1954.10(伊)トラダーテ競技場UFO着陸事件【後編】
「はい、名物のアランチーニ」
屋台のお兄さんは、あたしたち三人にそれぞれ紙の包みを手渡してくれた。
香ばしい揚げ料理の香りが鼻をくすぐる。手にすると結構なボリューム感があり、包み紙を通して熱が伝わってくる。
「わ、温かい……!」
「これはなんなのダー?」
「丸い……揚げパンだと思いますが」
ミナティとアルクトゥスが顔を見合わせる。
あたしは受け取るのと同時にお金を払う。
屋台に書かれた値札は「100リラ」とあった。
泉で拾った所持金は小銭ばかり。全部で305リラほど。なんとか足りそうでホッとする。
「250にまけとくよ」
屋台のお兄さんは100リラ硬貨を1枚と、50リラ硬貨を2枚、10リラ硬貨五枚指差して受け取った。
「お嬢ちゃんたちは観光かい? このアランチーニは『揚げライスボール』さ」
「ライス……? あ、蒸し麦みたいなものね」
手にした揚げパンみたいな食べ物は、穀物の粒で包まれていた。
「中身は挽き肉とポルチーニのトマトソース炒め。それをライスで包んで揚げたのさ。ここいらの名物で、美味しいんだよ」
愛想のいいお兄さんが教えてくれた。
王都では見かけない珍しい屋台料理。だけど、絶対に美味しいやつだこれ。
「中身は炒めたお肉と野菜なんだね!」
「おぉ、複雑な食べ物なのダ!」
「か、かぶりつくのですか?」
三人でトラダーテの町を歩きまわり、いろいろと見物。結局この屋台で「アランチーニ」という食べ物を買うことにした。
あたしたちの前に、若いカップルが屋台でアランチーニを買っていた。手には100と刻印されたコイン。そして美味しそうに食べ歩きをはじめたから。
「イチャイチャしながら食べ歩きとは、何てふしだらな地球人」
「いや普通でしょ」
「はぁ!? グレイアも庶民でしたわね」
「ならアルみたいな高貴なご貴族様は、あちらのレストランでお食事をどうぞ」
通りの向こうの高級そうなレストランを指差す。地球のお金があれば、だけど。
「ま……まぁ、今回だけは仕方なく同じものをいただきますわ」
王都の下町だって屋台だらけ。それに買い食いもデートしているリア充の光景も同じだと思う。
むしろアルクトゥウスは普段どんな生活をしているのだろう?
聖女様の眷属として堅苦しい価値観を押し付けてくる。それに彼女は一日中神殿で儀式や何やら、自由なんて無いらしい。
なんだか可哀想に思えてきた。
「アルも一緒に食べ歩きしようよ」
「グレイア、その哀れみの眼差しはなんですの?」
「っ! 美味しいのダ!」
ミナティがかぶりつき、感動の声をあげた。
あたしも早速ぱくり。
「んっ……!」
さくっとした表面は香ばしい。すると中からお肉とキノコをがハーブの効いたトマトピューレを絡めた餡と共にこぼれ出す。
香辛料の香りと味わいが口一杯に広がると、ライスが受け止める。モチモチとした食感のライスは食べごたえ満点。
「なにこれ美味しいっ!?」
「パンとは違う感じが……美味しいですわ!」
パンでの包み揚げはあるけれど、ライスの包み揚げは初体験。アルクトゥスも目を丸くして驚いている。
「喜んでもらえて嬉しいよ。ハロウィン祭りを楽しんで」
「グラッツェ(ありがとう)」
あたしは笑顔でお礼を言う。
耳の良いあたしは、この町を訪れてから地球人の言葉に耳を傾けていた。
お礼は「グラッツェ」挨拶は「チャオ」それと「ボゥナセラ」は夕方以降に耳にするようになった。おそらく「こんばんは」という意味らしい。
噴水のある広場の方へ、三人で食べ歩きをしながら向かう。道すがら、アルクトゥスが尋ねてきた。
「さきほど、グレイアは翻訳魔法抜きで発音なさいましたね。いつ地球のローカル言語を覚えたのです?」
「聞いているうちに覚えたの」
「人は見かけによりませんね」
「はいはい、どーせ庶民ですよ」
「流石はローズウェル伯爵様のお弟子さんだけあって、優秀なのですね」
「……お、おぅ?」
アルクトゥスが珍しく誉めてきた。
お腹が満たされて荒ぶる精神が穏やかになったのかしら。
「グレイア、アル、ここに座ってみるのダ」
ミナティが広場の中央にある噴水前で手招きしている。丸い噴水の周囲にはいくつかベンチがあって、家族連れやカップルが思い思いに休んでいた。
「そうだね」
「歩き疲れましたわ」
あたしたち三人も並んで腰かける。
少し涼しげな風が心地よい。
すっかり日も暮れて星が見えはじめていた。
町の家々の灯りとガス灯の街灯が暖かい光を放っている。
静かに佇んでいると、人々の表情が見えてきた。
家路を急ぐ人、友達同士でおしゃべりをしながら買い食いをしている女の子たち。店先で楽しそうに買い物をしている親子連れ。幸せそうなカップル――。
あたしは息を飲んだ。
「地球人もあたしたちと同じ……」
平和で穏やかな暮らしが息づいていた。
確かに怖い武器を使う国もあるけれど、それは一部にすぎない。
「悪い人もいれば良い人もいる。それが世の常……と聖女様はおっしゃっていましたわ」
アルクトゥスも静かに人々の姿を見つめている。
「美味しいものいっぱいありそうなのダー」
「そうだねミナティ。だけどお金がもう無いし……またきたときに食べようね」
「おー! でも……またくるのダ?」
「来れるよ、きっと」
ミナティがもっと自由に、地球に来られるようになったらまた一緒に楽しみたい。
いろいろな物を見て、地球人と話もしてみたい。
この前であった男の子は素直で可愛かったし、店のお兄さんも親切だった。
怖いイメージの地球人もいるけれど、そればかりじゃないのだから。
「まず、お仕事を片付けませんと」
「あ、そうだったね」
忘れるところだった。あたしたちは地球で『しるし』を集めている最中なのだ。
偶然か必然か、あたしもミナティもアルクトゥスも同じものを探している。
それはお師匠様や魔女さま、聖女様の指示によるもの。
だけどそこでひとつの疑問が浮かぶ。
「あたし……何のために集めているのか、よくわかってなくて」
「あら? グレイアは聞いていませんのね」
「過去の痕跡を調べる……という理由だと思うけど」
地球で集めた魔法の遺物。
その『しるし』は意味のあるようには思えなかった。古くて断片的で、魔力の痕跡もごくわずか。
七賢者様や魔女さんが、それを求める理由って一体……。
「はぁ。私たちが地球を訪れ足跡を刻むこと。それこそが目的なのですわ」
「アル? それ……どういう意味」
「私もそう言われたまでで、詳しくは知りませんわ。けれど、てっきりグレイアもミナティも同じ密命を帯びて飛んでいたのかと……」
アルクトゥスは言ってから「しまった」という表情をした。ミナティを見てもきょとんとした顔。あたしも「え?」という感じだっただろう。
「戻ったら聞いてみる」
お師匠様にもう一度、確認してみよう。
そのときだった。
競技場の廃墟に隠していた『飛行魔法結晶体』が警告を伝えてきた。
――接近警報。半径三百メルテ圏内に対人反応あり。
「だれかが円盤に近づいてるみたい」
「まぁいけませんわ。もどりませんと」
「えー、もう帰るのダ?」
「仕方ないよミナティ」
あたしたちは賑やかな町を後にした。闇に紛れて郊外の競技場の跡地へと向かう。
静かな競技場の外に、忍びよるあたしたち以外の人影があった。それも複数人。
「円盤を狙っているのでは?」
「かもね。でも見え無いはず」
「ブチのめすのダ!」
「それもダメ」
あたしたちは壁を飛び越えて競技場の中へ。
「見ろ、だれかいるぞ!」
「光ってる……なんだあれは!?」
ひそひそ声が聞こえてきた。
さっきの人たちが壁越しに競技場を覗き込んでいるらしい。
あたしたちは『飛行魔法結晶体』へと乗り込んだ。
コンソールに手を添えて魔力を注ぐ。
全周囲可視モニターでぐるりと競技場全てを映し出した。人間たちの熱源反応は壁の向こう側だ。
「じゃぁ、出発しますか!」
休憩のお陰で元気も回復。魔力の調子も良い。
「また来たいのダー」
「そうですわね。ライスボールを聖女様にも……」
プラズマシールドを展開。オレンジ色の光が競技場の内側を照らし出す。驚く地球人たちを置き去りに、円盤は急上昇。
雲を突き抜けて星の瞬く夜の空へ。
「次元震の影響もかなり落ち着いたみたいね」
「もう少し東へ飛んでいただければ、私が次元回廊を開きますわ」
意気揚々のアルクトゥス。
「……もっと楽しい旅がしたいのダー! それに戻るの……なんだか嫌なのダ」
ミナティは旅の終わりと現実への帰還に不安を感じている。
「大丈夫、あたしがちゃんと魔女様に事情を話してあげるから」
「ちょっ!? 戻るのは王都上空ですわよね」
「ミナティの家は砂漠のほう。遠いから最初に送っていってあげないと」
「そこって魔女レプティリアの棲み家では」
「そうだよ」
「嫌ぁあ!」
「大丈夫。魔女様はいきなり攻撃してくるけど、うまく耐えるとそのあとは優しいよ」
「全ッ然大丈夫じゃないですわよね!?」
そして――。
すったもんだの末、元の世界へと帰還したのは、朝焼けをトルコ上空で目にした後でした。
<つづく>
次回、新章開始。
時空を飛び越えUFOの旅はつづく。
そして舞台は激動のアジアへ――。