1952.9(米)出現、フラットウッズ・モンスター【後編】
◆
「おなじみの地球なのダ!」
半竜人の少女ミナティは意気揚々と円盤を操った。
青黒い宇宙から青い惑星へ。大気の境界線を突き抜け、ミナティは徐々に高度を下げる。
最初は何度も死にかけた大気圏突入だったが、だいぶ慣れた。
銀色の円盤――飛行魔法結晶体を包むプラズマシールドが熱を帯び、輝きだした。
大気との摩擦熱により壮大な光の尾をひく姿は、地上から見れば、見事な「流れ星」そのものだろう。
「とくべつにんむ、とむべつにんむ……! 特別任務なのダ!」
忘れないように反芻しながら円盤を操っていると、やがて眼下に広大な北米大陸が見えてきた。
魔法の情報地図がポップアップされ座標を認識する。
どうやらこのあたりは目的地の北米大陸。北東部、ウェストヴァージニア州という場所らしい。
「えぇと、あれがアパラチア山脈なのダ」
時刻は夕暮れ。山並みと空が、青からオレンジ色へと移り変わるグラデーションは壮大で、どこか物悲しい。
ミナティが魔女レプティリアから言いつけられた特別任務。それは「地球人を驚かせておやり」というものだった。
だから今回は「荷物」を運んできた。
これを地上に向けて投下。円盤状の降下ポッドには黒い人造生命体が乗っている。
ミナティは地球人と「こんにちは!」したいと魔女に申し出た。けれど、
「バカを言うんじゃないよ。そんな可愛い見た目じゃ舐められちまうよ!」
と一蹴されてしまった。がっかりしつつ、もしかして誉められたのダ? と少し複雑な気持ちだった。
地球人を脅かす。
慌てる様子を確認する。
頃合いを見計らって回収、帰還する。
作戦は簡単、手順は覚えた。
「えーと、どこがいいかな」
ミナティはきょろきょろと程よい降下ポイントを探す。
人口密集地では大騒ぎになりすぎるから避けろと言われた。砂漠の真ん中でも意味がない。
ほどほどの田舎の村はないだろうか……。
やがてアパラチア山脈を望む平野部に、小さな田舎町が見えてきた。
地図には「ウェストバージニア州ブラクストン郡、フラッドウッズ町」と表示されている。
「うーん、このあたりでいいのダ」
結晶質の操作パネルから赤いボタンを押す。
衝撃が伝わり、降下ポッドが分離されたのが見えた。
赤い光の尾をひいて、地上へと落下。
やがて森の近くの丘陵地へと着陸した。
ミナティは上空で「電波の探知」に見つからぬようジグザグに動きつつ高度を下げる。
あとは地球人が来るのを待つばかり。
魔女が練り上げた円盤には、望遠視覚魔法が仕込まれている。自動で降下ポッドと黒いホムンクルスの様子を観察、記録している。
「お……? やってきたのダ」
と、さっそく車と人影が近づいてきた。
◆◆◆
1952年9月12日の夕暮れ。
フラッドウッズの上空を、燃えるような物体が横切ってゆくのを大勢の人が目撃した。
流星と思われた物体はやがて分離、破片の輝きがエリク川沿いの丘陵に落ちていった。
だが、流星の方は奇妙な動きをしながら視界から消えたという。
「聞いたかロバート、隕石が落ちたんだとよ」
「ほっときゃいいさ」
「山火事でも起きたら大変だ」
「……仕方ねぇ」
保安官ロバート・カーと副保安官バーネル・ロングは、仕事を終え酒場へ行こうと話していたとき、落下した「隕石」の調査を命じられた。
フラッドウッズの町では夕暮れ時は過ぎていたが、午後7時過ぎはまだ薄明かるかった。
「隕石じゃないよ、あれはUFOだよ!」
「大きな方はジグザグに飛んでいたもん!」
「じゃぁ空飛ぶ円盤?」
学校のグランドにいた少年たち――、エドワード・メイ兄弟と、トミー・ハイヤーも赤く光る飛行物体と、分離して落下する破片を目撃した。
この頃、アメリカでは「空飛ぶ円盤」の話題でもちきりだった。連日ラジオでは目撃証言や科学者たちの見解が述べられ、宇宙人の乗り物ではないかという噂が広まっていた。
「あの方角、フィッシャーさんの農場だよ」
「行ってみよう!」
「自転車じゃ無理だよ」
丘に落下していった隕石か、墜落したUFOを探そうと兄弟が言い始めた。
少年たちは丘に向かうため、メイ兄弟の母親キャサリン・メイにこのことを相談した。
「となりのおばさんも見たって。行ってみましょう」
キャサリンは好奇心旺盛な女性だった。
目撃した少年たちの他に、友人二人が合流。
念のため近所の州兵、ユージーン・レモン氏にも同行を頼んだ。
レモンの愛犬も同行し、全員で大型のシボレー・バンに乗り込み、現場へと向かう。
「このあたりだ」
「ガスが出ているわ」
農場を抜け、落下地点と思われる木々に囲まれた現場付近に近づく頃には、陽はすっかり落ちていた。
牧場のはずれの丘に車を止め、外に出て周囲を眺めてみた。すると、
「見て……!」
「星にしては変ね」
周囲はもやか霧が立ち込めていたが、かなり低空の離れた位置に、赤く脈動する光が見えた。
光は球形で、ブン……と唸るような音がした。
まるでこちらを観察しているかのような、嫌な感じがした。
「あっちも光ってる……!」
「森の奥だ!」
「行ってみよう」
牧場に隣接する森の奥が淡く光っていた。
建物などは無いはず。もしかすると落下現場かもしれないと判断した州兵、ユージーン・レモンが懐中電灯を手に先頭をゆく。
すぐ横には愛犬が付き従う。だが犬は酷く怯えたようになり、落ち着きを無くしはじめた。
「どうした?」
「なに……この臭い」
「くさい……」
少年たちも母親のキャサリンも、そこにいた全員が異様な臭気を嗅いだ。
硫黄のような化学物質のような、焦げたような。嫌なものだった。
やがて霧と臭いが濃くなった。
メイ兄弟は頭痛がすると言い出した。極度の緊張からかトミーも気分が悪くなってきた。
と、そのときだった。
犬がけたたましく吠えた。
「わ、ぁああッ!?」
トミー少年が霧の中に光る、二つの目のようなものを見た。
「なんだ!?」
ユージーン・レモンが懐中電灯の光を向けた。そこには身長3メートルはあろうかという黒い怪物が立っていた。
『――シュ、シュシュシュ……』
「ば、化け物だ!」
頭は赤く、スペードか玉ねぎを思わせる形状。目は青みがかったオレンジ色に光っている。
黒い体は修道女じみた服のようなもので覆われ、手は鉤爪のようなものが見えた。
怪物はシューっと音をたて、宙を浮かぶように移動した。
硫黄のような臭いと煙が強くなり、犬は逃げ出した。
「う、うわぁあああ!?」
「宇宙人だ……!」
「ギャーッ!」
「みんな逃げるのよ!」
そこにいた全員が一目散に逃げ出した。
車にたどり着いた一行は、パニックになりながら車に乗り込んだ。
ユージーン・レモンがなんとか愛犬を呼び寄せ、後部の荷台に押し込める。
「あ……!」
森の方を振り返ると、空に赤く脈動する円盤が滞空しているのが見えた。
肝を冷やしたユージーンや少年たちの目の前で、森から別の赤い光が上昇する。
二つの光はひとつになると、夜空にジグザグの軌道を描きながら、あっというまに飛び去った。
◆
――地球人の慌てぶり……!
ミナティは笑いをこらえきれなかった。
作戦は大成功。
「魔女さまが見たらきっと喜ぶのダ」
『シュシュシュ……!』
黒いホムンクルスとハイタッチ、円盤は帰還の途についた。
<つづく>
【作者解説】
後日「フラッドウッズで宇宙人と遭遇」した事件は、大々的に報道され全米で話題になった。
さまざまな報道機関や警察、軍の関係者が調査に訪れ一大センセーションを巻き起こした。
やがて民間の超常現象調査団体『サイコップ』が事件を調査。フラッドウッズ・モンスターと前後の目撃事件に関して、以下のように結論を述べている。
・複数の目撃者が見たUFOは「隕石」である
・赤い光は遠方にある空港の管制灯の誤認
・怪物の正体は同地域に生息するフクロウの一種。緊張状態で見誤り怪物と思い込んだ
科学的な検証がなされたと一定の支持を得たが、これは明確な誤りであった。
UFOはミナティの操る『飛行魔法結晶体』であり、フラッドウッズ・モンスターと呼ばれた怪物も『ホムンクルス』として確かに実在したものだからだ。
複数人の目撃者たちの証言にも矛盾は無かった。
UFO研究者たちは信憑性の高い事件と主張したが、何故か超常現象を専門的に(彼らに言わせれば科学的に)分析する『サイコップ』は事件に否定的な結論を導き出した。
何故か――。
次回
『MIB ~黒服の男たち~』