、米国人実業家のケネス・アーノルド事件」からである。
世界中の新聞社で取り上げられた事に端を発している。
その後「空飛ぶ円盤」の目撃は世界中で急増する。
人類の意識が空に向き「空飛ぶ円盤」と言う存在を意識したことで、
一種の「認識の拡散」が起こったからであろう。
光る物体が空を飛んでいたのは、有史以前から認識されていた。
それは流星であり天文現象、気象現象だった。
それh時代とともに「円盤」「宇宙人の乗り物としてのUFO」と意味付けが行われ、
形状も単純なソーサー型から、アダムスキー型、葉巻型、そして三角形のステルス型など、
時代とともにイメージが変化してゆく。
これは人類の意識(認識)の投影によるところが大きいと思われる。
実際のところ、このUFOの形状変化は、グレイアやアルクトゥス、ミナティが「可愛いから」「このほうがおしゃれ」「強そうだから」という理由で、飛行魔法結晶体をイメージし流行を取り入れてデザインしているからであるが……。




