1952(英国)レイラインの道標(みちしるべ)
ネオ・メタノシュタリア王都中枢、神威水晶城空中庭園。
夜の花園で、聖女プレアデス・ハーモニアは指先から静かに青い鬼火を放った。
輝きは天に昇って星々を結びつけ、幻燈のように星座を描く。
「よいですかアルクトゥス、私たち聖者は法であり秩序です。人々を導く模範にして希望、福音なのです」
「はい」
静かに語られる言葉に、少女は耳を傾けていた。
一日の仕事が終わり、夕飯を食べ、沐浴をする。そして寝巻き姿で夕涼みがてら、様々な知識や教養を身につける。
敬愛する聖女プレアデス・ハーモニア様の説法を聴くのは、アルクトゥスにとって大好きな時間だった。
問題は少々難解で、段々と睡魔に襲われてしまうことだけれど。
「こうして私達が眺めている星座は『地球』とほとんど同じです」
「不思議です。別世界なのに……」
ハイエルフの聖女は、静かに目を細めた。
薄衣の寝巻き姿は神々しいほどに美しく、目のやり場に困る。
「かつて二つの世界は一つでした。小さな出来事がきっかけで分離した『可能性』のひとつ。いつしか分岐した道は分かれ、時空はねじれ、どこかで再び重なり合いました。未来は過去へ、過去は未来へ。複雑に分岐し混在しているのです」
星々に重なっていた魔法の輝きは、光の川になった。
支流が生まれ、分岐し流れてゆく。
しかし支流はおおきな輪を描きながら、ループし、いくつもの分流が本流と再び合流する。
アルクトゥスが『飛行魔法結晶体』で結晶化し、流れの分岐を渡り、本流の光へとたどり着く様子が重ねて映し出された。
「……な、なるほど」
目を瞬かせるアルクトゥス。
よくわからない。
けれど壮大で複雑な時空の流れを旅していることだけは理解できた。
空は再び満天の星の世界になった。
静寂が支配する宇宙。
銀河の中心方向である星の密度の高い領域が、夜空を光の川でふたつに隔てている。
「空の光はすべて星。太陽と同じ恒星であり、周囲を地球のような惑星が周回しています」
「あのひとつひとつが、太陽と同じ輝きだなんて。信じられません」
眷属の少女アルクトゥスも沐浴を終え、髪をおろし薄衣だけを身につけていた。
キラキラした瞳に星空を映す。
これから寝室で、聖女様の身の回りのお世話と、髪のケアの手伝いをする。長い銀色の髪はトリートメントのあとに乾かし梳らなければならない。
「人は、その目で見たもの事しか信じられないのです、アルクトゥス」
「そう思います」
恒星の周りを球形の大地「惑星」が周回している。
アルクトゥスはたしかに自分の目で見た。
青い惑星『地球』はこことは違う。
平坦な大地の、天が動く世界とは違う。
そして、ハイエルフの聖女は、ひときわ赤く輝く星を有する牡牛座に視線を向ける。
よく見ると7つの青い星がぼんやりと雲のように見える。
プレアデス星団「すばる」だ。
「私たちプレアデス一族の血脈は、メタノシュタットの王家よりも古いのです」
聖女の執務室の壁には「牛」をモチーフにしたタペストリーが飾られている。
恐ろしく古い、太古の遺物。
先祖の由来を意味する赤い星と、牛と、プレアデスの輝きが描かれている。
「あれ? プレアデス・ハーモニア様……ハイエルフのご一族は、旧世界の魔道士によって創造された。そう以前教えていただきましたが」
アルクトゥスが恐る恐る尋ねる。
聖女様が間違ったことを言うはずがない。しかし、記憶とは違うことに疑問を呈する。
するとプレアデスは嬉しそうに、優しい微笑みを浮かべた。
「教えをよく覚えていましたね。しかしそれは真実であると同時に、一面でしかないのです」
「……?」
「星界を旅するため、太古の魔道士たちは私の祖先……ハイエルフの一族を創造しました。暗く冷たい宇宙を、願い年月を旅することの出来る魔力と寿命を宿した新たなる種として」
「は、はぁ」
「初めての旅は、牡牛座のアルデバラン方面だったと伝えられています。宇宙の旅は光速を超え、時間は過去に遡り……。今夜はこのへんにしておきましょう、星読みは身体が冷えます」
「プレアデス様……畏れ入ります」
プレアデス・ハーモニアはつい熱を帯びてしまったおしゃべりを恥じる。
――大切で愛しい、私の意志を継ぐもの。
短命で儚い。
ちいさきもの。
人間とはなんと悲しい生き物なのでしょう。
いくら愛情を注いでも、知恵を授けても、潰える。
まるで花のように咲き、輝いても、やがて枯れ土へと還ってしまう。
残された長命なる種族は、私たちはいったい何度同じ事を繰り返せばいいのだろう――。
「一緒に寝ましょう」
「……はい」
せめて今だけは、共に。
睡魔に襲われつつあるアルクトゥスの肩を抱き、寝室へと招き入れた。
◇
私――グレイアは北米大陸を後にして「大西洋」という海を越えた。
青い海原を覆う湿った空気を押しのけ、『飛行魔法結晶体』で飛ぶのは一苦労。
いくら魔女とはいえ魔法力にも限界があります。
「うぅ、疲れた……」
私はだんだん眠くなってきた。
そもそもアメリカ大陸の砂漠で、危ない武器の実験に巻き込まれたのがケチのつきはじめ。
そこへ乱入してきたのは聖女プレアデスの手下だった。
喧嘩腰で絡まれるし、もうさんざん。
――お師匠様、どうして地球にいくと北米大陸に着いちゃうんですか?
私は不思議に思っていたことを、ローズウェル伯爵様に尋ねたことがある。
公式の場や、執事のマースくんが居るときは「伯爵様」呼び。
だけど、二人きりのときは魔法の「お師匠様」と呼ぶことになっている。
「どうやら地球の内部にある力場の偏在が影響しているらしい」
執務室で魔導書に目を通していたお師匠様は、少し考えてから言った。
私にわかるように言葉を選んでくれたらしい。
「力場?」
「パワースポット、レイライン。大地のエネルギーの流れさ。魔法はどうしてもそれに影響を受ける」
「……なるほど」
わかったようなわからないような。
地球では球形の星の上で誰も下に落ちない。
重力とやらが人や物を引き付けているように、私達も地球の力場に影響を受けるのだろう。
青黒い広大な海を飛び越えると、やがて大きめの島国が見えてきた。
霧に包まれた古い大地。
そこは驚くほど古いお城が立っていた。
「わ、お城だ!?」
元の世界に戻ってきてしまったのかと思った。
アメリカ大陸ではまったく目にしなかったのだから。でも眼下の城は、石造りで私達の世界の建物にそっくりだった。
「すごい、魔法使いが暮らしているかも」
なんて思ってしまう。
だけど普通の建物もあり、地上を自動車が走り、空を飛行機が飛んでいた。
魔法の情報表示を見ると英国、スコットランドと呼ばれる国だ。王様、女王陛下がいらっしゃる王国なんだって。興味が湧き思わず親近感を抱いてしまう。
「あっ?」
そのとき、ガクンと飛行魔法結晶体が揺れた。
攻撃されたわけでも、魔力切れでもない。
地上を見ると巨石が環状に並んだ遺跡が見えた。
すごく大きい。
まるで超古代の祭壇のよう。
「もしかしてあのせい?」
私は飛行魔法結晶体の高度を下げて、もう少し詳しく調べることにした。
<つづく>
【作者ワンポイント】
・プレアデス星団と「すばる」
牡牛座には「プレアデス星団」と「ヒアデス星団」があります。
プレアデス星団は日本では「すばる」として知られ、ギリシア神話では「プレアデス七姉妹」と呼ばれています。
実際は星座も含めた星々は地球を起点とし、同じ方向に見えているだけです。しかし銀河系内の特定領域に存在することは確かです。
牡牛の目は赤く光る1等星「アルデバラン」で地球から65光年、「ヒアデス星団」までは151光年、「プレアデス星団」までは440光年ほど。
・レイライン(ley line)
大地のエネルギーの流れを意味するオカルト用語。
本来は古代の遺跡を直線的に結ぶことで意味を見出す「地相術的伝統」に由来する思想。
夏至の朝、太陽が日の出の際に地上につくる光の線を結ぶことで成立するとされる。
古代イギリスの巨石遺跡群、ストーンヘンジが有名。日本でも同様に神社や古代遺跡を結ぶと直線になる事例がいくつも報告されている。
懐疑的な味方としては「ランダムに打った点は線で結ぶことが出来る」という確率論で説明づけられる。
逆説的に言えば、古代遺跡の多くはパワースポット(地球の力場の集中点、断層・磁気異常地点)などに築かれているケースが多い。
中国では「龍脈」という大地の気の流れとされている。
UFOや超常現象などが目撃される地点であり、オカルト的な意味で扱われる。
米国は最大のパワースポット集中エリア。
中でもインディアンの聖地、大地のパワーが渦巻く「ヴォルテックス」と呼ばれる場所が十数か所も存在する。米・西海岸アリゾナ州中北部のセドナは特に有名。
★ローズウェル伯爵や聖女プレアデス、魔女レプティリアそれぞれが「地球」への次元回廊「ポータル」を開く際、否が応でも地球のエネルギー(レイライン)に影響を受けざるをえない。
グレイアたちが北米大陸へとたどり着くのも必然と言える。