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1954.10(伊)トラダーテ競技場UFO着陸事件【前編】


 あたしたちは迷っていた。

 イタリア半島の海岸部に沿って南下していたはずなのに、再び見知らぬ大都市上空をさ迷っている。


「ここ……どこ?」

「グレイアは空間跳躍(ジャンプ)下手くそですか?」

「そんなんじゃ……」

 本来ならイタリア半島を抜けて東へ。今ごろ東のトルコ地方へ至ってもおかしくない時間。そこで安定した空域を見つけ次第「次元回廊(ポータル)」を開くつもりだった。

 近道をしようと「空間跳躍ジャンプ」したのがいけなかった。


「ここってイタリアの内陸、北部じゃん!?」

 マッピングで地形照合。判明したのはイタリア北部のロンバルディア州、ミラノ上空だった。

「まったく、逆戻りしてどうするのですか!」

「あたしのせいじゃないもん」

 大都市が眼下に広がり、慌てて雲に隠れる。

 さっきまで飛んでいた競技場は沿岸部。なのに逆戻りしてしまったらしい。

「南へ向かっていたはずですよね? どういうことか説明してくださいまし」

 操縦席の後ろからアルクトゥスが責めるような口調で身を乗り出してきた。ネチネチとうるさいな。

 ぐいっと押し返しつつ、

「しらないわよ、地球(テラ)の時空境界面が不安定なの! まだ時空震の影響が続いているんでしょ。誰のせいだっけ?」

「わ、わたくしのせいではありませんわ!」

「ふぅん?」

 

 あたしたちの円盤は通常飛行の他に、水平ワープつまり空間跳躍(ジャンプ)できる。

 地球人の目やレーダーをごまかすのに有効で、向こうからみれば円盤が「突然消えた」「突然出現した」といった不可思議な機動を行っているように見えるらしい。

 魔法使いの操る『飛行魔法結晶対エンジェルング』の特性上、時間と空間が重なり合う「境界面」を滑るように飛翔することができるから。

 魔法のセンサーで調べると、原因がわかった。


「重力場がすりばち状に湾曲して広がっているのですね、ジャンプすると曲げられて逆戻りですわ」

「時間がたてば落ち着くかな」

「おそらく、そう思いますわ」

 アルクトゥスの言うとおり。これ以上飛び続けるのは危険かも。

 とはいえ見渡す限りの大都市。イタリアのミラノは王都を思わせる大都市だった。

 太陽が西に沈みつつあり街灯や街の家々の明かりがとてもきれい。

 飛行機が何機かのんびりと遊覧している。あたしたちの円盤に気がついた人間もいるかもしれない。


「……グレイア」

「どうしたのミナティ?」

 さっきから静かだと思ったら、ミナティが我慢しているような口調で、

「おしっこ」

「えぇ!?」

 ミナティはもじもじして辛そう。というかあたしも……そろそろ休みたい。

「この円盤、トイレは常備されていないのかしら?」

「な、ないよ」

 アルクトゥスも同じような表情をしている。


「あーら、フフン。その程度ですの? これだから庶民の円盤は……。ちなみに偉大なる聖女さまの円盤はベッドとバスルームも完備でしたわ!」

「いまさらドヤられても……」

 その素敵な円盤を墜落させたのはあなたでしょ。


「ここでしてもいいのダー?」

「きゃぁ!?」

 ホットパンツを下げるミナティにアルクトゥスが悲鳴をあげる。

「ちょっ、ちょっとまってねミナティ!」

 しかたない、緊急着陸だ。

 だけど大都市ミラノに降りるわけにはいかない。郊外のどこか……と、北の方に飛んでいるうち、ぽっかりと空いた暗い穴のような場所が見えた。

 トラダーテという小さな町。

 そのなかの競技場の跡地だろうか。使われていない大きな空間が口を開けている。

 おあつらえむきに観客席が壁となり、周囲から競技場の内側は見えない。周囲の家々もまばらで、人の気配も無し。


「ここに降りよう」

 『飛行魔法結晶体(エンジェリング)』を可能な限りステルス化。

 静かに競技場の真ん中へと着陸する。

 といっても完全に地面に降着するのは危険。数メルテ浮かせて滞空。あたしたちは下部の気密ハッチをあけて地上へと降り立つことにした。


 競技場の直径は三百メルテほど。大きな競技場だけど観客席も朽ちてガランとして無人だった。


「……誰もいないね」

「廃墟のようですわ」

「トイレはあそこなのダー!」

 ミナティが血相を変えてダッシュして駆けていった。出入り口の向こうにそれらしき看板が見えた。

「あたしたちも行こ」

「そ、そうですわね」

 なんだかビクビクしているアルクトゥス。歩きながらあたしの服の裾をつかんできた。

「……怖いの?」

「はぁ!? べ、べつに! 地球人(テラート)が襲ってきたときの盾代わりですわ」

「他に言い方あるでしょうが!」

 ったくめんどくさいヤツめ。

 ミナティが突撃していった出入り口を潜り、薄暗いトイレへ。

 不思議なことに異世界地球(テラ)でもトイレのマークは同じだった。

 魔力は少ない。けれど照明魔法(ピカリア)などの日常系魔法は問題なく使える。


「はぁ、水も流れてよかったのダー」

 みんなでスッキリ。手も洗えた。しかし蛇口をひねれば出てくる水道とは、地球人(テラート)侮りがたし。

「この水、飲めるのかなぁ」


 あたしが言う前にミナティは水道から出る水をガブガブ飲んでいた。

「美味しいのダ!」

「て、地球(テラ)の毒水かもしれませんわ! わたくしが鑑定スキルで……」

 アルクトゥスがキュピン! と左目を押えて右目を光らせた。

「へぇ、鑑定スキル持ちなんだ」

「聖なるものか汚れしモノか、高精度で関知できますの!」

 自慢げだけど使いどころの難しい、微妙な鑑定スキルだった。


「で、どう?」

 もう手洗っちゃったけど。ミナティは身体が丈夫だから参考にならないし。


「ミネラル豊富、硬水! 水道管から湧出した金属物質が少々ありますが飲用可能……ですわ」

「よかった」

 水にもありつけてほっとひといき。


「お腹がすいたのダー」

「だよねぇ」

 水の次は食べ物がほしくなるのは道理。


「あっ、美味しそうなのダ!」

 ミナティが向こうから唸り声をあげて近づいてくる野良犬を指差した。

「ひぇえ!? ダメだよミナティ!」

 呼び止める間もなくミナティが野良犬にむけてダッシュ。襲いかかった。危険を察知した野良犬は悲鳴を上げて逃げ去ってしまった。


「……逃げ足の早いご飯なのダ」

「ダンジョン攻略じゃないんだから、現地調達はやめようよ」

 だんだんサバイバルじみてきたわ。


「しかたありません。……わたくしが町で何か買ってきますわ」

「えっ!? 買う?」


「MIBとして各地で暗躍していましたから、地球人(テラート)との接触は何度も経験していますわ」

 しれっととんでもないことを言うアルクトゥス。

 すごい、あたしはまだ町で買い物なんてしたことないのに。


「でも、地球のお金とか……どうするの?」


「わかった、地球人(テラート)を襲うのダー?」

「ち、違いますわよ野蛮人! ちゃんと魔法で偽造しますわ」

「ダメじゃん!?」


<つづく>

【作者解説】

 飛行するグレイアの円盤は「空間跳躍」ジャンプと呼ぶ水平ワープに近い飛行を行います。

 地球人の目やレーダーによる観測では、UFOが「突然消えた」「突然出現した」のように見え、不可思議な機動を行っている原因となります。

 空間跳躍すると時間軸が前後する場合も。

 グレイアたちが操る『飛行魔法結晶対エンジェルング』の特性上、時間と空間が重なり合う「境界面」を滑るように飛翔。そのため条件次第では時間が戻るまたは進む場合があります。

 同じUFOが数日後にまだ目撃されたりするケースは、再度飛来したのではなく「空間跳躍(ジャンプ)」によって誤認されたケースが多いでしょう。


★トラダーテ競技場UFO着陸事件

 1954年10月末イタリア北部、ミラノ郊外のトラダーテ町。

 複数の住人が 使われていない廃墟の運動競技場に着陸したUFOと宇宙人を目撃した事件。


 ある住人がほとんど使われていない廃墟の運動競技場から光が洩れていることに気づいた。

 競技場は侵入されないように、周囲を高い板塀で囲まれていた。

 こんな夜更けに何か工事でもされているのかと 塀の割れ目から内をのぞいてみると、そこには穏やかな電球のような光を発する大きな物体があったという。

 着陸しているのか地上から浮かんでいるかは不明だが、光る物体の周りを動き回る小さな黒い人影が目に入った。

 彼は 恐ろしくなり一目散に逃げ帰ったという。


 途中で、集会帰りの農民の一団に出会い、今しがたの目撃体験を話すと、ともに競技場へと向かうという。

 大勢で確認したが、まだ円盤と小人めいた人影が見えた。

 小さな人影はやがて円盤に乗り込むと唸るような音を立てて舞い上がり 夜空に消えていったという。


 ※グレイアたちが一休みしている場面に遭遇したようです。当時のイタリアのUFO目撃証言は、時系列でグレイアたちの旅の痕跡が残っていますね。

 次回、いよいよ本章の最後となります。


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[良い点] 案外と凸凹トリオの呑気な脱出劇が続いていますが、きっと師匠たちは観察していますよね。 きっと天罰か横槍が入るはず。(汗) [気になる点] 誤字・脱字等の報告 二件報告しました。 あとがき…
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