科学文明と魔法文明の行く末
私はお屋敷に帰り着くなり、すぐに飛行魔法結晶体を解除した。
キラキラと消えてゆく結晶を尻目に、ローズウェル伯爵さまの元へと向かう。
芝生の庭園を抜け、薔薇や季節の草花が咲き誇る館の庭先に、白いテーブルを前にお茶を楽しまれている伯爵さまの姿が見えた。
「お師匠さま、大変です!」
「おかえりグレイア。どうしたんだい?」
「『ろけっと』が地球人を乗せて宇宙空間に届きました!」
魔法の記録石をテーブルの上に置き、一息に報告する。
「ほぉ、それはすごいね」
「はい! ここ最近、地球で『ろけっと』を観察していました。彼らの技術は回を追うごとに進歩していて……。地球の大気圏外を周回できるようになったと思ったら、ついに人間が乗って……ぐるぐるって」
「ちゃんと行って戻ってきたのなら凄い進歩だね」
「そうなんです。これを見てください」
記録石にはソビエト連邦の領内から打ち上げられる巨大な円筒形の『ろけっと』の映像が記録されている。
轟音と炎を撒き散らしながら上昇した『ろけっと』は、やがて暗い宇宙の領域へ到達。
青い球形大地、地球をぐるぐる周回しながら地上と電波での交信を行った。
内部をスキャンすると、中になんと一人の人間が乗っていた。
地上と通信していた地球人は、自らをガガーリンと名乗った。
ろけっとで打上げられた金属のカプセルは密閉式で、真空の宇宙でも耐えられる構造らしかった。
以前、犬を乗せて実験した結果を応用したのだろう。
あちこちから小刻みにガスを噴出し姿勢を制御。だけど推進装置らしきものは見当たらない。
ハラハラしながら見守っていると、何周か周回し徐々に高度を下げた。やがて重力に引かれ、大気との摩擦で赤熱。
まるで流れ星のようになりながら地上へと降りていった。
「私はそれを見て思わず悲鳴をあげました」
「あはは、誰だって驚くよね」
お師匠様は私の話に楽しげに耳を傾けている。
「黒焦げか蒸し焼き……! って慌てました」
あんなカプセルで落ちたら絶対死んじゃうって思ったから。
身振り手振りで説明すると、執事のマースくんがお茶を運んできてくれた。
「それで追いかけたのかい?」
「はい。最悪のときは助けようって」
伯爵様の正面の椅子に腰掛けて、お茶を一口。
「だけど彼らは成し遂げた」
「そうなんです!」
ガガーリンさんの乗っていたカプセルは無事に地表へと降りた。
無事に着陸に成功したのだ。
音速の何十倍もの速度で落下して真っ赤になり、表面はこんがりと焼けていた。
これはもうダメかもって思ったけれど、スキャンすると意外なことに中の温度は一定に保たれていた。
「プラズマシールドも結界も持たない彼ら、地球のカラクリ技術だけで、いったいどうやって熱を防いだのか。実に興味深いね」
「別の意味で『魔法』みたいだなって思いました」
「私たちの魔法体系とは根本的に異なっている。だけど発展しようという意思は私たちよりもずっと強く、速い」
私は頷いた。
地球人は常に何かを変えたがっている。
現状に満足せず、変えたいと願っているのだ。
地球へ赴くたび、石造りの建物は大きく高くなり、地上を走る乗り物の速度も増している。夜は大地の隅々まで明かりが灯され、宇宙から眺めると大陸や島の形が浮かび上がるほどに明るい。
それに、いつもどこかで戦争をしている。
飛行機同士が戦って、燃えて落ちてゆく。
地上では鉄の塊同士が炎を撃ち合い、殺し合っている。いつ果てることもなく繰り返される戦争は、私たちの世界からは消えて久しい。
それは子供だって知っている滅びに向かう愚行なのに。常に現状に満足せず変化を求めている。
「私たちの世界を動かす魔法は、高い次元から汲み上げたエネルギーだ。人間の思考や精神力を媒介に、必要なぶんだけを利用する。これ以上の発展は望めないし、魔法に対する想像力が枯渇すればゆっくりと衰退する」
「だけど……地球人だってエネルギーを大地から得ています。燃える鉱物油、ろけっとを飛ばしているのもそれです」
地球人は膨大なエネルギーを大地から汲み上げている。
滲み出る鉱物油を燃やしている。魔法と違って、それは効率が悪く、空気や水を汚染する。
「その果てに何があると思う?」
「いつか限界が来るかと」
私は不安になっていた。
地球人はそのことに気が付いているのかな?
あるいは、気がついていても「変化すること」に夢中で見ないふりをしているの?
どんどん地球は汚れてゆく。恐ろしい光毒素を撒き散らす爆弾も、大きな死をもたらすだけなのに。
「地球に限界が来たら、彼らはどうすると思う?」
「それは……」
私は考えた。
地球人はどうするつもりなのだろう。
繰り返される戦争は領土や食料を奪い合ってのこと。それだって奪い尽くせば限界が来る。地面から吸い上げている鉱物油も、いつか枯れる。
地球人の頼るエネルギー源は有限なのだ。
「新しい世界、新天地を目指すしかないよね」
「あっそうか」
だから地球人は空を飛ぶカラクリを造り、『ろけっと』を生み出した。
別の世界、彼らの基準なら別の「球形大地」たる惑星を目指すために。お師匠様が以前言った通り、別の星を目指すつもりなのだ。
「だけど果たして間に合うかな?」
「それは……」
地球人全員を隣の惑星に行かせるなんて、どれくらいかかるのだろう?
巨大な『ろけっと』というカラクリで、やっと一人の人間を宇宙に送っただけなのに。
「グレイア、私は未来を知りたい」
「地球の未来ですか?」
「地球人がどこへ向かうのか知りたい。それは私たちの進む未来の可能性でもあるのだから」
「このまま観察を続けましょう」
私は強く頷いた。
「聖女プレアデスは『正しき方向に導く』と息巻いている。魔女レプティリアは『美しき混沌』を与えるべきだと言う。どちらの干渉も地球人にとっては余計なことさ。だけど私には別の目的がある」
「目的?」
魔女レプティリアさんの言っていた「野望」ということだろうか。
ローズウェル伯爵さまは私をまっすぐに見つめ、
「地球に私たちが移住する。調査はすべてそのための前準備さ」
「地球に移住……!?」
私は思わず声を上げていた。
「進歩するが確実に破局に向かう地球の文明に、停滞する魔法文明を組み合わせ、問題解決の糸口を探る。互いの良いところを組み合わせ、新しい地平へ人類を導く。閉塞した世界から、我々も新たなる未来の可能性を手に入れる」
はたしかにウィンウィンの関係かもしれない。
だけど、危険じゃないだろうか。
「戦争ばかりしている地球人が魔法を手に入れたら……もっと酷い武器をつくるかも」
「かもしれない。そうならないように徐々に、慎重に試すのさ」
「試す……?」
お師匠様は魔法の地図を空中に映し出した。
アメリカ大陸から始まって、ヨーロッパをヘてソビエト連邦や中国大陸まで。
私たちの旅は地球の球形大地を一周しつつある。
世界はどこも騒がしく、賑やかだった。
お師匠様の指が大きな海の端っこの、小さな島国の上で止まる。
「グレイア、君は『日本』へ潜入するんだ」
「ニホン……?」
私は息を飲んだ。
「集めた遺物が示す羅針が、すべてのレイラインがその島国へと集結してゆく。そこに地球を救う鍵がある」
<つづく>




