魔女の思惑、伯爵の野望
砂漠の王国イスラヴィア。インクラムドと呼ばれた王都の宮殿は廃墟のようだった。
学校で習った記憶だと、かつて栄華を誇ったとはいうけれど、今は見る影もなく荒廃している。
宮殿内は半分崩れかけた廃墟のよう。豪胆な冒険者たちでさえ近づかない。
何故なら最凶と怖れられる魔女、レプティリア・オリオンヌの棲み家となっているから――。
そんな場所に私は今、お招きされている。
「てっきり聖女の手下かと思ってね。あれで死なないなんて見所があるさぁね」
魔女レプテリィリアさんが、悪びれた様子もなく宣う。
「はぁ……」
危うく殺されかけましたけど。
って、聖女?
確か王都の聖堂教会のトップに君臨しているお方が聖女と呼ばれるプレアデス・ハーモニア様。そして七賢者のお一人だったはず。
目の前の魔女さんは、そっちとも何か確執があるのだろうか?
いや、むしろあってあたりまえ。
魔女レプティリアさんは、七賢者たちと揉め事を起こして七賢者の称号を剥奪され、王宮魔法使いを追放されたのだから。
「聖女は性悪でね。性格は最悪、歪みきってやがるのさ、あぁ忌々しい」
「そう……なんですか」
慎重に言葉を選びつつ対応する。
この魔女さんはヤバイ。
躊躇いもなく殺しに来る。
ここは世渡りスキルをフル活用して、機嫌を損ねないようにしなきゃ。
「グレイア! 今日はここに泊まっていくのダ?」
ソファの横にはミナティが腰掛けている。
「え、ぇ!? いやその……。それよりミナティ、傷は大丈夫なの」
とんでもないことを言い出すので慌てつつ、横に座っていたミナティの腕に触れる。
「こんなの平気。もう大丈夫なのダ」
「大丈夫って……あ、ほんとだ」
ミナティは腕を曲げて力こぶを見せた。にっと笑うと八重歯が可愛くて元気そう。
魔女に酷い折檻を受けた傷は、どうやら治ったらしい。瞬く間に傷は塞がり、血はすっかり止まっている。
治癒魔法無しで、信じられない回復力。これが伝説の半竜人なのかと息をのむ。
「だから言ったろう、ミナティはね、そういうモノなんだよ」
魔女レプテリィアさんは流れる黒髪を耳にかきあげ、ミナティの横を通りすぎながら頭を撫でた。
「なのダ!」
ミナティは誇らしげ。
恐ろしいのか優しいのか、まるでわからない。感情の起伏、振れ幅が推し量れない。
ミナティに対して「モノ」という言い方には少しカチンとくるけれど、我慢。いちいちつっかかっていたら命がいくつあっても足りない。
今はおとなしい客人として振る舞い、時間を稼ぐしかない。
ローズウェル伯爵様なら気づいてくれる。
私がこっちの世界に戻ってきた事を、伯爵様なら魔力で感知しているはずだから。
黒髪のダークエルフの魔女が、暖炉脇でコポコポとお茶を注いでいる。
どうやら三人分を準備して、私にも振る舞ってくれるつもりらしい。薬草のような臭いが漂ってくる。
「お茶でもどうだい、古い友人の……あの子の愛弟子ときちゃぁ、このまま帰すわけにもいかないさぁね」
「い……頂きます」
このまま帰すわけにもってどういう意味?
ドキリとしながらボロボロのソファに座っていると、ミナティが肩をよせてきた。
「お菓子、食べるのダ」
「あ、ありが……ひぃ!?」
バッタだった。
これはお菓子と呼べるの!? 魔女の家、怖すぎる。
「んー? イナゴの佃煮、美味しいのダ」
ミナティがぼりぼり食べるので、私も恐る恐る食べてみる。
「……あれ、美味しい?」
甘くてパリパリして香ばしい。
周りを見回すとここは宮殿の大広間だったらしい。
今は広めのリビングに使われている。だけど床には見たこともない禍々しい魔法円と複雑な紋様が描かれている。
天井からは乾燥させた蛇の束やら、コウモリの束やら何やらが垂れ下がり、壁には魔獣のデスマスクがいくつも飾られている。
ソファーが囲むローテーブルや、床には恐ろしく古い時代の魔導書がうず高く積まれ、足の踏み場もない。
どれもこれも禁書レベルのヤバい書物なのは一目でわかる。
コトリ、と目の前にお茶が運ばれてきた。
魔女レプティリアお手製のお茶は、紅茶のように見えた。
「黒ドクツルタケと赤カエンタケの茶さ」(注)
「だっ大丈夫なヤツですか!?」
流石にツッコミをいれる。
どちらも致死性の毒キノコだ。
「ミナティはいつも飲んでいるのダー」
「平気さぁね」
二人は普通に飲み始めた。
「いい!?」
確かに大丈夫っぽいけど、そもそも超タフな半竜人とダークエルフの魔女の「平気」は、大丈夫だという保証にはならない。
「い、いただきます」
バッタを食べた私はもう、どうにでもなれとお茶を一口。ハーブティーみたいな味にキノコの風味が混じっている。
「…………ん? これも美味しい」
麻痺しているだけなのか、美味しく感じる。
「ヒヒヒ、猛毒の毒成分同士が中和して薬効成分に変わる、人類が長い失敗の果てに到達した叡知、原初的な魔術さぁね。疲労回復、魔力回復に効果があるのさ」
ダークエルフの魔女はお茶を飲み干した。
「……確かに、なにか漲ってくるというか……」
魔力が回復してくる気がする。
「ね、なのダ!」
「うん!」
私は恐る恐る尋ねてみた。
「あの、レプティリアさん。ローズウェル伯爵をよくご存じなのですか?」
魔女さんはソファに両腕を広げて背中を預け、私に視線を向ける。
「ローズウェル……ウェルが子供の頃にね。あの子の魔法の家庭教師をやっていたのさ」
「えっ!? じゃぁお師匠さまのお師匠さま」
「そういうことになるね。ま、アタイらエルフは長寿だから暇をもて余す。誰とも関わりたくない時期もあれば、子供を育てたいと思う時もある。そして気まぐれに後継者を育てたいと考えることもあるのさ」
「優秀なお弟子さんだったんですよね?」
つい尋ねてしまう。貴重な伯爵さまの子供時代のことを知りたい。
魔女は遠くを見るような眼差しで言葉を紡ぐ。
「あぁ。ウェルは可愛くて賢い子でね、血筋のせいか魔力量が多かった。あっという間に魔法を覚え、極めた。十六の頃には将来は七賢者になるだろうとさえいわれるほどにね」
「おぉ……!」
流石! 思わず身を乗り出してしまった。
ミナティは少し退屈そうだけど、私にとってはとても興味深いお話なのだ。
気を良くしたのか、魔女レプティリアさんは、変な笑みを浮かべ話をつづける。
お屋敷での暮らしのこと、修行のこと。魔法学校での活躍、そして冒険のこと。
私はもう真剣に耳を傾けた。
「それである日、ウェルはアタイに求婚してね」
「えっ、えぇええ!?」
私は震えた。
知られざる過去、とんでもない黒歴史を知ってしまった。
「お師匠さまのことが好きです! とかなんとか顔を真っ赤にしてさぁ、キヒヒ……。愛くるしかったねぇ」
「そ、それでどうなったんですか!?」
結果は推して知るべしだろうけど。あの伯爵さまが求婚するだなんて。
「それがねぇ、アタイもまんざらじゃなかったんだけどイヒヒ……。でもね」
まんざらじゃなかったんかい。
「でも?」
「ウェルの同期……宮廷魔女だったプレアデス……今は聖女とか呼ばれている小娘があれこれ邪魔立てしてきてねぇ。今思うと下らない、入り乱れて恋の鞘当てさぁね。どうだい面白いだろう?」
「はい、はいっ!」
私は目をギラギラさせていたと思う。
そんな様子が面白いのか、魔女レプティリアさんはある秘密を打ち明けた。
「だけどね、ウェルには子供が作れないことがわかったのさ。生まれつきの……ことでね」
悲しみとも呆れともつかない表情で、再び魔女さんはソファの背もたれに身を預けた。
試したとかボソリと言ったけどよく聞こえなかった。
「えっ……?」
思わず息を飲んだ。
それって、つまり……。
「そのせいかね。いつからかウェル……いや、伯爵家を継いだローズウェルは、ある夢を……野望を抱き始めた」
視線を僅かに鋭くする。
「野望? それっていったいなんの事ですか?」
「……アタイより本人に聞いてごらん。ほら、お迎えが来たようだ」
魔女さんは左手で空中をなぞった。
空間に磨りガラスのような窓が浮かび、空を飛翔するシャンデリアのような飛行魔法結晶体が森の上空を飛んでいるのが見えた。
「お師匠さま……!」
迎えに来てくれたんだ。
私の魔力関知にもはっきりとお師匠さまの存在が近づいてくる。私はソファから立ち上がり、窓辺へと駆け寄った。東のほうから確実に近づいてきている。
「ここでの事は胸に秘めるも良し、本人に聞くも良し。……アタイはおいとまするよ」
「貴女の目的は……なんなんですか?」
闇の奥へ魔女は下がり、表情は見えない。
窓から差し込む光が、塵をキラキラと輝かせる。
「なぁに地球の連中に、警告をあたえることさぁね」
警告? どうして? 何のために?
もしかしてローズウェル伯爵さまの夢を、邪魔するため?
「どうしてですか?」
「ローズウェルは……地球を支配するつもりなのさ。静かに……深く、慎重に根をはってね」
「そんな――」
『グレイア!』
「お師匠さま!?」
気がつくと、窓の外に巨大な飛行魔法結晶体が浮かんでいた。
はしごのような、牽引ビームが放たれ私は光につつまれた。
振り返ったとき、そこには魔女もミナティもいなかった。
まるで最初から誰もいなかったかのように。
<つづく>
【作者の注意】
本作で語られた毒キノコは、地球でも同名の猛毒です。混ぜて中和するのはフィクションです。
猛毒は消えませんので決して口にしないようお願い致します。




