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魔女と竜人(ドラグゥン)の子

 極彩色の超空間に身を任せ、私とミナティは飛び続けた。

 時間も上下もない場所で、前に進んでいるのか上を向いているのかさえわからない。

 重層魔法防御(シールド)された飛行魔法結晶体(エンジェリング)次元羅針術式(ワラニスガル)が無ければ位置や方向はおろか、自分の存在さえも見失う。そんな空間なのだ。

 やがて正面に渦を巻く光が見えた。

次元回廊(ポータル)の出口だわ!」

「もどってきたのダ!」

 私はミナティと顔を見合わせた。亜空間で飛行魔法結晶体(エンジェリング)は透けて見え。魔力を持つ者同士なら互いを認識できるらしい。これは発見だわ。


 視界が開けた。

 青い空と平面の大地。

「空なのダ!」

「よかった……!」

 無事に戻ってこれた。飛行魔法結晶体(エンジェリング)を操り水平飛行に戻す。瞬時に魔法の情報表示窓(ウィンドゥ)が地形照合した結果を映し出した。

 ティティヲ大陸中央部、イスラヴィア平原、旧王都インクラムド。

「王都から800キロメルテも離れてるじゃん!?」

「グレイアのお家から遠いのダ?」

「う、うん。ちょっとね」

 とんでもなく遠くに来てしまった。どうやって帰ろう。

 この飛行魔法結晶体(エンジェリング)地球(テラ)用に最適化してあるので長く持たない。

 生身で『飛行魔法(フライア)』も使えるけれど、慣れた魔法使いでも1日百キロメルテも飛べない。私だって三百キロメルテも飛べばヘトヘトだ。

 途方にくれながら高度を下げてゆく。

 ジャングルが広がっていて、遺跡がぽつぽつと見える。イスラヴィアはかつては砂漠の王国だったらしい。けれど今は深い森林に覆われている。大昔に黒き聖女が魔法で砂漠を森に変えたのだという。


「今度はグレイアが迷子で、帰れないのダ?」

 ミナティが心配そうにしてくれている。

「ま、なんとかなるよ、うん」

 とはいえお金もないし。乗り合い馬車なんて何日かかるやら。

「オラが魔女さまに頼んでみるのダ!」

「えっ、魔女さまってミナティのお師匠さま?」

 元、七賢者のひとり。魔女レプティリア・オリオンヌ。恐ろしいという噂だけど意外といい人なのかな?

「飼い主でご主人様なのダ!」

「そ……そう」

 飼い主て。

 やっぱり嫌な予感がする。

「魔女さまは恐いけど、たーまに優し……あっ!?」

「ミナティ!」

 円筒形の飛行魔法結晶体(エンジェリング)がついに砕けた。空中でバラバラになりミナティは宙に投げ出された。

 赤毛のツインテールが躍り、破片とともに落下してゆく。背中に生えた竜の羽では飛べないのね!?

「わ、わぁああー?」

飛行魔法(フライア)は!?」

「なにそれー……わー……」

「いま助ける!」

 飛行魔法結晶体(エンジェリング)の運動性能も回復した、巧みに操作してながら追いかけて破片の雨のなかからミナティを救出。円盤の屋根にのせた。

「はぁ……グレイアに二度も助けられたのダ」

「私に感謝して新しいご主人様って呼んでもいいわよ」

「うー……それは困るノダ」

 冗談で言ったつもりなのに、ミナティは悩ましげな顔をした。

「冗談だよっ」


 ミナティを乗せたまま飛びつつけると、森の彼方に大きな廃墟の街と、中心に朽ち果てた宮殿が見えてきた。

「あそこ! ミナティの棲み家なのダ」

「わかった、もうすこしがんばって」

 飛行魔法結晶体(エンジェリング)も限界が近い。地球用だしそろそろ壊れそう。

 宮殿の廃墟上空でターン。すると中庭に降りられそうな広場がある。

「あそこがいいのダ」

「了解っ」

 私たちは廃墟の宮殿へと降り立った。

 飛行魔法結晶体(エンジェリング)を解除すると光の粉となって消えた。


「グレイア、ありがとうなのダ!」

 ミナティが抱きついてきた。半竜人の女の子は、涙と鼻水で顔がぐしゃぐしゃだ。

「無事でよかっ――」


 その時、背筋が総毛立った。


「んきゃッ!?」

 一瞬の出来事だった。

 ミナティが目の前から消えた。

 悲鳴を上げ、突然宙を舞う赤毛の少女。そして唖然とする間も無く、宮殿の壁に叩きつけられた。

「ぎゃうっ……!」

 ガラガラと崩れ落ちる壁。

「ミ……ミナティっ…‥!?」

 身体には黒いイバラが絡み付いていた。蛇のようにそれが蠢きながら締め付け、鋭い無数のトゲが身体に突き刺さっている。

「が‥‥はっ」

 ミナティが口から血を吐いた。


 な、なに、これ?

 魔法?

 感知できなかった。

 魔法で攻撃されたのに、常時展開している対魔力検知(レシーヴ)が反応しなかった。あまりにも速い魔法で攻撃されたってことだ。

 つまりこれは、


 ――無詠唱魔法……!


「いま助け……」

 いいかけてよろめいた。

 身体が動かない。

 なにこれ……?

 恐怖だ。震えている。恐くて動けない。こんなこと……無かったのに。まるで身体が石になったよう。


「ぎゃ……ぁああ!」

 ミナティの手足をトゲが貫通した。

 私は動けないまま、圧倒的な禍々しい魔法に気圧されていた。

 黒いイバラの魔法は、超高密度の魔力による実体。触れただけで肉を腐らせ、金属を朽ちさせる呪詛を放っている。

 並みの魔法使いじゃない。

 最上位クラス、いえ七賢者クラス。そしてここはミナティが飼い主と呼ぶ「魔女」がいる宮殿。つまり、

「……よくもまぁ、無様に生き恥をさらせるものだねぇ、ミナティ」

 魔力の塊が押し寄せてきた。

 宮殿の闇の奥から暴風のように。

 怒り、嘲笑、嗜虐。

「‥‥ッ!」

 なんだ……これ、やばい。

 膝がガクガクする。

 全身から冷たい汗が噴き出す。

 足が動かない、声が……出せない。

 圧倒され、私は動くことさえできない。


「……う……? レプティ……さま」

 ミナティが呻いた。口の端から血を流し、黒いイバラがますます身体に食い込んで肉を引き裂いている。

「おだまり」

「ぎゃうっ!」

 引きずり下ろすように、床に、地面に叩きつけられる。血が飛び散り、床の石畳が砕けた。


地球(テラ)で派手に自爆しろと言ったじゃないか、えぇ? 出来こそないが」

 ゴミを見るような視線に、怒りとも冷笑ともつかない光が宿っている。

 いや……私は魔女の顔をまともに見れていない。

 邪眼だ。

 目を合わせた瞬間、やられる。

 ぞっとするほどの美人、漆黒の髪は長くて綺麗。灰色がかった肌に尖った耳、あれはダークエルフの魔女だ。

 間違いない。このひとが最凶の魔女、レプティリア・オリオンヌ。


「ご、ごめんなさい……なのダ」

「出来損ないが」

 静かな怒りに、黒いイバラが呼応する。

 ミナティの身体を引きずり、今度は近くの柱に叩きつける。

「あぐっ……!」


 何これ、何なの!?

 ミナティが言いかけていた。

 たまに優しいって。嘘だよ、ぜんぜん優しくないじゃん!

 ヤバすぎでしょこの魔女。

「……や……やめて!」

 私は声を絞り出した。

 震えている。

 かすれた声を出すのが精一杯。


「あぁん……?」

 魔女が私を見た。

 防御の結界なんて意味を成さない。視線だけでズタズタに引き裂かれる。

 そ、それでも言わなきゃ。

 助けなきゃ。


「ミミナティに、ひどいことしないで……」

 再び声を絞り出しす。そうだ、息を吸え。呼吸を整えろ……。


「グレイア……いいのダ……」

「よくないよ! こんなの……酷い」


「ほぅ?」


 魔法で戦える相手じゃない。

 理解した。私は魔女の『戦闘領域(テリトリー)』に踏み込んでいた。魔女の結界、ナワバリの中に。領域(ここ)に踏み込んだ魔法使いはデバフされ本来の力を出せない。

 魔法の詠唱さえままならないほどに苦しい。心臓が締め付けられる。

 魔女の戦闘領域(テリトリー)の支配はあまりにも強くて圧倒的なのだ。


 ――君は出来る子だよグレイア


 ローズウェル様……。

 そうだ、気合いで負けちゃダメ。


「なんだいおまえ? 貧相なハーフエルフの小娘だね」

 貧相とか小娘とかいまはどうでもいい。


「あ、あなたは……ミナティの主人(あるじ)ですよね……!」

 苦しい。

 声を出すのが精一杯。

 視線を向けられただけで息が止まりそう。魔力に圧し潰されそう。

 何度か「邪眼使い」を気取る魔法使いとは戦ったけどそれとは次元が違う。

 魔女、レプティリア・オリオンヌは、まったく本気すらだしていない。わかる、これは「普通」なのだ。


「だから何だい? 使い魔をどうしようか勝手さね。よそ者がアタイに意見するとはいい度胸だ、それに免じて……」

 ゆっくりと指をこちらに差し向ける。


 魔法が来る。


「や、やめてなのダ! グレイアはあたしを助けてくれた優しい子なのダー! 地球(テラ)でできた友達……なのダ!」

 血だらけのミナティのほうが元気だった。慣れて……るってこと?


「あんだって!? このバカ! 恥の上塗りじゃないか!」

 怒りと魔法はミナティに向けられた。

 見えない魔法、超高速の破壊の渦だ。地面の石畳が激しく弾け、ミナティの身体を高々と吹き飛ばした。

「んぎゃ……!」

 魔女は落下する瞬間を狙っている。

「手と足、どっちがいいかねぇ?」


 狙撃しミナティを射抜くつもりだ。


「やめ、てぇえッ!」

 うごけ私の足!

 肺一杯に空気を吸い、高速詠唱。

 私は駆け出していた。同時に魔法を二つ、風の魔法でミナティを助けるクッションを、限定的な空間歪曲結界(エクスクゥドディメンド)で魔女の攻撃魔法を防ぐ。

 青黒い光と衝撃が目の前で炸裂。盾のように集中展開できた結界魔法が瞬時に削りとられる。二秒も……持たない。

「っりゃぁああッ!」

 魔力を注ぎ込み避雷針代わりに、魔女の魔法を斜め後方に……受け流すッ!

 周囲の石畳がドッ! と一斉に砕けた。そして背後で壁が崩落し、直撃した柱が粉微塵に爆発した。


「し……」

 死ぬ。

 こんなのが直撃したら即死だった。

 でも、耐えた。

 容赦のない威力、致死性の魔法。

 防御で精一杯。

 次がくればもう耐えられない。

「はぁっ……! はぁっ……!」


「ぅ……グレ……イア?」

 声に視線を向けるとミナティは無事だ。風の魔法でイバラを切断、解放と同時に着地させることもできた。けれどミナティは全身血だらけで背中の羽も破れ見るに耐えない状態だ。


 と、


「ほぅ……? やるね、どこの子だい」


 魔女がわずかに表情を変えた。

 

 時間を稼がないと。

 でも逃げられる?

 無理、ダメだ。

 あぁもう、覚悟を決める。

 すっと背筋を伸ばして、真正面から魔女に向き直る。

「……はぁ……はぁ。ローズウェル伯爵の弟子、グレイア」

 もうこうなったらと腹をくくる。

 負けるものかと睨みかえす。


「な……」


「な……?」


 しばしの沈黙。


「な……んだってぇああああッ!?」 

「ひぃいいっ!?」

 魔女レプティリアが叫んで、ギンギンに血走った目で睨まれた。

 あ、死んだわこれ。

 即死だ。

 ……と思ったけれど、私は尻餅をついただけだった。


「ローズウェル君の弟子ぃ? おまえが? ちんちくりんの小娘が?」


 魔女は私を見て呆れたように笑いだした。


「……う……グレイア?」


「ミナティいま、治癒を」

 近くに倒れているミナティに這って近づく。


「ほっておき。それぐらい平気だよその子は」

「な、なにいってるんですか!?」

 自分でボコボコにしてたくせに、狂ってる。


「い……いつもこれぐらい、普通なのダ……ゴフッ」

 目が虚ろなままミナティが微笑む。

「普通じゃないよ!?」

 血の泡を吐いてるじゃん。


「……竜人(ドラグゥン)は最強の魔法戦闘種族さぁね。その血を引いてるから丈夫なうえに、ダメージの回復後は、さらに強くなるさぁね」

 

「そ、そんなこと……! これは虐待です! ネグレクトです!」

 精一杯の抗議をする。


「虐待? はぁん知った風な口を。これは『愛』さね、愛」

「愛ぃ……?」

 ぜったい違う。ミナティも受け入れているみたいだけど、暴力に麻痺しているだけ。

 こういうの共依存(・・・)関係っていうんだっけ?


「……と、ところで。その……元気かい……?」

 魔女が視線を逸らしボソリといった。

「は?」

 なんの話ですか。

 誰のことですか?


「だから、ロ……ローズウェルくん……さね」

「……え、えぇ……?」

 ローズウェルくん(・・)

 私はおもいっきり顔をひきつらせた。


 何、魔女レプティリアの反応は。なんだか顔が赤い気もする。

 お師匠さまと魔女の間に、いったいどんな関係があるのだろう……?


<つづく>

【作者ワンポイント】


★今回は異世界陣営なのでUFOネタはお休みです。


 エンゼルヘアーを降らせたミナティの円盤事件の同年。

1952.11 旧西ドイツのヘルマン・オーベルト博士が「UFOは高度な文明を持つ生物の乗り物」と主張した。

 博士は高名なドイツのロケット工学者であり、世界のロケット工学の祖である。1923年、『惑星間宇宙へのロケット(ドイツ語版)』という論文を発表し、宇宙への飛行がどうすれば可能になるかという原理を示した天才工学者である。(WiKiより転載)


 博士は世間を騒がせてるUFOの目撃に関して問われた際、「UFOは高度な文明を持つ生物の乗り物」という主張を述べた。


 博士はUFOの操縦者は「宇宙人」とは主張していない。これはある意味で正解である。

 UFOはグレイアたち異世界人が来訪したことに伴う「現象」であり、真実を言い当てているといえる。

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― 新着の感想 ―
[一言] レプティさんのおしおきが思ったよりも怖かった! それにグレイアちゃんが 『共依存』 ってつっこむのがなんか面白いです。 そしてローズウェルってきいたときのレプティさんの反応が意外(笑) そう…
[一言] ここまで読んで、本文の感想を書く前に作者ワンポイントにあるUFOの正体についての考察とこのお話との繋がりの見事さには悶ました。お見事です。 また、それ繋がりで葉巻型円盤とその周りを飛ぶ小型円…
[良い点] 魔女様がローズウェルくんだとぉ!? 元七賢人であるレプティリア・オリオンヌは、ローズウェル伯爵に懸想していたというのか! 『坊主憎けりゃ袈裟まで憎い』といった展開を予想していたのですが………
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