1954.10(リヒテンシュタイン公国)ハンス・アダム王子の体験【前編】
「いったい何が起こっているの……!?」
二つの飛行魔法結晶体がぶつかり合いながら戦い、そしてフランスとドイツの国境の向こうに墜落していった。
更に、開きかけていた二つの次元回廊が相互干渉を起こして爆発。次元の穴、ゲートが出現した場所が近すぎたのだ。互いを吸収しながら絡み合って渦を巻き、最後は凄まじい魔力の波動を放って爆発してしまったのだ。
「これ、ヤバすぎでしょ!」
地上にいる地球人には隕石の落下、あるいは異常な気象現象のように見えただろう。
場所は中央ヨーロッパ上空、私が飛んでいたフランスとドイツの国境付近。崩壊の衝撃で空間自体が波打ち、重力波が幾重にも津波のように伝播してくる。
「空間そのものが歪んで……不安定に!」
私は飛行魔法結晶体を安定させ、円盤を飛行させるので精一杯。
それでも索敵結界を積極放射モードで稼働させ、墜落地点を探る。
「救助しなきゃ」
お人好しだと言われようと、二人を放ってはおけない。お師匠さまもきっと同じことをするはずだから。
地球を飛び回る飛行魔法結晶体なんてたかが知れている。私の知る限りミナティと、絡みぐせのある聖女さまの弟子、確かアルクトゥス。
原因となった二つの飛行魔法結晶体にも見覚えがあった。緑の光はミナティ、白い輝きはアルクトゥス。
間違いなくあの二人だ。
「ま……喧嘩しそうだものね」
思い出して思わず苦笑する。
それよりも地球で墜落したら大変なことになる。軍隊に捕まれば宇宙人は解剖されかねない。特にミナティが危ない気がする。
「見つけた……!」
反応があった。
アルプス山脈という大きな山脈のふもと。
地図と照合すると、かなり複雑に国が入り乱れている場所。
フランスの東端とドイツの南端の間にはスイスいう国がある。お隣はオーストリア。
墜落地点はその狭間だ。
「あれ? これも国なの?」
小さいエリアにも国名が表示されていた。
――リヒテンシュタイン公国。
フランス側からスイス、オーストリアの国境線に沿って低く飛びながら移動する。
やがて山脈の懐に抱かれた、古いお城が見えてきた。森がひらけた台地に張り付くように畑や、赤い焼瓦屋根の家々が並んでいる。
「わぁ……! まるで私の故郷みたい」
思わす感嘆する。だってあまりにも故郷の村に似ていたから。お城はこっちのほうが立派だけど、こじんまりとしてかわいい。
「っと観光じゃなくて、二人を探さないと」
◆◆
同時刻。
リヒテンシュタインの城は、飛行機墜落の知らせに上へ下への大騒ぎになっていた。
西の方角から飛来した未知の飛行物体が二つ、爆発と光を伴いながら、城の近くの森へと墜落したからだ。
「飛行機の墜落と思われます!」
「目撃者の証言では光の球体が二つと……」
「馬鹿馬鹿しい、円盤だとでもいいたいのか!?」
騒ぎの中、侍女が青ざめていた。
「ハンス王子はどこへ!? さっきから姿が見えませんの……!」
ハンス王子がいない。
その事実に気がついたのはついさっきだ。
「あの、お坊っちゃまは森でウサギを追いにいくともうされておりましたです」
初老の庭師が森を指差す。
「なんだと!?」
大臣や執事、王妃たちは青ざめ顔を見合わせた。
「衛兵を集めろ! 森を探索する!」
よりによって墜落現場となった森で遊んでいるとは。大人たちは泡をくって森へと急いだ。
■■
「あなたバカなのですか!?」
「バカはそっちなのダー!」
リヒテンシュタインの城近くの森の中。
――おー?
ハンス王子はウサギを抱き抱えたまま、どんぐりまなこを見開いていた。
森の向こうで天使と悪魔が戦っていた。
天使は白銀の衣をまとった金髪の少女で、頭上に光輝く輪が浮かんでいる。
悪魔は黒い服を着た赤毛の少女で、背中に蝙蝠のような羽、尻からは蛇のような尻尾が生えている。
「すごい……天使と悪魔だ」
怖いというよりも目の前の光景が信じられなかった。ウサギの温もりを感じながら木陰に隠れて観察をつづける。
森でウサギと遊んでいたときだった。
ハンス王子の頭上で二つの光が争いながら激しい火花を散らし、空中で爆発。
ぐるぐる回転しながら落下――。
地表に激突し砕けた光の結晶の中から、天使と悪魔が出現。
激しい戦いを繰り広げはじめたのだ。
最初は目の眩むような光の応酬、やがて殴り合いからつかみ合いにちかいバトルへと発展した。
「あっ! エンジェルリングをつかむな!」
「おまえこそあたしの尻尾を放すのダー!」
天使と悪魔は仲が悪そうだ。
このままだとよくない。
僕が止めないと、二人とも怪我をしてしまう。
「あっ、あの」
純真なハンス・アダム王子は勇気を振り絞って立ち上がった。
だがそのときだった。
『ちょおおおっと待ったぁあ!』
声が響いたかと思うと、頭上にもうひとつの光が出現した。
「わ……!?」
見上げるとオレンジ色のフォースに包まれた銀色の円盤が浮かんでいた。
森の上に円盤が出現した。
天使と悪魔もハッとして上を見上げている。
瞬きほどの間に円盤の姿は薄れ、消えた。
代わりにふわり……と小柄な少女が舞い降りてきた。
ハンス王子はその光景を呆然と見つめていた。
空から舞い降りてきたのは若草色の髪、とがった耳の女の子だった。
薄紫色のワンピースを着て、手には不思議な光を放つ杖を持っている。
ハンス王子は「魔女」がきたと思った。
「げっ!? グ、グレイア……!」
「グレイア、応援に来てくれたのダー?」
「ふたりとも! バカな喧嘩はおやめなさい」
地上に降りるや否や、魔女は杖を差し向けた。
「はぁ!? わたくしに意見する気ですの!?」
「グレイア、コイツを二人でボコボコにするのダー!」
「私はふたりを助けにきたの! そこの聖女見習い! いちいち面倒くさいこと言わないで。それとミナティも暴力はダメだよ!」
「なっ……」
「えー?」
ハンス王子は目を輝かせた。
今度は正義の魔女さんが来た……!
<つづく>
★作者よりの補足
リヒテンシュタイン公国は、中央ヨーロッパに位置する全長25キロほどの小さな国です。
場所はフランスの東端とドイツの南端、その間のスイスとオーストリアに挟まれた位置にあります。
(ルパン三世の「カリオス●ロ城」のモデルになった国ですね!)
本章で語られるハンス・アダム王子は、後のリヒテンシュタイン元首、ハンス・アダム2世の少年時代となります。(作中1954年当時は9歳)
彼は「宇宙人が地球にやってきている」と長い間信じつづけ、様々な活動を行っていることで知られています。
天体物理学者ジャック・ヴァレー氏の日記によれば、ハンス・アダム2世に城に招かれ食卓を囲んだ際、未確認飛行物体(UFO)の目撃情報や「暗黒の陰謀説」がたびたび話題になったという。
またハンス・アダム2世が少年時代にUFOを目撃、不思議な体験をしたとを語ったという。
(ディック・ヘインズというUFO研究者が侯爵と交わした記録より)
君主となったハンス・アダム2世は、新エネルギーや未知の駆動システムを探求、UFO現象を調査しているという。
そしてUFOは遠い惑星からやって来た使者であり、高度な技術を持つ宇宙人が操縦していると確信しているという。
※グレイアたちとの遭遇体験が、強烈な影響を与えたと考えられる。
次回、後編!




