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1952.10(仏)空から降るエンゼルヘアー【前編】

 大西洋、英国領海上空――。

 アメリカを出発して英国へと向かっていた旅客機387便が、大西洋を横断中に円盤に遭遇。絡まれていた。

『――管制! UFOは当機よりも大きい! 葉巻型で翼もエンジンも見当たらない。しつこく追いかけてきている!』

 パイロットは必死に回避するために操縦桿を握り、副操縦士が代わりに管制塔への連絡を行っていた。


 緑色の光に包まれた銀色の巨大物体が、音も無く自在に周囲を飛び回る。しかも今は後ろから左右に煽ってくるのだ。

『我々を威嚇しているのか……!』

 明らかに意思を持った動きに機長らは戦慄する。旅客機よりも巨大な飛行物体は気流の乱れさえ無い。まるで幻か幻影かとも思われたが、レーダーに反応がある。


『――了解387便、高度を1万フィートまで下げ安全を確保せよ。既に英国空軍の基地からベノム戦闘機(※1)が迎撃に向かっている。空軍のレーダーでも謎の物体を捕捉中』

 地上のレーダーにUFOが捕捉されている。

 つまり旅客機よりも巨大な異常物体は虚像ではない。肉眼で物体を確認し、パイロットのみならず、客室乗務員や乗客たちすべてが目撃しているのだ。

 旅客機は管制の指示に従い高度を下げた。


「にゃはは……!? 逃げるつもりなのダ?」

 半竜人(ハーフドラグゥン)の少女ミナティは、巨大円盤で自由を得て有頂天だった。

 さらに驚かせてやろうと、魔女レプティリア・オリオンヌが仕込んでおいた魔法を励起する。

認識撹乱(イマジンジャマー)なのダ!」


『き……機長ッあれを!』

 冷静だった副操縦士が叫んだ。

『今度は何……な、なにぃ!?』

 機長は我が目を疑った。

 巨大な葉巻型の円盤は、いつしか緑色の霧をまとった巨大な翼竜へと変化していた。

 客室にもざわめきが広がってゆく。

 優雅に翼を動かしながら、悠々と旅客機を追い抜く。長大な尻尾が蛇のように左右に揺れている。

『管制! UFOがドラゴンに!』

『――387便大丈夫か!? やはり幻覚でもみているんじゃないのか!?』


『薬なんてやってない本当にドラゴンだ!』

 副操縦士が怒鳴るが、機長はあまりの出来事に操縦桿を握ったまま半ば呆けてしまっていた。


 と、そこへ飛行機が接近してきた。

『英国空軍!』

 最新鋭のジェット戦闘機、ベノム。

 灰青色の空を切り裂いて、銀色の翼が近づいてくるのがレーダーと肉眼で確認できる。


「おー、炎を尻から噴く空飛ぶカラクリなのダ……わ……!?」

 亜音速で二機の戦闘機がミナティの左右を通りすぎた。轟音と衝撃でミナティは驚く。


『――管制へ! こちら迎撃機ナイトワン、目標を視認!』

『――こちらナイトツー、目標は円筒形! ドラゴンではない!』


 シュゴォオオと炎と煙を吐きながら、戦闘機が大きくターン。迎撃コースへと乗る。

『火機管制クリア、発砲を許可する』

『了解!』

 管制からの無線連絡に応答するや、パイロットは射撃管制装置の安全装置(ロック)を解除。


『警告発砲だ……!』

 20ミリ機関砲の狙いを定めた次の瞬間。


「殺気なのダ」

 ミナティは肌で感じ取れる。

 戦闘機は本気で何かを仕掛けてくる。

 たとえ通じないオモチャのような武器だとしても、攻撃意思は魔法に干渉しかねない。


 円筒形の葉巻型UFOは突如、上昇。

 進行方向を変えた。

 真上ぐんぐん遠ざかり垂直にターン。定規で描いたような90度で垂直上昇する。

「今日はこれぐらいで勘弁してげるのダ」

 緑に光る尾をひきながら遠ざかる。


『くそ、未確認物体が鋭角に上昇ッ!』

『速い! なんて加速力だ!』

 戦闘機のパイロットたちが目標を失い、慌てて追うが性能差は明らかだった。


 巨大な葉巻型のUFOは視界からもレーダーからも消えた。物理法則も慣性の法則さえも無視した動きであっという間に。

 高度二万フィートから数秒で4万フィートまで一気に上昇。最新鋭のジェット戦闘機でさえ追いつける速度ではなかった。


「にゃはは! 地球人(テラート)たちの驚いた様子は、バッチリ記録できたのダ」

 最後は少々慌てたが、大勢の人間たちの感情を集めることができた。

 驚き、困惑、恐怖。

 魔女レプティリア様も喜ぶし、誉めてもらえるかもしれない。ごはんのおかずが増えたらうれしいな。

 ミナティの操る葉巻型『飛行魔法結晶体(エンジェリング)』は、西へと向かって空域から離脱。


 グレート・ブリテン。

 英国とよばれる国の島が見えた。古い遺跡のある大きな島だ。

「おー?」

 と、そこでミナティは妙な魔法の気配を感じた。

 わずかに『飛行魔法結晶体(エンジェリング)』が軋み、揺れた。全体を包む魔力のフィールドが不安定になり乱れた。

「にゃわっ!?」

 赤いアラートが鳴り響き巨大な葉巻型の『飛行魔法結晶体(エンジェリング)』がグラリと傾きはじめた。

 眼下に草原地帯と環状列石が見える。

 不可思議な魔力への干渉波動の原因は、石積みの古代遺跡が原因だろうか。ミナティにはわからなかった。

「なんなのダ、一体なんのダー!?」

 慌てて気合いで魔力を注ぎ、立て直そうとする。しかし気がつくと葉巻型『飛行魔法結晶体(エンジェリング)』の上部が崩壊。

 キラキラと微粒子状にほつれ、分解しはめた。それはまるで煙のように尾を引きはじめる。

 魔法の一部が崩れほどけつつあるのだ。

「あわわ、マズイ、マズイのダこれは」

 感じたことの無い感覚。

 汗がにじむ。このままでは墜落するかもしれない。月面に落下して死んだこともあったが、地球の上で落ちたら、いままで意地悪をした人間どもにつかまって、火炙りにされるかもしれない。

「いやなのダー!」

 急いで英国を離れ海峡を渡る。

 幸い海峡は狭く、あっというまに次の大陸……ヨーロッパ大陸が見えてきた。

 魔女から事前に手渡された魔法の地図によれば、英国から西はドーバー海峡を挟みフランスという国らしい。

 次元回廊(ポータル)を通らねば帰れない。

「えぇと……無い、無いのダ!?」


 大西洋を横断しヨーロッパのフランス上空まで遠征したのはいいが、帰る方法が無い。

 魔女様は何か言っていた気もするが、大きな飛行機と遊んでいるうちに忘れてしまった。


「帰らないと……魔女様に……叱られる」

 泣きそうになる。

 ごはんがたべたい。

 焦りとは裏腹に、次第に飛行魔法結晶体(エンジェリング)の高度も速度も落ちてきた。

「疲れてきた……のダ」

 魔力の消耗が激しい。

 飛行機を相手に、遊びすぎたことを後悔したが自業自得だ。

 ミナティが『飛行魔法結晶体(エンジェリング)』を再構成することは不可能。

 魔法が崩壊すれば地上へ落下するしかない。


 ――いいかいミナティ。ヘマをして地球人(テラート)どもに捕まって辱しめをうけるくらいなら「自爆」しな!


 魔女レプティリア様の言葉が脳裏によみがえった。

 わかりやすいようにと「赤いドクロマーク付きの自爆魔法ボタン」がある。

 拳で叩き押せば、大爆発して木っ端微塵。


「い、いやなのダー!」

 ミナティは涙目になった。

 何度か死んだけれど、記憶も無くなる。いままでの自分が消えて、新しい自分になる。

 もう嫌なのダ。

 苦くて死にそうになるほど不味い魔女様のごはん、魔女様がちょっとだけ優しかったこと、気まぐれに一緒に寝てくれたこと。

 忘れてしまうのはイヤだった。

 死にたくない。

「にょわぁああっ!」

 地球(テラ)の空で叫んで気合いを入れる。

 飛行魔法結晶体(エンジェリング)は白い煙をたなびかせながらフラフラと飛行を続ける。

 多くの人々に目撃されながらフランス上空を横断してゆく。

 高度は下がり雲間から地上が見えた。

 大勢の地球人(テラート)が目撃し、不思議な物体を指差し見上げている。じきにフランス空軍もやってくる。

 地上に着地すれば、悪くて生きたまま捕まって八つ裂きか火炙り、見世物になってしまうかもしれない。

「がんばるのダ……! 飛んで、帰り道をみつけるのダ……!」

 けれど、空域に帰るべき次元回廊(ポータル)は開かない。

 帰還予定の座標から大きく離れてしまっている。

 すでに飛行魔法結晶体(エンジェリング)はこのままでは空中分解する。傾きが大きくなり、防御魔法が消え、大気との摩擦できしみはじめた。

 巨大なゆえに魔力の消耗が急速だ。歯を食いしばって体内の魔力を注ぐが、限界が近かった。

「もう……ダメ……なのダ」

 自爆ボタンを押そうかとてを伸ばしかけた、その時だった。


「あきらめちゃダメ!」

 魔法の通信を通じ、少女の声が聞こえてきた。

「崩壊しかけてうそこのひと! 聞こえる!? 困ってるんでしょ!」


「……だ、誰なのダ?」

「グレイア。ローズウェル伯爵の弟子!」


 魔力の波動が感じられる。

 超高速でべつの飛行魔法結晶体(エンジェリング)が接近してくる。


「た……」

 助けてほしいと叫びかけミナティは口を押さえた。

 生き恥を晒すんじゃないよ。

 魔女レプティリア・オリオンヌさま。

 怖くて、意地悪で……本の少しだけ優しい魔女さま。

 魔女様がときどき口にしていた七賢者、ローズウェル伯爵の弟子……?

 助けられたら、仮に生きて帰れても激しい叱責とおしおきが待っているに違いない。


 だから自爆…………


 したくないノダ!


「こ……困ってないのダ! ぜんぜん、ちょっとだけ、困って……きゃぅ!?」

 飛行魔法結晶体(エンジェリング)の魔法装甲に亀裂が入る。表面の結晶が砕け散りはじめている。


「まってて、いま……助けるから!」


 声がした。

 真上からだ。

 銀色の小さな円盤が急降下してきた。


「たた、助け……たっ助けなくてもいいのダ」

「いいわけないっ! あたしが……伯爵様に叱られちゃう!」


<つづく>

【作者ワンポイント】


・大西洋上空と英国航空機のUFO遭遇

 このエピソード部分は創作である。

 史実では、旅客機とUFOの遭遇として「日航機UFO遭遇事件」が有名であり、これをモチーフとした。

 2020年に米国国防総省が「本物」と認めたUFO映像には大西洋上空で撮影されたものもある。同様の旅客機との遭遇事件は多く、報告・公表されていないケースも多々あると思われる。


・ベノム(注1)

 英国空軍の第一世代ジェット戦闘機。

 NF3ベノムは亜音速機で、1950年代から配備の始まった当時の最新鋭機。


・竜の目撃談

 英国では現在も「空飛ぶ竜」が目撃される。

 ネッシーは湖だが竜には縁があるお国柄。魔術師マーリン、ケルト族と関連があるのだろうか。

 

・エンゼル・ヘア(天使の髪)

 UFOの目撃に伴って空から降下する繊維状物質。

 粘着質で木々や電線に絡まり、地上に落着したものはゼリー状に縮み、消えてゆくという。


 公に記録されたのは1917年のポルトガルにおける「ファティマの奇蹟」である。

 出現した聖母(これもUFO出現に類似した現象と推測される)が消えてゆくや空から降ってきたという。


 1950年代には世界各国で目撃され記録されるようになる。

 UFOの目撃と関連し、UFO研究家たちは「UFOの推進機関が発生させる力場が、地球上の物質と反応し結晶化したのでは?」などと推測するが真相は不明である。


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― 新着の感想 ―
[良い点] 飛行機を弄ぶミナティに天罰か。 円盤が次第に崩れていくとは……。 絶体絶命のピンチですが、他の七賢人の関係者に助けられる訳にはいかないでしょう。 見事、散華して下さいませ。(合掌) [気…
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