1954.10(欧州)ヨーロッパUFO集中目撃(ウェーブ)事件【1】
魔女レプティリア・オリオンヌの棲み家から、私は助け出された。
「ありがとうございます、お師匠様」
「無事かい、グレイア」
「はいっ!」
私は感極まって抱きついてしまった。
「よしよし、元気そうだ」
叱られてもおかしくないのに、お師匠様は優しく抱きとめてくれた。
「……すみません。つい」
慌てて身を放し、非礼を詫びる。
お師匠様は、私が帰投用の次元回廊とは別の、魔女側の次元回廊を通って帰還した事に気づいてくれた。
次元跳躍型の遠視魔法で見守ってくれていたとはいえ、心配と迷惑をかけてしまった。
ここが魔女レプティリアさんの棲み家だとわかって、慌てて来てくれたのだろうけれど……。とんだ失態だ。
「君が無事ならいい。イスラヴィアの遺跡に戻ってきたときは、流石にヒヤリとしたけれどね」
お師匠さまは眼下の景色を眺め、目を細めた。深い森と古代遺跡のような街が徐々に遠ざかる。
お師匠さま自ら飛行魔法結晶体を駆り、何百キロメルテもの距離を飛んで、こうして迎えに来てくださったのは感激だけど。
「ここは魔女……レプテリィアさんのお宅でした。弟子のミナティって子を助けたら巻き込まれて」
「それで魔女と会ったんだね」
「はい。恐ろしくも不思議で、寛大なお方でした」
「寛大……ねぇ」
少し苦笑するお師匠さま。
「ご心配をおかけしました。魔女さんの弟子を、ミナティを助けたくて」
「だいたいは遠視魔法で視ていたけどね、グレイアらしいよ」
お師匠様は大体お見通し。私は静かに頷いた。
「……魔女に見つからないよう、ログは撮れたと思います」
私は記録石を手渡した。腰のポーチに忍ばせていた記録石。行動歴は主に「魔法を励起した時」に記録される仕組みになっている。
地球の言葉を使い「フライトレコーダー」とお師匠さまは呼んでいる。
フランス上空でミナティの葉巻型円盤を助けたこと、魔女の次元回廊を通り、戻ってきたこと。そして魔女レプティリアさんとの邂逅と戦いのあたりまでが記録されていた。
「ふむ、グレイアの行動は貴族の名に恥じない、立派なものだ」
ほ、誉められた……!
「ありがとうございます」
「優しく勇敢で、現場でのとっさの判断も賢明だ。けれど無茶はいけない。危険だと判断したら迷わず僕を呼んでいい。地球だろうと魔女の館だろうと、いつでも駆けつける」
「は……はいっ!」
寛大さと優しさに感動してしまう。
今の気持ちを表すなら、大好き! だ。
「それにしても……レプティリアは相変わらずのようだね」
ミナティへの暴力、私への魔法の攻撃のシーンをお師匠様はリプレイで視ている。
だけどその表情は、なにか懐かしい思い出を見ているみたいだった。魔女を呼び捨てにしたのは、敵意ではなく親しみを込めている気がした。
――あの子はアタイに求婚したんだよ
魔女の言葉が脳裏に浮かぶ。
戦いのあとのレプティリアさんとミナティとの「奇妙なお茶会」は記録されていない。
魔女はローズウェル様のお師匠様であり、求愛までした相手だと聞かされた。
それに子供が出来ないとかなんとか……。
うぅ、気になる。もやもやする。
私を抱きしめてくれた時も、弟子を心配していてという感情以上ではない感じ。そもそも私は女性として見られていないというか、下手をすると妹以下の存在のような気がしてきた……。
いろいろと聞きたいことができてしまったけれど、踏み込んではいけない話のような気もする。
今はまだよそう。
魔女とのバトルシーンでお師匠さまは「ほぅ」と感心したように眉を持ち上げた。
「このとき、死ぬかと思いましたよー」
気持ちを切り替えて明るくいこう。
「元七賢相手によくがんばったねグレイア。僕も鼻がたかいよ」
「そうおっしゃって頂けると光栄です。でもその……魔女さんはどれくらい本気だったんですか?」
「これは挨拶だね」
「挨拶……」
愕然とする。
あれで? 殺しにきてたよね。
「レプテリィアは君を試していただけさ」
「あれでですか!? ミナティも私も、本気で殺す気でしたよぜったい」
するとお師匠様は楽しげに笑った。
「ははは……。彼女が本気を出したらこんなものじゃない。かつて魔竜討伐戦では、熱線魔法で山ごと真っ二つ。あのイバラの魔法だって本気なら城塞を丸ごと崩壊させることもできるんだ」
「マ……マジっすか」
ヤバすぎるでしょ。
最凶魔女の伝説は本当だったのね。
お師匠様はなんだか楽しそう。きっと魔女と共に体験してきたことなのだろう。
少し、悔しい。私の知らないお師匠様を、レプティリアさんは知っているんだ。
「それにほら、ここ。ミナティだっけ? 竜人の子をイバラで空に吹き飛ばした後さ。落下地点を魔法で狙っていたでしょ」
「あれってトドメを刺そうとしていたんですよね?」
「地面を爆破させてクッションにしようと思っていたようだね」
「そうなの!?」
「グレイアがそれを結界で弾いたから、少し驚いてるみたいだけど、結果オーライだったね」
「えぇ……」
がくりと力が抜ける。
お師匠様の飛行魔法結晶体のなかに私はへたりこんだ。
森に隠れた遺跡に別れを告げ、私たちは一路、王都へと戻ることにした。
「それはそうとグレイア」
「はい」
「ミナティの巨大な葉巻型の飛行魔法結晶体を崩壊させたのは、地球に隠された魔法遺物のせいかもしれない」
「えっ!?」
「例えば、君がイギリスで見たストーンヘンジ。あそこが最たる例さ」
「なるほど、確かに何か妙な魔法の気配がありました」
地球に魔法は存在しない。
だけど過去には存在した……ということ?
「グレイア、君の次のミッションは、ヨーロッパ全土を調べることだ。あの地は地球人類史の長い歴史が折り重なった地だからね」
「は、はいっ!」
次の計画が示された。
秘密の魔法の遺跡探しなんて。ちょっとワクワク、どきどきする。
「レプテリィアも気づいているだろう」
「ですよね」
ミナティがあんな目にあった理由を、魔女レプティリアさんなら解析するだろうし。
「それに……プレアデス・ハーモニアがこちらの動きを気にしている。僕がイスラヴィアまで飛んだこともね」
「聖女さまも……?」
聖女プレアデス・ハーモニア。素晴らしいかただとは聞いているけれど、一切の過ちを許さない異端審問官の長で、天秤の聖女とも呼ばれている。
何よりも……弟子の女の子に絡まれた記憶がよみがえる。自分勝手な正義を振りかざし、難癖をつけて、円盤で攻撃してきたっけ。
しゃしゃり出てきたらめんどくさそう……。
「少々、地球が騒がしくなりそうだ」
お師匠さまの宝石のような瞳は、遥か遠くを見つめていた。
<つづく>
【作者よりワンポイント】
ヨーロッパでは過去、UFOが大量出現し目撃された期間がありました。
1954年8月から11月にかけ、ヨーロッパ各地でUFOフラップ(=集中目撃)が発生。UFOの目撃、 UFOの着陸、 宇宙人の目撃・遭遇報告が多数発生した。
目撃報告はイギリスを皮切りにスペイン、フランスを経てヨーロッパ全域に及んだとされる。
<詳細は次号から……!>




