1957~1962 地球人(テラート)の宇宙時代
◇
「グレイア様、紅茶をどうぞ」
「ありがとマースくん」
執事のマース君が紅茶を注いでくれた。
可愛い年下の執事くんは金髪の美少年。ローズウェル伯爵のお気に入りで、とても目の保養になる。
「本日のお茶菓子は、北方領で採れるメイプルシロップの焼き菓子でござます」
さくっとした食感のクッキーが舌の上でほろほろと溶ける。香ばしい甘い香りが広がってゆく。
「この味……懐かしい」
「ご存じなのですか?」
マース君が興味ありげ。
「うん。冬に樹液を煮詰めて作ってたんだ。うちのおばあちゃんと」
「なるほど故郷の味でしたか。素敵ですね」
マース君の言葉選びのセンスに感心する。
これがアルクトゥスだったら「森エルフなだけあって、田舎者ですこと。オーホホホ」……とかなんとか言いそう。
「どうかなさいました?」
「いや、マースくんは良い子だなと思って。ぎゅってしていい?」
「伯爵様の許可をとってください」
「いいじゃん、ケチ」
セクハラさせてよ。
地球の冒険から帰還して三日が経ち、私はいつもの日常を取り戻していた。
あの日――。
イタリアでの休息を終え、トルコまで飛んだ私たちは、次元回廊を開通。なんとか元の世界に帰還することに成功した。
懐かしいネオ・メタノシュタリアの上空へと飛び出すや、私たちはローズウェル伯爵様の出迎えを受けた。
巨大な葉巻型『飛行魔法結晶体』に私たちは回収された。今まさに救出に出発するタイミングだったらしい。
「まったく、心配したよグレイア」
「すみません……」
恐縮する私を、お師匠様は優しく抱き締めてくれた。
「きゃ……ハレンチ!?」
「ブン殴られないのダ?」
後ろにアルクトゥスとミナティがいることを失念していた。
「グレイア、この子たちは……」
「私の友達です!」
そして。
ミナティを魔女レプティリアさんの元へ、アルクトゥスは聖女プレアデスさんの元へと送り届けてもらうことになった。
もちろん、お師匠様が事情を説明し「くれぐれも大目に見てやってほしい」と言い添えて。
お師匠様によると、想定外の巨大な次元震は各陣営でも察知されていたのだとか。超空間次元座標が大きくズレて魔法通信が途絶。遠隔監視魔法さえも途切れてしまっていたという。
そこでお師匠様は、地球を探訪している魔女レプテリィアと聖女プレアデス、それぞれの陣営にも連絡を取ったという。
『死ぬようならそれまでさぁね。ま、あの子なら向こうでも生き延びるだろうけどねぇ』
『地球での汚れ役を任せていた有能な巫女でした。残念なことですわ。安らかに』
お師匠様は深くため息をついたという。
ミナティは帰りたがっていたし、アルクトゥスが死んじゃったみたいなコメントは何?
私はちょっと腹が立った。
それに比べて。私のお師匠様――ローズウェル伯爵様の素敵さといったら……!
帰ってきたその日の晩御飯の時なんて、お師匠様からヨーロッパやイタリアでの出来事を聞かせてほしいとせがまれた。事細かく話すと楽しそうに耳を傾けてくれた。
「とても良い経験をしたね。グレイアの判断も正しい。優しくて勇気に溢れている」
「でへへ……」
誉められてしまった。
弟子をこんなにも大切に思ってくれている。
ていうか、もう深く愛されちゃっている感じ?
「……グレイアさま、大丈夫ですか?」
「はっ」
いけない。マース君の声で我に返る。
お茶菓子を食べながらデヘデヘしてしまった。
「何かいけないハーブでも混じっていました?」
「そ、そんなんじゃないの!」
「ずいぶん楽しそうだね」
リビングにお師匠様がやってきた。
ゆったりとした普段着にややラフに流した髪。今日も素敵です。
「伯爵様も紅茶をどうぞ」
「マースありがとう」
穏やかなひとときが流れる。
だけど、私はひとつ確かめたいことがあった。
お師匠様の胸には何か、秘められた別の計画……お考えがあるのではないかということを。
魔女レプティリアさんの言葉に惑わされた訳じゃない。
聖女プレアデス様の眷属、アルクトゥスの戯れ言を気にしているわけでもない。
けれど確かめずにはいられなかった。
「あの。お師匠様」
「なんだいグレイア」
「私が地球で集めている遺物、あの『しるし』にはどんな意味が、目的があるんですか?」
紅茶の香りを楽しんでいた様子のお師匠様は、表情を特に変えずカップに視線を落とす。
「そうだね。説明が足りていなかったかもしれない。そろそろグレイアにも話すべき時かな」
「……それは」
綺麗な青い瞳が私に向けられる。
「まず、集めている『印』は、オーパーツ。かつて地球にも魔力を使う文明があったことを示す、文字通りの遺物だよ」
「なんとなく、わかります」
「個別の遺物にあまり意味はない。だけど集めることで全体像が見えてくる。魔法文明がなぜ滅んでしまったか、魔力が枯渇した世界になってしまったかを知ることができる。それはこの世界アースガルドの未来を予想する手がかりになる。学術的に意味のあることなんだよ」
言っていることは理解できるし、アルクトゥスの言っていたこととも矛盾しない。でも、何か……もっと他に胸に秘めていることがありそうな……。
「魔女さんや聖女さまも同じ目的でしょうか?」
「わからないな。オーパーツとしての魔法、断片を探しているのかもしれない。それに『しるし』を集めることで次元回廊の出現可能位置も東へと向かっている」
「あの! お……お師匠様は私たちを助けてくださいました」
「そうだね。弟子が危ない目にあっていたのだから当然さ。魔女レプティリアは私の先生だし、聖女プレアデスは同期だし……特段に不思議なことではないよ」
「感謝しています。ミナティもアルもみんな……地球で時間を共にした友達です」
「グレイアは地球人を見てどう思った?」
カップをソーサーに戻し静かに尋ねられた。
「地球は……すごくいろいろな国があって。でも、人間はこことあまり変わらない気がします」
「それを聞いて安心した」
「……?」
「かの地、地球の時間の進み方はこことは違う。地球人の有する機械文明……技術の進歩はすさまじい。飛行機械も、やがて我々の円盤にさえ追いつくだろう。だけど人間は変わらない」
「そう思います」
「彼らはじきに宇宙空間へも進出する」
「まさか、そんな」
「既にその兆候はある。炎を噴出する筒状の機械。それを使って宇宙へ来ると予言するよ」
「知ってます。みたことがあります」
武器のひとつだと思っていた。火を噴き出す筒は火薬を詰めて爆発させる武器。だけどそれを宇宙へ飛ぶために利用できるのだろうか。
「地球人は宇宙へと進出する。何故だかわかるかい?」
「なぜって……」
どうしてだろう。
空を目指し、より遠くへ、より速く。
そして宇宙までいこうとしている。
焦っている?
私たちの世界が魔法を使い発展しても、そんなに変わらずにいるのとは正反対に思える。
「彼ら地球人は『ルーツ』を探しているのさ」
「ルーツ?」
「生まれた理由といってもいい。世界の根源に隠された秘密。それを知りたいという欲求に衝き動かされている」
それは……なんとなくわかる。
だけど私が知りたいのはそこじゃない。
「お師匠さ……」
「強い生命力と拡張欲求。戦争も技術の発展も全てそのエネルギーの発露にすぎない。私はね……その力が欲しい。彼ら地球人に内包された力が。それはまるで……無から有を生み出す『賢者の石』そのものだからね」
賢者の石。
伝説の魔法具。
失われて久しい究極の魔法。
「だから、地球を探訪しているのですか?」
「……私も、それが地球に存在するとは考えていない。ただ」
「ただ?」
「ヨーロッパ大陸の東の果て、大陸が尽きた海の先に浮かぶ黄金郷。そこに何かしらの答えがある」
「そ、そんなところがあるんですか!?」
「少なくとも遺物『しるし』は示唆している」
<つづく>
【作者ワンポイント】
1957~1962年における米ソ宇宙競争年表
(Wikiなどから抜粋)
★1957年10月4日、ソビエト連邦
世界初の人工衛星(スプートニク1号)を打ち上げ。地球の周回軌道に乗せることに成功。
★1957年11月3日、ソビエト連邦
ライカ犬を乗せたスプートニク2号が打ち上げられる。
★1958年1月31日、アメリカ合衆国
初の人工衛星(エクスプローラ1号)の打ち上げ、軌道投入への成功。
★1959年9月、ソビエト連邦
月探査機「ルナ2号」が月に到達。ルナ2号はそのまま月面に衝突した。
★1961年2月、ソビエト連邦
世界初の金星探査機ベネラ1号が打ち上げ成功。
しかし地球から750万キロ地点で音信途絶、行方不明になる。
★1961年4月、ソビエト連邦
世界初の有人宇宙船ボストーク1号打ち上げ成功。
地球周回軌道に乗り、人類初の宇宙飛行士ユーリイ・ガガーリンは「地球は青かった」の名言を残す。
★1962年7月22日、アメリカ合衆国
火星探査機マリナー1号打ち上げ成功。
8月26日にマリナー2号打ち上げ成功。
黎明期における宇宙開発は、米ソ超大国の対立を軸に、国家の威信を懸けて行われた。
【宇宙開発とUFO】
1961~1972年に実施された「アポロ計画」における月面着陸に至るまで、ほとんどのステージで「UFO」による監視を受けていたとされる。




