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1954.10(伊)トラダーテ競技場UFO着陸事件【中編】


「貰っちゃって大丈夫かなぁ」

 あたしは小銭を手に、軽い罪悪感に(さいな)まれていた。

「ぜんぜん平気ですわ。地球人(テラート)の信奉する神なんて邪教に決まってます。そこから賽銭(さいせん)を少々いただくのはむしろ救済! 正義の行いですわ」

「すごい説得力……」

「聖女様にお仕えする巫女ですから」

 嫌味で言ったのに、アルクトゥスは気にする風もない。


 緊急着陸したトラダーテの競技場。板で塞がれた出入り口すぐ横に、小さな噴水と女神像があった。

 白い大理石の女神像は地球(テラ)で信奉されているのだろうか。噴水の受け皿の底に、何枚かの硬貨が沈んでいた。

 お祈りの際に泉にお賽銭を投げ入れる行為は、あたしたちの世界と同じらしい。


「それと、実際に泉から賽銭を拾ったのは貴女たち! 私に罪はありませんわ」

 勝ち誇ったようにあたしとミナティを指差す。

「うわ、最悪だよこいつ!」

 あたしは思わず叫んでいた。

 聖女の巫女なのにアルクトゥスは腹黒すぎ。

 確かに「お金があるのダー!」と見つけたのはミナティ。水底から拾い上げたのはあたしだけど。


「オーッホッホ! 邪教の女神像が呪いを放っても、グレイアが受け止めることになりますわ」


「このお金で買い食いしたら、アルクトゥスも同罪じゃん」

「うっ……」

 あたしだって黙っちゃいない。


 空腹なのはみんな同じ。

 競技場の外には道路があって、向こう側に人の行き交う町の中心があるのが見えた。そこにはお店や屋台もあるみたい。

 結論として「お金を手に入れて買い食いしよう」というのは三人の一致した意見だった。

 アルクトゥスの「偽金を魔法で作る」は犯罪だし、実際に手に入れないと模倣も出来ないらしい。


 というか、アルクトゥスって本当にあの「聖女プレアデス様」の弟子なのかしら?

 言うことも考えることもダーティで腹黒。鑑定スキルも結局は「綺麗か汚いか」を判定する主観的なものだったし。

「アルは本当に性格が悪いのダー」

「なんですって!? 魔女の奴隷の分際で!」

「魔女様はムカついたら殴れって言ってたのダ」

「や、野蛮な……。それと親しみを込めて愛称で呼ばないでくださいまし」

「わかったのだ、アル」

「ですから!」

「まぁまぁふたりとも。お腹が空いてイライラしてるんだよ。小銭も手に入ったし。さっそく何か調達しましょ!」

 ケンカしててもしょうがない。

 小銭はいくらか手に入った。

 銀でも金でもない合金のコイン。

 そこには「100」だの「50」だの「10」といった数字が描かれている。裏には女性の横顔が精緻に彫られていた。

「いくらほどの価値かな?」

「私の鑑定スキルによると……100が大きいですわね」

「それはわかるよ!」

 イタリアという国の通貨はリラらしい。だけど何が買えるかまでは知らない。


「とにかくお腹がすいたのダー」

「そうだね、町に行ってみよう」

「賛成ですわ」

「おー!」


 あたしたちは競技場の外へと出る。出入り口は完全に木の板で塞がれていて、外から人間が侵入できないように閉鎖されていた。

「たぁっ!」

 ミナティは脚力でジャンプ。三メルテ近い高さを跳び越えた。

「すご……!」

「さすが竜人ですわね」

 あたしとアルクトゥスは、一瞬だけ『飛行魔法(フライア)』を使って板塀をフワリと飛び越えた。


「さぁ、グレイアもアルも行くのダー!」

「ちょっ、ちょっとまってミナティ」

「なんなのダ?」

「いくらなんでもそのままの格好は……。地球人(テラート)に見られるとマズいかも」

「そうかもなのかー?」

 背中の羽と竜人の尻尾。それに赤毛の髪の隙間の、カチューシャをする位置に小さな角も二本生えている。

「貴女もですわグレイア」

「えっ?」

「ハーフエルフも地球(テラ)では珍獣扱いですわ」

「ち、珍獣って」

 うぐぐ。

 たしかにちょっ……と耳が尖ってるけど。


「それに引き換え私は華麗! 地上に舞い降りた天使のようでしょう?」

 二つに結い分けた金髪のツインテールをなびかせてその場でターン。服装もさっきの女神像みたいな薄手の白いワンピース。アルクトゥスは完全に地球人に溶け込めそう。

地球人(テラート)からお賽銭をもらえそう」

「その手がありましたわ!」


 仕方ないのであたしは『認識撹乱魔法(イマジンジャマー)』でミナティの尻尾と羽を誤魔化した。

 他人が凝視しないかぎり「なんとなく違和感」程度になっているはず。

 あたしの耳は……べつにいいや。


「捕まって見世物小屋に売られても知りませんわよ」

「まさかぁ。地球人はそんな野蛮じゃ……」

地球人(テラート)なのダ……!」

 向こうから貴婦人が歩いてきた。

 上品な服装の奥さまといった感じの女の人。


「「「……ッ!?」」」

 あたしたち三人は彼女を見て言葉を失った。

 見たこともない白くて小さな「四つ足の生き物」に首輪(・・)をつけて手綱を結び、散歩していたからだ。

 首輪をつけるのは奴隷だけ。

 それに手綱をつけて歩くなんて。


 魔女の奴隷と呼ばれていたミナティをみると、横で笑顔のまま硬直していた。


 モフモフした白い生き物は主人の前を意気揚々と歩いている。

「あら、こんにちはお嬢さんたち」


「こっ、こ、こんにちは!」 

 あたしは辛うじて笑顔で挨拶。

 すれ違いざまに「キャン!」と白い生き物が吠えた。まるで犬みたいな鳴き声にアルクトゥスが小さく跳ねた。ミナティは物欲しげにじーっと白い生き物を見つめている。


「み……見ましたいまの!」

「怖い! 生き物の奴隷に首輪とヒモをつけて散歩してた!」

 あの貴婦人、サイコパスすぎるでしょ。

「魔女様でもあんなことまではしないのダー」

「ていうかあの生き物何? 魔物? 丸くて小さくてモフモフしてたね」

 ちょっと可愛かったけど……。

「匂いは犬と同じで美味しそうだったのダー」

「あれも犬ですの!?」

 何度か地球人と接触したはずのアルクトゥスも驚いていた。


 お師匠様。やっぱり地球(テラ)は恐ろしいところなのかもしれません。


 気を取り直して町へと潜り込む。

「ここが地球人(テラート)の町……!」

 町は夕食前の時間ということもあり、とても賑やかだった。

 雰囲気はどこか王都の下町を思わせる。

 石畳の道路に街路樹、二階建ての白い建物が並び、屋根は焼き瓦。向こうに教会か何か、鐘のある塔が見える。街灯の灯りが点り安心して歩ける。

 町行く人は色白の人が多い印象だけど、人それぞれ。意外なほど髪色もカラフルで驚く。

 ミナティの赤毛と、あたしのシルバーグリーンの髪も、そんなにも目立たない。

「おー! 賑やかなのダ!」

「うんうん、お祭りみたい」

 屋台もあって美味しそうな物を売っている。

 パンは同じ感じ。他にも揚げパンや、ハムを挟んだサンドイッチなんかも食べられそう。

「わぁ、あれも美味しそう」

「グレイア、毒味なさい」

「美味しくてもアルにはあげないんだから」

「オラはあれが食べたいのダー!」

 見るからに美味しそうなハム。だけど小銭に描かれている「100」とか「50」の数字とは明らかに桁が違う。

 そんなこんなで、何を食べようか迷ってしまう。

 すると通りすがりの人に、チラ見されている気がした。

「まぁ」

「……お?」

 軽い微笑みを向けられるので、怪しまれているとか警戒されているとか、そういうのではなさそう。

 なんというか「微笑ましい」「可愛い」と思われている感じ。

「あたしたち、なんか見られてる?」

 思わず両耳を手で隠す。

「私が可愛すぎるせいかしら」

「オラのモザイクが邪魔なのだー」

「げっ!?」

 ミナティの尻と背中に、チカチカとモザイクみたいな蜃気楼が見える。魔法の効果が持続してない。そういえば竜人は魔法耐性が高いんだっけ。


「あたしたち違和感の固まりになってるのかも!?」

 やばい。少しの違和感が集まって、怪しく見えているのかも。

「もう、今さらですわ!」

「買い食いー!」

 と、小さな子供達が三人、向こうから駆けてきた。あたしたちの前で立ち止まり、

「ハッピー、ハロウィン!」

「トリック・オア・トリート!」

「おねーちゃんたち、祭りは三日後だよ!」

 元気な子供達は笑いながら去っていった。


「えっ? はっ……ロウィン?」

 何のことだかわからなかった。


「聞いたことがありますわ」

「し、知っているの? アル」

「ハロウィーン……たしか悪霊を召喚する地獄の儀式……だったような」

「え、えぇええ!?」

「だから女神様の神殿が封鎖されてたんだナー」

 ミナティがさらりと言う。けれど、いろいろ繋がった気がする。

 よく見ると町のそこかしこに、禍々しいカボチャをくり貫いた飾りがしてある。まるで生首を模した飾り付け。


「やば過ぎでしょ……地球(テラ)

 あたしは戦慄した。

 地球(テラ)は魔法の存在しない「科学文明」の世界じゃなかったっけ……?


<つづく>

【作者解説】


★ハロウィンは10月31日です。

 イタリアでは「ハロウィン」ではなく「アロウィン」という発音らしいです。

 (グレイアたちは翻訳魔法を介しています)


 ちなみに「トラダーテUFO着陸事件」は10月28日だったみたいです。


★トラダーテの町について

 グレイアたちが着陸したのは、イタリアのロンバルディア州ヴェレーゼ県、ミラノ北部に位置する何の変哲もない小さな田舎町です。1950年代当時は特に名物も名所も無い、どこにでもあるような小さな町でした。 

 廃墟となった競技場跡地にUFOが着陸した事件は、当時ちょっと町を騒がせました。

 ですが宇宙人(?)が何故そんなところに着陸するのか……? と首を捻った人も多かったようです。


 実際のところ、グレイアたちは偶然、休息で訪れました。

 ハロウィン前日、ちょうどいい隠れ家になりました。おかげで夜更けまで誰にも気づかれず、町ブラを楽しむことができたわけですから。


 次回、章完結となります。


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― 新着の感想 ―
[良い点] 空腹から円盤を降りて町を散策するグレイアたち。 早速正体が露見して投獄されるのかと思いきや、ハロウィンの直前だったとは……。 果たして小銭にて何が食べられるのか!? [気になる点] 誤字・…
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