1957.10(ソビエト連邦)スプートニク1号、2号
◇
まばゆい閃光、そして大気を震わす轟音。
噴火のようなエネルギーを解き放ち、円筒形の金属物体がゆっくりと上昇しはじめる。
重力に逆らって浮かび上がる、地球人の『ろけっと』は、ゆっくりした上昇から徐々に速度を増してゆく。
「わぁ……すごい迫力」
私は『飛行魔法結晶体』で雲の合間から高みの見物中。
先端の尖った「塔」を思わせる金属の筒は、炎を噴き出しながら雲を突き抜けて上昇。黒煙をたなびかせながらどんどんと上空へ上ってゆく。
地球では最近、よく『ろけっと』を目にするようになった。
円筒形の金属製『ろけっと』は、暗い宇宙の領域を目指しているらしい。
といっても最初はよく爆発していた。雲を突き抜けたと思ったら放物線を描いて海へ落下したり、あるいは木っ端微塵になってしまったり。
失敗ばかりに思えるけれど、何故か彼らは諦めない。無駄なことをしている気もするけれど、地球人の、宇宙を目指す謎の情熱はどこからくるのだろう……?
「今度はどこまで飛ぶかなぁ」
中には誰も乗っていないし、爆発する兵器でもない。本当にただ打ち上げているだけ。
とはいえ、この光景が見られるのは、地球の中でも特に大きな国。アメリカとソビエト辺りに限られている。
アルクトゥスやミナティも同じようなことを言っていたので間違いない。
二人とは最近、魔法の通信が出来るようになったので、よくおしゃべりしている。
「あ……! 分離した」
燃え尽きたのか、半分を捨てた。
だけど先端がさらに飛んでゆく。
円筒形の金属製『ろけっと』の中を鑑定しても、誰も、何も乗っていない。
ただの金属だけのカラクリなのに。
とても無駄な気がする。
目的はなんだろう? やっぱり飛行機のように、人間を乗せて飛ぼうとしている……とか?
「いやいや、まさか。危なすぎるでしょ」
私は円盤で上昇する『ロケット』を、きまぐれに追いかけてみる。
鑑定で構造はわかる。
重量の八割は燃料で、金属のタンクに満載されている。中身は毒性の強い燃焼物質が満載だ。
吐き出す炎は超高温。他に飛び方を知らないにしても、爆発させて空へ浮かべるなんて強引すぎる。
これを考案した地球人の工房主は、きっと頭がおかしいに違いない。
「あ、こんどは宇宙に届きそう……!」
お師匠様、ローズウェル伯爵様も言っていた。地球人はやがて宇宙を目指す、と。
それにしたって、こんな方法で?
ほんとに大丈夫かな?
『ろけっと』はかなり上空、大気のない領域まで上昇し見えなくなった。
だけど次の瞬間、激しい火球が生じ、木端微塵に砕け散った。
「あちゃー……やっぱり爆発した」
言わんこっちゃない。
あぶない危ない。
ぜったい人間が乗っちゃダメなやつね。
落下してくる破片を避けるため、私は『飛行魔法結晶体』を空間跳躍させた。
時空連続体の境界面を「水切り」みたいに飛翔して、ふたたび地球へ。
座標照合すると、さっきと同じ北半球の『ソビエト連邦』の領内だった。
時間軸がすこし進んでいる。
地球時間で「1957年10月4日」とでた。
以前イタリアで地球人に接触したときから、既に数年が経過したことになる。
この地球ではとても時間が早く進む。
私たちにとっては「数日後」でしかない。
けれど訪れるたび、移動する都度時間が進む。イタリアの屋台のお兄さんや、私たちを笑顔で迎えてくれた人たちは元気だろうか……。すこし寂しくなる。
「あっ、また『ろけっと』だわ」
私は運がいい。
導かれるように炎の熱源を追う。頻繁に打ち上げるので、お師匠様にも「よく観察しておいで」と言われている。
最近は魔法の遺物『印』探しも一段落。
偶然みつけたら複写はするけれど、もっぱら地球人の『ろけっと』を観察する方が楽しくなってきた。
懸命に頑張る姿は、住む世界が違っても尊いし、応援したくなる。
大勢の人間がよってたかって『ろけっと』を打ち上げている様子は、なんだかお祭り騒ぎみたいで楽しそう。
私の円盤『飛行魔法結晶体』が見つかっても、血眼になってまで追いかけて来ない。
通信を傍受すると「UFOが見に来てるぜ」「興味があるんだろ」という雰囲気が伝わってきた。
だけど大爆発を起こして派手に散る。まるで、おおきな花火みたいに。
だけど、今度のは違っていた。
「お……?」
その『ろけっと』は元気だった。
なんというか上手く行きそうな気配がする。
魔女としての「予感」だろうか。
轟音と炎を追いかけてみることにする。
私の円盤にとっては造作もない速度。
あっというまに大気が薄くなり、空が黒く変化する。
プラズマフィールドで周囲を覆っているので、極低温も空気の密度も関係ない。
円筒形の『ろけっと』はいつしか先端だけになっていた。まるで「俺に構わず先に行け……!」とばかりに後ろを切り離し、それを踏み台みたいにして高みを目指して飛んでゆく。
「宇宙空間だわ……!」
地球の球形大地が見えた。
私たちの平面大地とはまるでちがう。
重力で歪められ丸くなった不思議な大地。
星として存在する地球と、真っ暗な宇宙の境界線に到達した。
先端のカバーが二つに割れた。
すると金属のボールに四本の棒をつけたような物体がふわり……と放出された。
私の円盤に似ているけれど、機械のカラクリの塊で、静かに宇宙を滑ってゆく。
「推進装置も……何もないの?」
不思議な物体をしばらく追いかける。
どうやら地球の表面を、上手い具合に周回するように飛ぶつもりらしい。
すごい。
地球人はついに宇宙に何かを届けた。
今ごろお祭り騒ぎかも。
金属の丸い物体は地球を何周かすると、徐々に落下して最後は「流れ星」になった。
「もしかして、流れ星を作りたかったのかな」
地上から祈りや願いを捧げるため?
それは幸せかも。
だけど。
私は能天気だったと思い知ることになる。
一ヶ月後、また流れ星を見た。
同じ国から打ち上げられた『ろけっと』が宇宙空間に届いて、地球を何周かする。それはやがて大気圏に落下して燃えてゆく。
だけど、中には生命反応があった。
「そんな、嘘でしょ!?」
正確には中にいた誰かは既に死んでいた。
宇宙に打ち上げられ、息絶えたのだ。
おそらく骨格から推測し「犬」だろう。
打ち上げられた実験体はやがて燃え尽きて、流れ星になった。
これではっきりした。
地球人は宇宙へ進出しようとしている。
だけど危なくて無茶すぎる。
あんな推進装置もなにも、熱の防御さえも出来ないカラクリなんて、ただの「棺桶」だ。
「無茶だよ、流れ星になるだけなのに」
<つづく>
1957~1962年における米ソ宇宙競争年表
(Wikiなどから抜粋)
★1957年10月4日、ソビエト連邦
世界初の人工衛星(スプートニク1号)を打ち上げ。地球の周回軌道に乗せることに成功。
グレイアがソビエトで見た成功例ですね。
★1957年11月3日、ソビエト連邦
ライカ犬を乗せたスプートニク2号が打ち上げられる。
成功し、地球を数日間周回したとされています。
ライカ犬は最初は生きていたようですが、大気圏突入前に安楽死させた(正確な記録は残っていない)とのこと。
米ソ両大国の宇宙開発は、いよいよ本格化してゆきます。




