MIB ~メン・イン・ブラック~
◆
『フラッドウッズに宇宙人出現!』
『恐怖! 巨大な怪物現る!』
『目撃者多数、空飛ぶ円盤の侵略!?』
フラッドウッズに出現したUFOと宇宙人は、全米を賑わすことになった。
目撃者が多数いて信憑性が高いとUFOの専門家が口を揃えたのだ。
小さな町はUFO出現の話題で一躍有名になった。
連日のように新聞社やラジオ局、UFO好きなどの野次馬が押し寄せた。
観光資源も無かった小さな田舎町は、慌てて観光土産を用意し、写真撮影のスポットまで準備するほどの熱のいれようだ。
「最初に見たのは僕さ! 空を赤い光が飛んでいたんだ」
「空でふたつに割れて、ひとつが森におちたんだ」
「オレは赤い光が森の上をジグザグに飛んでいたのを見たよ」
最初に学校のグランドでUFOを目撃した少年たち――、エドワード・メイ兄弟と、トミー・ハイヤーも第一発見者として新聞記者やラジオ局の取材を受けまくった。
「あんな恐ろしい怪物は見たことがないわ。両目が赤く光っていて、頭はそうね……タマネギみたいな形でガラスみたいだった」
メイ兄弟の母親、キャサリン・メイはその場にいた大人ということで、少年たちの言葉に信憑性を与えるいいネタにされた。
しかし、数日もたつといい加減疲れてきた。
目撃した赤い光、そして森で見た怪物とりわけ「巨大な三メートルの宇宙人」について根掘り葉掘り、繰り返し聞かれるからだ。
「はぁ……」
「なんだか疲れてきたね」
「マスコミもじきに飽きるさ」
最初は得意気で意気揚々、興奮気味だった。
だがさすがにウンザリし、普段の生活に戻りたいと思い始めていた。
◆
「君には報告義務があった。近所の子どもたちと冒険ごっこをするよりも先にね」
「はぁ……すみません」
州兵、ユージーン・レモンは少々面倒なことになったと思った。
キャサリンや子どもたちを車に乗せ森へ向かったことが、職務義務違反の疑いがあると問題にされ取り調べを受けたのだ。
とはいえ州兵はパートタイム。普段は町で他の仕事をしている身分だ。故に、上官による取り調べは形式的なものだった。
だがアルコールと薬物の検査までされたのには閉口した。
「俺の他にも目撃者がいるんです。幻覚じゃありません」
「だから面倒なのだよ」
上官はやや疲れたように言った。
「……取材は適当に誤魔化しました」
「そうするのが君のためだ。ラングレーからも調査官が来た」
上官は声を潜めた。
「空軍が……?」
上官の言う「ラングレー」とは、同じウェストバージニア州にあるアメリカ空軍基地のことだろう。
合衆国空軍はレーダーでUFOを追尾していたのだろうか?
となれば円盤も宇宙人も実在したことになる。
その事実に改めて戦慄する。
「ユージーン、これで取り調べは終わりだ。家で休むといい」
余計なことを言えば立場が危うくなる。そう警告されたに等しい。
「では失礼します」
ユージーン・レモンは青ざめた顔で静かに頷くしかなかった。
◆
警告を受けた人物は他にもいた。
三メートルの巨大な宇宙人が出現した森。そこに隣接する牧場の所収者フィッシャーである。
「オラの牧場から見える森、あの上空に赤い光が見えたんだ」
髭づらで木訥とした雰囲気のフィッシャーは最初、愛想よく取材に応じていた。
新聞社やラジオ局の取材を受けるのは気分がよかった。普段は注目されない田舎町がお祭り騒ぎになったことだって悪くない。
だが取材に来た新聞社の記者や、物好きな連中が勝手に牧場の敷地に入り、ウロつくのはいただけない。
仕方なくショットガンを担ぎ、農場やそこに通じる道路、UFOが滞空していた森の中を一日中歩き回るハメになった。
おまけに追い払おうとすると、逆に取材を受ける始末。これにはさすがのフィッシャーも呆れ返った。
いい加減にしてくれと思い始めた数日後、フィッシャーは森で奇妙なものを見つけた。
金属片だった。
赤い光が落下し宇宙人が出現した場所の近く。
木々がなぎ倒され、地面は円形に焦げた場所があった。最初は落雷の跡かと思ったが、空軍の連中――防護服を着た者までいた――が来て調べ回っていった。
UFOの着陸痕だったのだろう。
周囲の樹木は焦げ、地面の草も枯れている。
爆心地を思わせる十メートルほどの広場は、事件翌日から州軍が封鎖し、空軍の調査隊がやってきて、土やら何かの破片やらを持ち去った。
だから何も残っていないと思っていた。
しかし近くの樹木の幹に、黒っぽい銀色の金属片が突き刺さり食い込んでいた。
取り出してみると手のひらサイズで、L字型。
ボルトか何かの留め金だろうか。
見たことの無い金属で出来ていて、表面は磨かれたようになめらか。
内側から赤く輝くような光沢があった。
じっと眺めていると不思議と内側に文字のようなものが浮かんでいるようにも見える。
「こりゃぁ、相当な値打ちもんだぁ」
フィッシャーは金属片をポケットにいれ、何食わぬ顔で農場の自宅へと戻った。
騒ぎが落ち着いた頃を見計らい、隣の町で売ればいい。
宇宙金属だったら相当な値がつくはず。
フィッシャーは金が手に入ったら古いトラクターを買い換えようと算段していた。
その夜のことだった。
車のエンジン音がして、停車。
自宅の外で犬がけたたましく吠えた。
カーテン越しに覗いてみると、GMのビュイックらしき車体のテールランプが赤く光っている。
男が二人、自宅の近くに車を停め、こっちに向かって歩いてくるのが見えた。
不思議なことに犬は途中で吠えるのをやめた。
だが直後、訪問者は家の玄関ドアをドンと一度だけ強くノックした。
常識知らずが。
時刻はとうに夜の八時を回っている。
妻は親戚の家に用事があって出掛け、昨日から不在で自分しか家にはいない。
どこかの新聞記者か、UFOマニアか。だとしても非常識にもほどがある。
「ったく、何時だと思ってやがるんだ……!」
ショットガンは玄関脇に置いてある。
慎重にドアを開けた。そこには黒服の、全身黒ずくめの男が二人立っていた。
「こんばんは」
「フィッシャー氏ですね」
抑揚の乏しい外国訛りの英語だった。
男たちは黒の背広に黒ネクタイ、黒の革靴を履き黒いソフト帽を被っている。
すべてシワひとつ無い新品で、上から下まで黒ずくめ。白いのはワイシャツだけ。
夜だというのに黒フレームに黒レンズのサングラスをかけ表情は読み取れない。
嫌な感じがした。
「誰だ……アンタら」
不機嫌な声でフィッシャーは男二人を睨み付けた。
いきなりぶしつけに話を切り出す相手に、名乗れと無言で促す。
「合衆国環境保全局の者です」
「貴方が見た物について話が」
生き写しのように背格好も声も同じだった。
身分証明書をチラリと出したが、所属は明らかに嘘だと思った。
「環境保全……? 聞いたことねぇな。それにUFOや宇宙人のことなら話すことはねぇよ。さんざんマスコミ連中に話したからな」
「もう話さない方がいい」
「良くない事が起こる」
男たちの言葉は丁寧だが命令じみていた。
「あぁん? 脅迫か?」
薄気味悪い奴らだ。
フィッシャーは動揺を悟られぬうちに、ドアを閉めようとした。
だが男の一人がドアに手をかけた。
「……!」
閉めようにもびくともしない。
男がやや首を傾け、
「あなたが森で拾った物について、誰かに話しましたか?」
――なっ!?
何故知ってやがる!?
誰にもまだ話してねえってのに。
フィッシャーは肝を冷やした。
「し、知らねぇ! 手を放せ」
異様な男たちはフィッシャーを凝視。
サングラス越しに刺すような視線を感じる。傍らに置いてあるショットガンに手を伸ばしかけたとき、黒服の男はドアから手を放した。
「……確認した」
「消去プロセス……」
聞き取れない単語をブツブツと言うと、男たちは踵を返し車の方に戻っていった。
「なんだってんだ……一体」
唖然と見送るフィッシャー。
20メートルほど先には二人組が乗って来た黒塗りの車が停車してあった。
黒服の男がドアを開けると、内装は赤い光で満たされていた。メーター類もラジオ装置もすべて赤い。
フォッシャーは息を飲んだ。
その色には見覚えがある。
それはUFOが放っていた赤い、オーラのような光にそっくりだった。
<つづく>
【作者注釈】
MIB、メン・イン・ブラック。
日本語だと「黒服の男」であるが、二人組で出現するため「黒服の男たち」と呼ばれる。
全身黒ずくめで車も服もすべてが黒い。不気味なエージェント。
(※有名な映画でご存じかと思われる)
UFOや宇宙人などの目撃者、研究者の前にやってくると警告や脅迫を与えるという。
「見たことを話すな」「立場が悪くなる」
威圧や脅迫じみた言葉を話し、目撃者に恐怖を植え付ける。
(危害を加えられたという記録はない)
既知の組織、未知の組織の身分証を提示し、名乗る場合もある。
だが後で調査しても存在しないという。
一見するとUFOを調査する米国政府の諜報員、秘密組織の一員に思われるが(実際にそういうケースのほうが多いが)中には「おかしな」特徴を示すMIBも存在する。
端的な例では、目撃者以外にUFOや宇宙人の目撃者がいないのに、目撃者の家を特定し訪問してくるパターンである。
身体的特徴がおかしいケースとしては、死体のように青ざめていた、動きがぎこちない、左右の眼を別々に動かしていた等。
ストローやフォークの使い方を知らなかった、という報告もある。
MIBは存在自体が一種のオカルト、都市伝説となっている。
その正体は――――
あれ、誰か来たようだ?
宅急便だろうか。