1952.04(米)ネバダ核実験場UFO出現事件【後編】
「嗚呼、麗しのプレアデス様……!」
聖女の眷属アルクトゥスは最高にハイだった。
全身を駆け抜ける悦び。恍惚感に身もだえしながら銀色に輝く円盤で極彩色の空間を飛翔する。
聖女様から賜った祝福の光――飛行魔法結晶体は天へと昇る翼そのものだ。
魂の解放と自由な飛翔、肉体の安全と高潔な精神の保護を約束してれるのだから。
やがて青い地球の大地が見えてきた。
惑星という名を冠する球形の大地は、重力井戸の底にある万物の坩堝だ。
膨大な海水を湛えた海洋、無尽蔵の資源が眠る大地、豊穣なる生命を宿した森――。
しかし、無数に蠢く人間が支配する地でもある。
推定30億を超える単一の人類種がひしめきあい、大小様々な国家に分裂しながら戦争を繰り返している。
愚かなる地球人。同族で勝手に争い数を減らすのは大歓迎だが、やがて聖女様が統治するべき地が蝕まれ汚されるのは許しがたい。
――彼らの危険な火遊び、原子核を使った兵器の開発を止めさせたいのです。
聖女プレアデス様はそうおっしゃられた。
地球人たちの行動を変えるには「気づいてもらう」ことが必要です。
事を荒立てないように慎重に警告し、敵がい心を煽らぬよう、魔法を宿す我々の存在も、時が満ちるまで地球人から隠す必要がある、とも。
それが海よりも深い慈愛に満ちた聖女様のお言葉だった。
「地球人どもに聖女様の御威光を、わからせて差し上げますわ」
鼻息も荒く進路を変えた。
眼下には広大な乾いた大地が広がっている。
北米大陸アメリカ合衆国、ネバダ州だ。
アルクトゥスは心底思う。
人類全体が聖女プレアデス・ハーモニア様にひれ伏せばいい。神に等しき存在にして知的エレガンスな女神様にすべてを委ねれば愚かな地球人も平和に暮らせるのに、と。
「きゃ……!?」
砂漠の向こうで閃光が走った。
太陽のような明るさの光球が出現。すぐに赤黒い火の玉へと姿を変えた。
雷鳴のような轟音が空気を激しく揺さぶる。
「わわ……! これが聖女様のいっていた地球の兵器……!」
魔法の情報表示盤が次々と警告を発する。
――超高熱線警告!
「嘘でしょ、五千度を超える熱線なんて!」
鉄は一瞬で融解し、蒸発する温度だった。
まるで伝説の『超竜』だ。地上を焦熱地獄に変えたというブレスではないか。
「シ、シールドは!?」
飛行魔法結晶体が揺れ、警告が発せられる。
聖女様の結界で幾重にも防御されているが、外は未知のエネルギー粒子が嵐のように吹き荒れ、渦巻いている。衝撃波とエネルギーが殺人的なシャワーのように襲いかかってきた。
「ひゃぁあ……!」
円盤がガタガタと揺れた。
危険を察知した飛行魔法結晶体は、次元を僅かにズラす『隔絶結界』を展開。位相を変えた並行次元に避難し、難を逃れる。
隔絶結界の臨界まで十五秒……!
続いて、凄まじい衝撃波が周囲を薙ぎ払った。
ドロドロと真っ黒なキノコ雲が立ち昇ってゆく。
ようやくエネルギーの嵐が通りすぎる。
銀色の円盤は次元の狭間から再び姿を現した。木の葉のように揺れながら、キノコ雲を迂回する。
「もう、危ないじゃないの野蛮人!」
地上の砂漠にはクレーターが開いていた。
爆心地点は真っ赤に赤熱し、冷え固まった部分からガラス状の非晶質で覆われてゆく。
「忌まわしき地球の兵器、あんなものを……!」
歴代の七賢者は、何故こんな星に惹かれるのだろう。大昔に忽然と出現した「真の賢者」の出自に関係があるとも云われている。だが、アルクトゥスはさして興味はない。
「そんなもの……! 私には効かないんだから!」
アルクトゥスは銀色の円盤を分裂させ、砂漠の上空で乱舞させた。
どうやら爆発を起こした人間たちの基地があるらしい。
大勢の人間たちの視線を感じる。
魔法で視線は感じ取れる。
驚きと困惑の感情も伝わってくる。
「これは警告よ……!」
核爆発の観測に来た飛行機の前を円盤で横切り、地上を走り始めた車両の上を掠め飛ぶ。
『UFOだ!?』
『無数に出現! レーダーサイトでも未知の飛行物体を確認!』
『爆心地付近に近づけません……!』
核実験を行っていた部隊は混乱に陥った。
と、その時だった。
該当空域に小さな次元の振動が発生した。
裂け目からオレンジ色の尾を引く楕円形の飛行物体が出現、ジグザグに飛行しながら近づいてくる。
「あれは飛行魔法結晶体」
アルクトゥスは意識を向けた。
地球へ来訪する魔法。
それを操ることが出来るのは、聖女プレアデス・ハーモニア様の他に二人いる。
魔法貴族ローズ・ウェル。
魔女レプティリア・オリオンヌ。
本人たちが来るはずもない。となれば、弟子と使い魔か。
「断りもなく、面白半分で……!」
銀色の円盤が、オレンジ色の輝きに向けて一気に距離を詰めた。
<つづく>
【作者注釈つづき】
ネバダ州の砂漠にて米軍が行った核実験は、1951年から1992年までの間に、928回行われたと公表されている。
各種核兵器(原子爆弾・水素爆弾など)の試験として、地下核実験のみならず大気圏内での爆発を伴う核実験が行われた。
1952年4月の起爆実験(タンブラー・スナッパー作戦)の前後、UFOが出現。その後の核爆発の度にUFOが出現した。記録によれば、核爆発に伴い「執拗に」UFOが出現したという。
・総数18機にも及ぶ円形物体が実験場の東に滞空
・別の日の実験では、4機の円筒状UFOが空軍の爆撃機を追尾
・翌月の実験でも近隣のアルバカーキ上空にジグザグ飛行する銀色の物体が出現、多数の市民が目撃した
UFOは自由に、最高機密であるはずのネバダの空を飛び回り、小馬鹿にしたような機動をみせつけた。
追い払うことも無力化することも出来ない。
その気になれば核兵器すら無力化されかねない。
彼らUFO(宇宙人)は地球人類を凌駕するテクノロジーを有しているのは間違いない。
そう米軍上層部や政府指導部は考えるようになった。
(※実際は、三人の魔法使いと弟子たちによる威力偵察のようなものだが)
米国政府と軍部に強い警戒感と危機感が生じた。
だが彼ら(宇宙人)との対立や敵対行動は、星間戦争や人類の絶滅の危機を招きかねない。
ゆえに別のアプローチを取る必要があるのではないか?
そう考える勢力が蠢動しつつあった。