1954.10(リヒテンシュタイン公国)ハンス・アダム王子の体験【後編】
私は困惑した。
目の前では純白の天使じみた少女と、荒ぶる半竜人の少女がケンカしている。
というかそんな可愛いものじゃなく、ガチの殴りあい、とっくみあいだ。
「ちょ、ちょっと! 二人ともやめなって」
私は二人の間に割って入る。
地球で争うなんてバカげてる。
「はぁ!? ハーフエルフごときが、王立魔法学園最高位の私に意見する気ですの!?」
見下した態度でつっかかってきたのは、たしか聖女の眷属アルクトゥス。
直接話すのは初めてだけど、以前北米の砂漠で絡まれたことがある。プライドが高くて喧嘩っぱやいなんて面倒くさすぎる。
「ごときって……。人種差別発言なんていつの時代のひとなの? それと学校の成績とか関係ある?」
「あ、ありますわよ! 超絶エリートで聖女さまの眷属として選ばれた私、アルクトゥスはいうなれば代弁者! 聖女さまの声とお考えを世界に広める伝道師なのですから!」
誇らしげに胸を張り、私を見下すアルクトゥス。
「それって貴女の考えは無い、操り人形ってことじゃん」
「な、なんですって! 生意気な! 学園じゃ誰も反論なんてしませんわ……!」
「あたし別に魔法学校関係ないし」
「はっ、あははは! 下等! 下賤!」
王城の何かの式典で、聖女さまの横にいるのを見かけたことがある。綺麗で可愛い金髪の子だと思っていたけれど、こんなに性格が悪いなんて……。
「……あのさ私たち一応、初対面だけど。さっきからその言い方、失礼じゃない?」
私は冷静に切り返す。
一緒に熱くなったら負け。真っ直ぐ見つめると、流石にマズイと思ったのかアルクトゥスは目を泳がせはじめた。
「……な、な生意気ですわ! 七賢者ではいちばん格下の伯爵の弟子、しかもハーフエルフの弟子風情のくせ……」
「私の名はグレイア」
「……し、知ってますわ」
「知ってるんだ? だよね、北米で喧嘩うってきたけど、言いたいことあるなら今言いなよ」
ずいっ、と進むと彼女はしり込みした。
睨みつつずいっ……と顔を近づける。アルクトゥスはついに目を逸らし、顔をふいっと横に向けた。
「う……あ、それは」
ぐぅの音も出なくなったか。
ナメないでよ、私は口喧嘩、けっこう強いんだから。
村じゃ男の子相手にメンチきってたし。育ちのいいお嬢様になんて負けるものですか。
「よしグレイア、こいつを一緒にボコるのダー!」
ミナティは調子にのった。
私が援軍に来たと思ったのか勢いづき、嬉々とした表情で拳を構えている。
墜落の衝撃で怪我をしたのか額からは血を流しているけれどお構い無し。戦闘民族の血が滾っているのだろう。
「どうどう、おちついてミナティ。私は味方だけど、ここで戦うのはダメ」
「えー? 二対一なら余裕なのダ!」
「いまはおねがい。ね?」
両肩に手を乗せて、おちつかせる。
普段から魔女レプティリアに虐待されているので、暴力や戦いに対する「敷居」が低いのかも。
「……グレイアがそういうなら」
「ありがとミナティ。地球では仲良くしよ。アルクトゥスも」
「べ、別にわたくしは……」
「ね?」
「わ、わかりましたわ」
アルクトゥスは意外と「圧」に弱いみたい。
エリートの立場から一方的に自分の価値観や正義を押し付けてきたのだろう。だけど地球では対等だ。
「そうだミナティ、魔女さまから何かおつかい頼まれているんじゃない?」
空気を変えようとそれとなく尋ねてみた。するとミナティは茜色の瞳を大きく見開いて、
「そうなのダ! 魔法の印をみつけて帰らなきゃご飯抜きなのダ! なのにそいつガー!」
「これはわたくしが最初に見つけましたの!」
二人は私と同じ、魔法の遺物を探しているらしい。どうりで最近同じ場所で円盤を見かけるわけね。
「なるほど」
お師匠さまも魔女も聖女さまも、何か大きな目的があって私たちを送り込んでいるのだろう。
「竜の血脈なんて邪悪ですわ」
「コイツやっぱり殴るのダ!」
「だーかーら! やめなって」
すぐに一触即発になる二人に苦労していると、背後で森の木々が動く気配がした。
『グ……グーテンターグ(こ、こんにちは)』
私たちはハッとして声の方を振り返った。
――地球人!
索敵結界で検知できなかった?
わずか数メルテほど先。木々の生い茂る藪の向こうから、男の子がひとり出てきた。胸にウサギを抱いている。
最初からそこに隠れていて、動かなかったのかもしれない。
「ふたりとも認識撹乱魔法は?」
「……とっくに魔力切れですわ」
「なんなのダそれはー?」
つまり姿が丸見えということ。
私は上空に浮かべた『飛行魔法結晶体』に展開しステルス化している。だから私自身は丸見えの状態だった。
『ヴォーヒン ファーイレン ズィ?(どこからきたの?)』
「な、何て言ってるの?」
知らない地球人の言葉だった。英語なら少しはわかるけど、それとは違う。
「……どこからきたのか? ですって。ドイツ語ですわ」
「アルクトゥス、言葉わかるの!?」
「……当然ですわ」
「さすがエリートだね!」
私が誉めると彼女はまんざらでもなさそうな顔をした。
それにしても、まさかの接近遭遇。
今までのメッセージを伝える一方的な接近とはわけがちがう。
男の子になんて説明するべきか。
「……わたくしが記憶操作の魔法で」
「魔力切れなんでしょ」
「くっ」
みたところ8歳かそこら。まだあどけない顔をした可愛い男の子。マース君も可愛いけれど、この子は気品がある。
プラチナブロンドのさらさら髪に、きりりとした賢そうな顔立ち。
服装は仕立ての良い白シャツに半ズボン。おまけに白タイツを穿いている。
どうみても育ちのいいお坊っちゃま。
『私たちは空から来ました。ここで見たことは秘密にしてくださいね』
アルクトゥスが天を指差し、静かに話しかけた。
すると男の子は目を丸くして「こくこく」と無言で頷いた。
ぎゅっとウサギを抱き締め、すこし不安げな眼差しをしている。
「「「か……可愛い」」」
三人同時に同じことを言っていた。
思わず顔を見合わせて赤面する。
「白タイツが尊くてつい口に」
「あのウサギもかわいいのダー」
「男の子が可愛いってことだよね!?」
三者三様だけど、可愛いという意見は一致したらしい。
『お姉ちゃんたちは、宇宙から来たんだね!』
ドイツ語だけどそんな風に聞こえた。
翻訳魔法が自動的に最適化され、ある程度訳しはじめたらしい。
「そう……なるのかな」
私は微笑んで、肯定の意味で頷いた。
そのとき対人索敵結界に幾つもの反応が現れた。男の子はウサギを抱えて草むらにしゃがんでいたのでわからなかったのだろう。
「大人の地球人たちが来たみたい」
私は二人にささやいた。
「いやぁあっ!? 捕まったら縛られて……ひ、猥褻なことをされてしまいますわ」
「それ聖女さまが言ってるわけ?」
思わずジト目でアルクトゥスをみると、赤面し身をくねくねさせている。
「あわわ、地球人に捕まると解剖されてしまうのダ」
「うん、ミナティの場合はちょっと心配だね」
見た目がちょっと違うし。まぁ私もミナティとおなじ扱いだろうけど。
「先手必勝でブッとばすのダ……!」
「それはダメ! それより二人とも、飛行魔法結晶体を再構成できる?」
飛んでここを離れるしかない。
この空域では帰還のための次元回廊は開けない。どこか安定したエリアを見つけないと。
「もちろんできますわ。ですが、ちょっと魔力切れで……」
「オラはできないのダー」
アルクトゥスもミナティも首を横に振った。
「仕方ないわね」
次元を跳躍可能なレベルの『飛行魔法結晶体』はお師匠さまのような、七賢レベルでないと作れない。
つまり今、まともに飛べて元の世界に帰還できるのは、私の飛行魔法結晶体だけということ。
「いい? 中でケンカしたら叩き落とすからね」
大勢のると不安定になる。中で騒がれても困るのだ。
私は上空に滞空させていた飛行魔法結晶体のステルス偽装を解除した。
『円盤だ……!』
ウサギを抱えた男の子がぽかん、と口を開けて空を見上げている。
『――どこですか!? ハンス王子ー!』
『――ハンス王子ー!』
大人たちが探している。どうやら男の子はハンス王子というらしい。
「この国の王子さまだったんだ!」
「未来の国王さまでしたのね」
「ウサギは友達なのダー?」
ミナティが叫ぶとハンス王子はウサギを抱いたまま「友達のピーター!」と教えてくれた。
「じゃぁね、またいつか……!」
私たちは笑顔で手をふり、浮かび上がった。
『さよなら……宇宙のお姉ちゃんたち!』
浮遊魔法で三人を包み、上空15メルテまで舞い上がる。飛行魔法結晶体へと乗り込んだ私たちは、安定した空域をもとめ一路西へと向かうことにした。
<つづく>
【作者ワンポイント】
本章のハンス王子は、現在のリヒテンシュタイン公国の国家元首。ハンス・アダム2世の幼少期です。
実はハンス・アダム2世は何十年にもわたり、国際的なUFO研究機関、新エネルギー研究機関などに対して資金援助などを行い支援してきたとされています。
幼少期のUFO体験が影響していると言及されていますが、詳細は不明です。
ハンス侯爵家は母も祖父母も不思議な物体(UFO)を目撃していたUFO家系だったとも……。故に、UFOや地球外生命体の存在を信じることができたのでしょう。
本章のハンス王子はリヒテンシュタイン公国の現国王陛下をモデルにしていますので、一応。
↓
『この物語はフィクションです。実在の人物・団体等とは関係ありません』
ふう……これでよし。
おや? こんな夜中に誰か来




