1952.04(米)ネバダ核実験場UFO出現事件【前編】
◇
空中庭園に柔らかな竪琴の音色が響いていた。
奏でられた音色に引き寄せられるように、蝶が楽しげに舞う。色とりどりの花が咲き乱れ、甘い香りが漂う空中庭園。
ここは、ネオ・メタノシュタリア王城の中枢。
輝ける王国の威厳、白亜の城――神威水晶城において、王族と限られた者しか立ち入ることを許されぬ聖域。
それが空中庭園を含む最上階エリアだった。
天国を彷彿とさせる空中庭園は、太陽の動きにあわせゆっくりと回転していた。
巨大な浮かぶテーブル状の庭は、城の構造体から切り離されており、三方を巨大な氷柱を思わせる尖塔に囲まれて浮かんでいる。
天を衝く三本の尖塔は、神威反射天空砲と称される戦略級魔法兵器だ。
超高空に浮かぶ魔法の反射鏡を経由し、どんな場所であれ一瞬で焼き尽くすことが出来る。これこそが他国を圧倒する力。支配の象徴だった。
「プレアデス・ハーモニア様!」
空中から可愛らしい声がした。
妖精を思わせる美少女が、ふわりと舞い降りてくる。小柄な少女は空中浮遊魔法で空中庭園へとやってきた。
あどけなさを残す可愛らしい顔立ち。子供らしい無邪気な笑み。輝くサファイア色の瞳。
ツインテールに結い分けた金髪を風でなびかせながら、素足で芝生の庭に降り立った。
きゃしゃな身体に薄い絹の衣を羽織り、すらりと伸びた手足を惜しげもなく曝している。
「ただいま戻りました」
優雅に一礼した先には、七本の柱が支える屋根を持つ東屋があった。
つる薔薇が絡み付く柱の向こうに、一人の女性が座り、竪琴に指をかけている。
音が止まる。
微かに色づいた唇に柔らかな笑みを浮かべ、
「おかえりなさい、アルクトゥス」
静かな優しい声色が聞こえた。
プレアデス・ハーモニアと呼ばれた声の主は、見目麗しい絶世の美女だった。透けるように白い肌、絹のような光沢をもつ銀糸の髪。
長い髪は腰かけた椅子から流れ落ち床の上で渦を巻いている。
「魔女……レプティリアの後始末をしてまいりました」
少し憮然とした様子で魔女の名を口にする。
「いい子ねアルクトゥス」
「はい。でもなんだか釈然としません」
「そう言わないの。これは慈悲なのだから」
「流石は聖女様です」
再び弦を爪弾く。
美しい彫刻のような横顔、憂いを帯びた瞳は長い睫に縁取られている。瞳は深いエメラルドグリーン。
何よりも目を引くのは長い耳だ。それは長寿種族、ハイ・エルフの証だった。
もはや世界に数えるほどしか生存しない、生粋のエルフ。
千年を越える悠久の時を生き、歴史の証人でもあるという。
「ローズウェルさんのお弟子さんとは遭えたかしら?」
「いえ。あの子は最近みかけません」
ローズウェルの手駒、グレイア。
ハーフエルフの忌まわしき子。
下手くそな飛行結晶魔法で何度も地球人に追いかけ回された。
目撃証言を揉み消すのにどれほど手間がかかったか。
先日などあろうことか、出来の悪いホムンクルスを乗せたまま砂漠に墜落。地球人どもに回収されるという失態を演じた。
後始末にどれほど手間がかかったか……。
思い出しても忌々しい。
「お友だちと遭えるといいわね」
「友達なんかじゃありません! あんな薄汚れた血族なんか」
「言葉が過ぎるわアルクトゥス」
「……すみません」
美しく完璧な存在、ハイ・エルフ。その言葉は絶対であり、神の福音に等しい。アルクトゥスは心からプレアデス・ハーモニアを信奉し陶酔していた。
それにひきかえ。
人間に混じり暮らしているハーフエルフとはなんと卑しい存在なのだろう。ハイ・エルフとは似て非なる存在。取るに足らない雑種のはずなのに。
何故――あんなに楽しそうなの……!
アルクトゥスは奥歯を噛み締めた。
苛立たしい。
妬ましい。
あの子は、グレイアは、卑しいハーフエルフの身でありながら、いつも笑っている。
プレアデス・ハーモニア様こそが唯一無二。
千年を生きるハイ・エルフの純血。
その眷属たる自分、アルクトゥスこそが世界で一番幸せであるはずなのに!
「世界の秩序と均衡は、保たれねばなりません」
「はい」
「大役を担うのは私たち七賢です」
「お、お言葉ですが! プレアデス・ハーモニア様こそが真の賢者……! 法と秩序の番人にして世界の裁定者でございます。他の者たちなど取るに足ら……すみません、つい」
「いいのよ……ふふ」
聖女の真名はプレアデス・ハーモニア・レイストリア・アークツゥルス。
生き神に等しき存在、聖女として王国の神官、魔法使いと魔女を束ねしもの。
二千年の永きにわたりメタノシュタルトの王族を支えてきた一族、それがレイスリア家だ。
短命な人間の王族――古代にハイ・エルフを創造した創造主の末裔であり、魔素の「因子」を血に宿しているが故、王族の血を守らねばハイ・エルフとしての特性が失われてしまう。だから無能な人間の王家を陰でささえ、導いてきた。
「ですが、最近地球での魔女や伯爵の手下の行動は目に余ります」
少し眉根を曲げてアルクトゥスが、毛先を指でくるくる回す。
アルクトゥスは地球で米国政府のエージェントを量子魔法で模写。黒服の男たち、通称「MIB」という手駒として使っている。
目的は地球人に対しての口止め、痕跡の抹消だ。
魔女や伯爵のツケ、つまり「後始末」をアルクトゥスは担っている。
天使なのに汚れ仕事をしなきゃならないなんて。
「魔女レプティリアさんは少々……直情的で考え無しのようですね」
「はい! まったくもってその通りです」
地球を観察、散歩するだけなら大目にも見よう。
だが先日はあろうことか怪物を造り、地球に送り込んだ。目的は単に「反応を楽しみたい」だけのようだった。
だが後始末をする身にもなってほしいとアルクトゥスは口を尖らせた。
「愚かな者の行いを正すのみならず、人知れず清めるのも聖女と巫女の務めです」
「はい、聖女様!」
巫女と呼ばれ上機嫌で頷くアルクトゥス。
最強の七賢者と称されるローズウェル伯爵卿。
それに狂女、魔女レプティリア・オリオンヌ。
対局にあるはずの二人は地球に対し興味を抱き、ちょっかいを出している。
本来は神聖魔法であり聖女しか使えぬはずの『次元回廊』への飛翔。次元跳躍型遠視魔法などを会得し、使いこなしている。
「地球は、伝承によれば数千年前に分岐したこの宇宙の可能性の源泉……。言い換えれば私たちの故郷です。知恵と知識を持つ者として、興味を持つのは自然なことでしょう」
聖女は他の賢者たちの行動に理解を示す。
「故郷」
アルクトゥスは目を瞬かせた。
「やがて還るべき真の聖域。ですから……魔女さんにも伯爵さまにも、あまり汚してほしくありませんね」
プレアデス・ハーモニアが微笑む。
近くを飛んでいた蝶の翅が、不意に千切れた。
傍らの花が急速に枯れ、朽ちてゆく。
聖女の目は笑っていなかった。
「……はい」
小さな天使は静かに頷いた。
<つづく>
【作者注釈】
1952年4月、ネバダ州の砂漠における米軍核実験に際し、UFOが出現した一連の事件。
起爆実験(タンブラー・スナッパー作戦)の前後に、UFOが出現。期間を置いて行われた数度の核実験の度にUFOが出現。
明らかに「人類の危険な火遊び監視している」という印象を植え付けた。
1950年代は急速に「空飛ぶ円盤、UFOは宇宙人の乗り物である」という認識が広まりつつあった。
そんな中で、実験が行われると様々なUFOが出現、戦闘機といたちごっこ繰り広げた。
米軍は圧倒的な科学力を持つ未知の存在に「焼きをいれられた」格好となった。
もっとも、こららは異世界人(「第三勢力」とも言えるプレアデス・ハーモニアの手勢)による威示行為であるが、詳細は次号。