1952(英国)ストーンヘンジの魔女
深い青と鉛色の空の狭間を飛んでゆく。
ここは『大西洋』と呼ばれる大きな海。私、グレイアはいま北米大陸からヨーロッパ大陸へ向かっている。
地球の海は信じられないくらい広くて遥か彼方が霞んで見える。
「大きな島……! あれは……?」
魔法の地図に『グレートブリテン及び北アイルランド連合王国』通称イギリスという国の名が浮かぶ。
「王国!? 地球にも王様のいる国があるのね」
勉強不足、知らなかったなぁ。
全部を見て回りたいけれど、今回の調査の目的は「西航路」の開拓だ。
ローズウェル伯爵様が『次元回廊』を開くとどうしても北米大陸に通じてしまう。それだけ莫大なエネルギーが集中する大陸なのだけど、あそこはアメリカ合衆国という怖い武器を研究している国の土地。
だからもう少し西側の、古い地球の文明圏のある大陸、ヨーロッパやユーラシア方面を探索。魔法の『楔』つまりマーカーを打ち込むことで次回から到着地点を選べるようになるってわけ。
「どこもかしこも見所いっぱいだけど」
アイルランドという魔法王国っぽい名前の島を横目に西へ進み、イギリス本土上空へ到達する。
幸い、地球人の飛行機にも遭遇しなかった。
ぽつぽつと浮かぶ綿雲を縫って高度を下げると、農園や古い建物のある牧歌的な村が広がっていた。
「なんだか懐かしい風景ね」
森と農村の風景は私の故郷にちょっとにていた。でも遠くにはちゃんと地球特有の大都市も見えた。
南の海岸線沿いに飛んでゆくと不思議な反応があった。
――魔力反応を検知
「えっ」
飛行魔法結晶体が少しだけ引き寄せられる。
「地球の地上から魔力反応……? まさかそんな」
広大な草原の中に遺跡が見えてきた。
巨石を円形状に配置した「環状列石」だ。
「すごく古い遺跡……。測定術式……推定で三千年前!?」
私は魔法の情報表示に表示された結果に驚いた。とてつもなく古い時代のものらしい。
上空でターンして減速。
ゆっくりと観察する。半分ほど崩れかけているけれど、規則正しい円を描いている。
私の暮らしている世界だって、三千年前の遺跡なんて見たことがない。いや、世界さえ存在していない。神話の時代が二千年ぐらい前なのだから。地球のほうが古いなんて、そんなことあるのだろうか?
「調べて伯爵さまにご報告しなきゃだわ」
滞空し、ゆっくり周辺を観測する。
地上には地球人の姿はあまり見当たらない。すこし離れたところに道路が通っていて、自動車が何台か停車し移籍を眺めているらしい。おそらく観光目的で訪れる人がいるのかもしれない。
――ストーンヘンジの上に何か光が見えないか!?
――UFOかしら……!?
そんな声が拾えた。
「ステルス術式も完璧じゃないのよね」
結晶で構成された情報表示盤を指先で操作し、遺跡全体をスキャンする。
すると微かな魔力の中心を検出。
地形の立体図に、凹ませたような魔力の図形が重なって描きだされる。
「私たちの魔力とは違う、逆の位相の不思議な魔力」
未知の魔力。それはストーンサークルの中心にに僅かに残った痕跡だった。
上空に『飛行魔法結晶体』をステルルモードのまま滞空させ、地上へ舞い降りた。
草の匂い、冷たい空気。
ふわりと地球の土に足をつける。
「よっと」
観光客の姿は遠くて私の姿は見えないだろう。
すこし探すと、あった。
地面に半ば埋もれた巨石に何かの文字が刻まれている。
魔法に関するアイテムや構造体は、関わった魔法使いの名が刻まれている。それと同じような「サイン」があるかもしれない。言語解析は無理だけど、多くの文字列を収集できた。
――マーリン
不思議と一ヶ所だけ、文字の意味が理解できた。
「きっと魔女の名前だわ」
お師匠さまに聞いてみよう。ローズウェル様なら何かわかるかもしれない。
遠くの道路に車を停め、上空の円盤を指差し見上げている地球人たちがいた。
「ここ『次元回廊』の候補地にしよう」
魔法の楔を記す。
地上に魔法円を記し、ストーンサークル全体をマーカーする。
これでよし。
私は飛行魔法で円盤に戻り、環状列石を後にした。
「また来ます、マーリンさん」
◆
「にゃはは! 地球の飛行機械はのろまなのダ……!」
半竜人の少女ミナティは大西洋の空を飛びながら、一機の飛行機に目をつけた。
銀色の機体は金属製。翼に四つの回転する装置をつけてゆっくりと飛んでいる。
「魔法も使えないのに空を飛ぶなんて、不思議なのダ……」
それにくらべてミナティの『飛行魔法結晶体』は最高に素敵。
超高速飛行!
おまけに過去最大!
百メルテに達する巨大な「葉巻型」の新型の魔法。
――大きいことは良いことさ! これで地球人どもを驚かせておやリミナティ!
――ハイなのダ魔女さま!
緑色の輝きを放つ巨大な円筒形。今までとはけた違いに大きくて立派で母艦のよう。
魔女様は他の七賢者に負けないようにと、ミナティに授けた。
実験でどこまでのサイズを送り込めるか試したつもりの魔女だったが……ミナティは無事だった。
巨大な円筒形の物体は、まるで空とぶ塔。
ミナティは大きなものに乗ったせいか、気持ちまで大きくなっていた。
「オラオラなのダ! ちんたら飛んでんじゃないのダ!」
旅客機に後方から接近。右へ左へと「煽り」はじめた。
『きっ機長! 後方から巨大な飛行船のようなものが!』
『な、なんだコイツは!? 回避だ』
銀色の翼をもつ旅客機は必死で逃げようとする。しかし動きは鈍い。
「にゃはは、本当にノロマなのダ?」
ミナティは一気に前に回り込んでみたり、横に並んでみたりしてからかう。
近づくと横に窓が並んでいて、大勢の人々が乗っていた。まるで空飛ぶ船だ。
窓越しにミナティを指差して驚いているのが見える。
「ニャハハ、驚いているノダ地球人ども」
これは魔女レプティリアさまも喜んでくれそう。
『――航空管制! こちら英国航空第387便、23000フィートで巨大な未確認飛行物体と遭遇! ずっとつきまとわれている!』
『(ザザッ)電波障害で聞き取れない! 未確認……なんだって!?』
『――管制! UFOだ! 旅客機よりバカでかいヤツに「煽られ」てんだよ!』
パイロットが半ギレで叫ぶ。
『――了解、387便。こちらのレーダーでも謎の物体を捕捉した。空軍に対処を要請する』
<つづく>
【作者ワンポイント】
・ストーンヘンジ
ロンドンから西へ200キロ、グレートブリテン・アイルランド連合王国南部、ソールズベリーに位置する遺跡、環状列石。
紀元前2500年前から3000年前に建てられたとされている。祭儀場、天文台、墳墓、あるいは全てを兼ねていたなど、様々な説がある。
しばしばUFOが目撃され、近年も映像が撮影され話題となっている。
(グレイアやミナティなども「通り道」「目印」としてストーンヘンジを利用。この後何度か目撃される未確認飛行物体のほとんどは、七賢者の弟子や眷属たちと思われる)
世界中に同様の環状構造物が存在し、超古代文明(先史巨石文明)や前述の「レイライン」(あるいは龍脈)に関係しているともされる。
日本では東北、北海道に集中して存在。縄文時代の文化(アイヌ等)と関係している可能性がある。なかでも秋田は最大・最多のストーンサークル県である。
日本のストーンサークルで興味深いのは、周囲から「遮光式土偶」「円盤土偶」などが発掘される事である。太古の人々は何を見てこれらを作ったのだろうか……。
英国のストーンサークルは有名な「アーサー王伝説」に登場する魔術師マーリンと関係が深い。
「魔術師マーリンが、巨人に命じてキララウス山から巨石(群?)を除去させた」とされる。その後マーリンは巨人に命じて巨石群を現在の位置に再建。ユーサー・ペンドラゴン王(アーサー王はユーサーの子)をはじめとした英雄たちを埋葬したとも(諸説あり)云われている。
★グレイアはわずかな魔力を頼りに、ストーンヘンンジにたどり着きました。
残された魔力は魔術師(魔女?)マーリンの仕事の痕跡なのかもしれません。
そもそもマーリンは「地球」出身の魔術師なのか。あるいはグレイアたちと同郷なのか。本作でも謎として残る。