1947.07(米)ロズウェル事件、円盤墜落(前編)
「私に新しい服を?」
「はい。ローズウェルさまがグレイアさまにと」
「プレゼントしてくださるの!?」
「だと思いますが」
「嬉しい!」
やったね。普段の努力が認められたのね。
美少年執事のマース君が、小躍りする私をある部屋に案内する。そこはお屋敷の二階にあるドレスルーム。
「わぁ、素敵な服がいっぱい」
思わず私は目を輝かせた。
パーティ用のドレスや公式行事用の貴族服。ご令嬢が普段お召しになるような服も吊り下げられている。
「ローズウェル様のお姉さま、ベティア様とそのお母様世代のものばかりですが……」
マース君が説明してくれた。衣装部屋専門のメイドさんが一人いて私に一礼する。
「よろしくお願いします。わぁどれもこれも素敵ですね!」
ローズウェル様はお父様とお母様を早くに失くされ、お姉さまのベティア様が母代わりに厳しくローズウェル様を育ててたらしい。
今は公爵家に嫁がれ、このお屋敷にいる貴族はローズウェル様だけ。
だから今、これらのドレスは使われていない。
私が着てもいいんじゃない?
色とりどりの衣装に目を輝かせる。
お屋敷のドレスルームは広い。以前私が暮らしていた山小屋よりもずっと。
さすがは名門貴族、ローズウェル家。
そうそう「ローズウェル様」といつも私がお呼びしているのは若き当主さま。正式なお名前はローズウェル・アルフレッド伯爵。
メタノシュタリア統一王国を代表する魔法使い。若くして七賢者のおひとりに数えられる。
魔法のお師匠さまで、私の雇い主。
銀髪を自然に後ろに流し、凛々しいご尊顔はいつもクール。一見するとちょっと目付きが鋭くて、怖い雰囲気。だけど他人に対する口調や物腰は柔らかい。
メイドや弟子の私に対しても、分け隔てなく優しく接してくれる。そのギャップがお屋敷のメイドさんたちはもとより、多くの人を惹き付ける魅力になっているのだろう。
私だって好きか嫌いかで聞かれたら、間違いなく「好き」と答える。
私も年頃の女の子ですからね。
そんな素敵なローズウェル様が、私に新しい服をくださるなんて。これは嬉しくないはずがない。
普段着が無いので、可愛いよそ行きの服かな?
それとも社交界用のドレスかしら?
部屋にいくつもある姿見の鏡に、私が映る。
顔は……可もなく不可もなく。まぁ普通。
若草色のストレートヘアは、肩で切り揃えたボブな感じ。
瞳の色はエメラルドグリーン。森のエルフの血を引く私は、色白で耳もすこしとがっている。
そんな私に似合うようにと、いただいたのが今の「魔法使いの弟子用衣装」だ。
丈夫な布地の、淡いオレンジ色のワンピース。白い縁取りと刺繍が可愛い。
腰には太めのベルトと小物入れのポーチ。魔法の触媒や、エチケット用品がはいっている。
足元は歩きやすいショートのブーツ。
昔の魔女みたいに杖を持てば、それなりに魔女に見えるだろう。
「あの、グレイアさま。ローズウェル様が用意された服はこちらです」
可愛いメイド少年……もとい執事くんが、一礼をしながら優雅に服を指し示す。
「マースく……ん?」
部屋の一角に、吊り下げられた服をみて。私は目が点になったと思う。
銀色ピカピカの「つなぎ服」がそこにあった。
「こちらです」
「それ?」
頭から爪先までを覆い、背中を編み上げて密着するような構造の服らしい。
「はい! グレイアさまにフィットするよう縫製されているそうですよ」
マースくんが笑顔で淡々と説明する。
私は我にかえった。
「いやいやいや!? 違うのよ! そういうのじゃなくて、可愛いドレスは!?」
「いえ、これを……と」
「嫌あぁああ!?」
可愛い服は? ドレスはどこ!?
「地球の現地調査を行う際に、グレイアさまの身体を守る、防護服らしいです」
「防護服……」
愕然とする。
可愛くないどころの話じゃない。
怖い。
全身銀色で頭まですっぽりと覆うフード。
おまけに横のテーブルには、顔を覆うバイザーらしき「お面」もあった。顔はつるんとしていて口はスリット状。目の部分に黒いアーモンド形のガラスメガネが嵌め込まれている。
「こんなのを着て地球にいったら怪しいじゃん!」
地球の人たちも驚くよ。
こんな姿の訪問者が来たら石を投げられ、捕まって火炙りとかされかねない。
「そう申されましても……。現地の環境が汚染されているかもしれませんし、身を守るために必要とのことです」
「うぅ、そうれはそうかもしれないけど」
さわった感じ、銀糸に各種の防御系魔法術式を仕込んである。それを特別な織機で編んだツルツルの布を使っている。かなり手の込んだものらしい。
試しに着てみた。
おどろくほどフィットしていた。
「……っぷ」
「うふ」
横でマースくんと衣装係のメイドさんが笑いをこらえている。
「伯爵さまに直談判してくる!」
「あっ、グレイアさまそのまま行くんですか!?」
「みせつけてあげるのよ!」
私はお屋敷の廊下をずんずん進んでいった。
「きゃぁあ!?」
「ぬぅ!? なんと面妖な……!」
途中でメイドさんたちが悲鳴をあげ、執事長の老紳士が驚いて手からお盆を床に落とす。
ガンガンガンとドアをノックして、どうぞという声とともに部屋にはいる。
「ローズウェルさま!」
「どぅわ!? って、グレイア?」
「そうです! ご用意くださった衣装です!」
入り口で仁王立ちで、見せつける。ローズウェル様は飲みかけの紅茶を噴いた。
「……っぷ、ぷっはははっ、あははは!?」
ローズウェル伯爵さまは大爆笑。お腹を抱えて笑いだした。
「もーーっ!」
私は思わずポカポカとなぐりかかった。たぶん、耳まで真っ赤になっていたと思う。
<つづく> 後編につづく
【ワンポイント解説】
ロズウェル事件。
1947年7月、ニューメキシコ州ロズウェルの北西、米陸軍の基地近郊にUFO/空飛ぶ円盤が墜落したとされる有名な事件。
墜落現場には円盤形の未確認物体。近くには銀色のスーツを着た「宇宙人」とされる頭の大きな小人の死体が転がっていたという。米軍が回収し解剖、一部は生きているとの説もある。
★グレイアは墜落し解剖されてしまうのか?
待て次号。