1954.10(欧州)ヨーロッパUFO集中目撃(ウェーブ)事件【2】
「グレイア、くれぐれも無理をしないように」
「わかりました、お師匠さま」
私の周囲で光が渦巻き結晶化してゆく。
ローズウェル伯爵さまが編み上げる『飛行魔法結晶体』の清浄な輝きに包まれ、私は空へと浮かび上がった。
外見はお皿を二つ重ねた円盤形。プラズマフィールドのオレンジ色のヴェールが、動きに伴い淡い尾を引く。
上昇し視界が一気に広がると、ネオ・メタノシュタリアの王都が一望できた。
お城の上では王国軍の人造竜が飛翔し、貴族を乗せた大型の飛行魔法結晶体が優雅に飛んでいる。
『グレイアの魔法で自己修復できるようチューニングした。着陸しても壊れないから、安心して』
「はい! すごく素敵です」
小型の円盤は今までの経験を活かし、伯爵さまが改良に改良を重ねたもの。
タフで長持ち、機動性に優れ扱いやすい。円盤の見た目も芸術的かつシンプルで美しい。
『地上の魔力をスキャンする術式を強化しておいた。ヨーロッパ大陸についたら、魔力の痕跡を見つけて降りてみてほしい』
人造生命体を下ろしての調査は、もう必要ないとお師匠さまはおっしゃった。
地球は安全。空気も水も土も、一部を除いて綺麗だとわかったから。
けれど光毒素を撒き散らす爆弾(※核兵器)が使われた北米の砂漠は汚染され、生身では危険。だけどそういう場所は地球全体から見ればごくわずか。
だからお師匠さまは、私が地上へ降りることを認めてくれた。
「了解です、いってまいります!」
『いっておいで』
今日はいったいどんな風景が見られるのだろう。とても楽しい気分。
私の操る『飛行魔法結晶体』は、極彩色の次元回廊を抜け、地球の空へと飛び出した。そこは狙いどおりヨーロッパ大陸だった。
広大な農地と空と、小さな街がいくつもみえる。
「わぁ、なんだか懐かしい感じがする」
家々の感じが私たちの世界とそっくり。小高い丘の上に立つ古いお城も見分けがつかないほど。
不思議なことに共通点がある。歴史が古い国々が多くあるからだろうか。
「あ、飛行機がきた」
空を飛ぶ地球人の乗り物は「じぇっと」というカラクリで飛ぶ。以前は回転する「ぷろぺら」式が多かったけれど、最近は見かけなくなった。
惑星周期が十回もあれば地球人はカラクリを新しく進化させるのだという。
時間軸も前回訪れてから、そんなにズレていないはず。
『管制! 前方に未確認飛行物体が出現! UFOだ! オレンジ色の光につつまれた銀色の……』
飛行機が加速して近づいてきた。轟音が空にとどろく。
「あら、前より速くなった?」
だけど私の円盤には敵わない。
ぎゅんっと一瞬で引き離して鋭角にターン。
慣性も加速によるGも遮断しているので、中にいる私にはなんの影響もない。
『管制! レーダーで見えたか!? なんて速度だ、地球上の乗り物じゃないぞ……!』
速度と機動性ではまだまだ追い付けない様子。
パイロットが驚くようすが聞こえてきたけれど、遊んであげる暇はない。
――魔力反応を検出。北北西12キロメルテ地上
早速魔力の反応があった。
「いってみますか」
私は一路、魔力反応のした方向へと舵を切った。
◆
同時刻――。
惑星地球、ヨーロッパ南東部。
ギリシャ共和国の南方に広がる地中海。そこに浮かぶ島に、光輝く円盤が密かに降り立った。
エーゲ海と地中海を望む海域に浮かぶ周囲数百キロにもおよぶ比較的大きな島。
地球人から入手した地図によればクレタ島と呼ばれているらしい。地図には「古代ミノア文明が栄えた地」ともある。
「地球人の古代史には興味はありませんけれど」
光は遺跡の上に滞空する。
場所は古代都市ファイストスの宮殿遺跡だ。
飛行魔法結晶体の輝きの中から、天使のような少女が現れた。
ゆっくりと地上へと舞い降りる。幸い、昼間の地中海の日差しに紛れ、目撃者はほとんどいなかった。
「魔力の反応が確かにありますわね」
聖女の眷属アルクトゥスがすん、と鼻を鳴らす。
小柄な少女は、空中浮遊魔法で遺跡の上をゆっくりと飛び回った。
聖女プレアデス・ハーモニア様から賜った、新たなるミッション。それは「痕跡」を探すこと。
地球に散在する過去の遺物。太古にかの地に存在した魔法の痕跡を見つけ、集めることだ。
既にローズウェル伯爵や弟子、あるいは魔女レプティリアとその奴隷。彼女たちも動き出しているという。
「後れをとるものですか」
今までのような「円盤の目撃者を脅す」役目ではない。神聖かつ重要なミッション。麗しのプレアデスさまにお褒めいただくためには、なんとしても実績をあげるしかない。
あれかしら?
サファイア色の瞳を細め、ほくそ笑む。
ツインテールに結い分けた金髪を揺らしながら、遺跡のなかの石碑に意識を向ける。苔むし傾いた石碑は、数千年の惑星周期を経過しているようだった。
「わずかながら魔力を帯びていますわ。あら……? この文字」
アルクトゥスは息を飲んだ。
石碑に記されている文字は、神聖文字。
聖なる魔法の儀式で使われる古の魔法を構成する古代文字だった。
驚くことに地球の遺跡、ファイストスに魔法の文字列が刻まれているのだ。
――螺旋、点、環、地平、事象、渦、闇、樹
「……?」
不思議なことに文字は理解できても、構文としては成り立たないものだった。
解読は聖女さまにお任せすればいい。アルクトゥスは自分の仕事をこなすことにする。
「これを記録石に複写して……っと」
背後で誰かが叫ぶ声がした。
――円盤だ、宇宙人だ!
アルクトゥスは素早く円盤に戻り、急上昇。雲に紛れクレタ島をあとにした。
「ふふ、まずは私が一つ目をゲットしましたわ」
<つづく>
【作者ワンポイント】
★ファイストスの円盤(神聖文字)
クレタ島南岸にあった古代都市ファイストスの宮殿遺跡から見つかった、粘土製の遺物。
1908年7月にイタリア人の考古学者ルイジ・ペルニエルが発見した。紀元前1950年から紀元前1400年ごろのものとされ、直径16cmほどの円盤型。
両面に独特で解読されていないクレタ聖刻文字が刻まれている。(Wikiより一部抜粋)
グレイアやローズウェル伯爵の暮らす世界との関連は不明である。クレタ神聖文字とほぼ同一の魔法術式があるのは事実である。
ヨーロッパUFO集中目撃事件の例
●フランス、バーノン葉巻型UFO目撃事件
1954年8月23日の深夜、フランスのセーヌ川沿いバーノン近郊に住む実業家のベルナール・ミザエルが、自宅近くの上空を飛行する巨大な葉巻型UFOを目撃した。
信用こそが大事な「実業家」が証言したことで、信憑性の高い事件とされる。
●フランス、カルーブル村、短足宇宙人目撃事件
1954年9月10日、 北フランスのバレンシエンヌの近郊のカルーブル村で、マリウス・デウィルドが円盤を目撃。さらに小柄で短足の宇宙人を目撃した。
●フランス、シャンブイユの森UFO目撃事件
1954年9月26日、 南フランスのシャンブイユの森にて、レブーフ夫人が潜水服のようなものを着た小人に遭遇。その後、森の中から飛び去る円盤を目撃した。
●フランス、ポンセイ・スュール・リニオンUFOクレーター事件
1954年10月4日、フランスのポンセイ・スュール・リニオンの畑に着陸したUFOが目撃された。その後、着陸現場の土が掘られ、周囲に散乱していた。
上記はフランスに絞ったが、他の国々でも前後して大量に報告された。欧州全域では二百件を超える報告例があるとされる。無論、中には騒ぎに便乗したイタズラなども含まれると思われる。
UFOの専門家は「宇宙人」たちの行動が、この時期を境に変容したと分析。何らかの「調査」を行っていると思われるふしがあり、上空を飛行する段階から一段と積極的な行動へと変化したとされる。




