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1952.10(仏)空から降るエンゼルヘアー【後編】

「あなたの名前は!?」

『ミ……ミナティ』

「ミナティ、少し待ってて!」

 私は高度二千メルテから緊急機動(マニューバー)で垂直降下。雲を貫いて、葉巻型の円盤物体の下に回り込んだ。

『たっ、助けなくてもいいのダ』

「いいわけないでしょ!」

 近くで見てあらためて驚く。

 なんて大きな飛行魔法結晶体(エンジェリング)なのだろう。まるで巨大な「塔」のよう。

 私の飛行魔法結晶体(エンジェリング)は直径十メルテほど。それに比べてミナティの飛行魔法結晶体(エンジェリング)は全長百メルテはある。


 聞いたことがある。七賢者を追われた「竜とイバラの魔女」の噂。元七賢者の魔女は、巨大な飛行魔法結晶体(エンジェリング)を操ったという。

「これがレプティリア・オリオンヌの魔法……!」

『どうして魔女様のお名前を知ってるのダ?』

「お師匠様が教えてくれたの!」

 つまりミナティは私と同じ七賢者の弟子ということになる。


『叱られるのダ……』

 ミナティの顔は見えない。けれど怯えているのが伝わってくる。

「いいから集中して! 上昇できない?」

 このままじゃ地上に落下してしまう。

『魔力切れなのダ……』

「魔力切れ!?」

 ミナティの言葉通り、飛行魔法結晶体(エンジェリング)の全体には亀裂が入り、上部は崩れ煙のように溶けはじめている。

 こんなに巨大な飛行魔法結晶体(エンジェリング)なのだから維持するだけでも膨大な魔力が必要だ。

 私なら飛ばすだけで精一杯かもしれない。


 高度はぐんぐん下がり五百メルテをきった。眼下には地球人(テラート)の街が広がっている。このまま落下したら大惨事になりかねない。

『どうしよう、自爆……いやなのダ』

「自爆とかしないで、お願いだから」

 ミナティはずっと魔女様に叱られることを恐れている。でも私だって、困っている子をそのままにして帰ったら、お師匠様に叱られる……!


『ぐすん、もうすぐ次元回廊(ポータル)が開くはずなのダ……』

「なるほど、予定地点が近いのね」

 帰るアテはあるらしい。

 私のお師匠様は地球(テラ)に来る道と帰り道をセットでつくる。次元回廊(ポータル)はバランスを取るため「入口と出口」が必要になるからだ。

 ミナティは帰り道へ向かっている途中。

「それまで私が支えてあげるね」

 私はまだ魔力に余力がある。

 葉巻型の飛行魔法結晶体(エンジェリング)の周囲で、円盤を十数体に分身させる。

 そして二機を一組にして、プラズマフィールドの帯で結ぶ。

『なにをする気なのダ……?』

地球(テラ)の重力を遮断するの!」

 オレンジ色の光の帯、プラズマフィールドで広範囲に網をつくり、葉巻型の円盤を下から支える格好に配置する。これで引力で引っ張られるのを防げるはず。

『おぉー!? すごいのダ、えぇと……グ』

「グレイアよ! もう少しがんばれ!」

 落下速度が弱まる。完全ではないけれど、高度は維持できた。

『わかったのダ、グレイア』

 巨大な葉巻型の飛行魔法結晶体(エンジェリング)の上端は、どんどん溶けて蜘蛛の糸を束ねたような魔力糸(マギワイヤー)に変質し、雲のようにたなびいている。

 地上から見たら、煙を吐く煙突とそっくりだろう。


 私はミナティを支えながら、西へ向かって飛び続けた。このあたりはフランス、オロローンという街らしい。

「ミナティ、まだ!?」

『もうすぐなのダ!』

 ビキビキと全体が崩壊しはじめた。結晶が砕け、キラキラと地上へと降り注ぐ。それらは地上に落下しながら綿菓子のようにほつれ、ゆっくりと風にとばされてゆく。

「ま、まだ!?」

 流石にこれ以上は無理かも……!

『き、来たのダ!』

 不意に上空がぐにゃりと渦を巻き、紫色の雲が垂れ込めた。

 ついに迎えが来た。

 紫色の渦は、細かな雷光を放ちながら空に暗い穴を穿つ。その向こうに極彩色の亜空間が見えた。


次元回廊(ポータル)だわ!」

『魔女さまなのダ……! これで帰れるのダ』

「よかっ……た、ってわわ!?」

 ガクン、という衝撃と共に上昇に転じる。吸引領域に捕まったんだ。

 そして私の円盤も一緒に引っ張られ、穴へと吸い込まれてゆく。

 次元回廊(ポータル)は強力な吸引力で、ミナティと私の飛行魔法結晶体(エンジェリング)を、あっというまに極彩色の空間へと吸い込んだ。

「っとと! 私まで吸い込まれちゃった……」

 慌てて姿勢を立て直す。分身たちは砕けて消えてしまった。私の円盤と、ミナティの半分砕けた葉巻型円盤だけが亜空間を飛んでいる。


 半透明になった円盤を透かして、ミナティの姿が見えた。

 赤毛をツインテールに結わえた女の子だった。

 年はたぶん私と同じくらい。

 背中には竜みたいな羽があり、尻尾もあった。半竜人(ハーフドラグゥン)の女の子……!

 でも服はボロボロで首輪をされていた。まるで奴隷みたいな格好に私は息を飲んだ。

「グレイア、ありがとうなのダ……」

 ミナティは微笑んだ。八重歯が可愛い。

「どういたしまして」

「オラと一緒に帰るのダ?」

「成り行きでそうなっちゃった」

 思わず苦笑する。

 どうせ帰る世界は一緒なんだし問題はない。

 だけど、出口の先には、まさか……。


「魔女さまにきっと怒られるのダ……」

 ミナティは怖がっていた。

 ヤバイ予感がした。

 私はローズウェル伯爵様のお屋敷ではなく、元七賢者、魔女レプティリアの元へと向かっているらしかった。


 ◆


 フランス、オロローン市。

「見て! あれを」

「大きい……!」

 人々は上空に突如として出現した巨大な葉巻型UFOを見上げていた。

 オロローン市で暮らすプリジャン一家が昼食をとろうとしていた時、 息子のジャンが窓の外に不思議な物体が飛んでいるのを目撃し、家族を呼んだ。

 そして全員で外に出ると、道行く人々も足を止め、空を見上げている。

「煙を……吐いてる?」

「空飛ぶ煙突みたいだ」

 東から西へ向かって、円筒型の不思議な物体が、ゆっくりと上空を移動してる。

 高度は最初はかなり高かった。雲の上に見えたが次第に高度を下げているようだ。

 やがて町の真上を通過するころには、物体は金属かクリスタルのような質感で輝いていて、輪郭がはっきりしていた。


「見て、まわりを」

「小さな光が沢山飛んでいるわ!」

 よく見ると円筒状の物体の近くに、十数個の別の物体が飛んでいる。

 オペラグラスを持ち出した母親が見ると、それは黄色かオレンジ色に光っていて縁のある円盤型の物体だった。

 それらは葉巻型の巨大なUFOを取り囲むように、せわしなくジグザグに動いている。

 円筒状の巨大な物体からは白い煙を吐き出しながら、山並みの向こうへと飛んでゆく。小さなオレンジ色の円盤の群れは、周囲を付かず離れず、不思議な輝きを放ちながら山並みの向こうへとっていった。


「ママ! 空からなにかおちてくる」

「綿? 雲みたいね」

 やがて街のあちこちに、白い綿のような物質が降ってきた。

 それらは樹木や電線、 屋根の上などにひっかかった。

「蜘蛛の糸かしら?」

 恐る恐る手にとってみると、羊毛か極細のナイロンのようだった。それは手で触れているうちに解け、ベトベトしたゼラチン状に。やがて揮発したのか、跡形もなく消えてしまった。


「きっと天使の髪の毛だわ……!」

 天使の髪の毛、エンゼルヘアー。

 信心深い少女は手のなかで消えてゆく不思議な綿をみつめながら、そうつぶやいた。

 

<つづく>

【作者ワンポイント】


エンゼル・ヘア(天使の髪)※再掲


UFOの目撃に伴って空から降下する繊維状物質。

粘着質で木々や電線に絡まり、地上に落着したものはゼリー状に縮み、消えてゆくという。


最初に記録されたのは1917年のポルトガルにおける「ファティマの奇跡」である。

出現した聖母(これもUFO出現に類似した現象と推測される)が消えてゆくのと前後し、空から降ってきたという。


1950年代には世界各国で目撃され記録されるようになる。

UFO(あるいは流星?)の目撃と関連付けるため、UFO研究家たちは「UFOの推進機関が発生させる力場が、地球上の物質と反応し結晶化したのでは?」などと推測するが真相は不明である。


★エンゼルヘアーの真相

魔法使いの飛行魔法『飛行魔法結晶体エンジェリング』が何らかの原因で不安定化した際、

周囲の空間が「ほつれ」て無数のナノチューブと化す。これを核として、酸素・窒素・水蒸気が高分子ポリマーに化合し「粘液質の繊維」となった疑似物質である。

しかし地球上では極めて不安定ですぐに分解してしまう。


余談ではあるが「粘液魔法」というスライムを生成する魔法も、同一の原理により空気中の物質を高分子ポリマー化したもの、らしい。


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― 新着の感想 ―
[良い点] お人好しなグレイヤは、元七賢人の弟子であるらしいミナティを助けるものの、レプティリア・オリオンヌの虜となりそうな展開となりました。 きっと捕らえられたミナティは情報漏洩の観点から生体解剖さ…
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