1952.9(米)出現、フラットウッズ・モンスター【前編】
「わぁ……!」
王都はどこもかしこもきらびやかで綺麗。
お店も建物もいっぱい、人が沢山いる。
魔法の人造大理石の白いタイルで装飾された建物、隙間無く敷き詰められた黒曜石の石畳。街路樹は心地良い木陰をつくり、涼しげな水場も見える。
豊かで繁栄を謳歌している都市。そんな言葉がしっくりくる王都、ネオ・メタノシュタリア。
「グレイアさま、あまり窓に顔をくっつけないでください、揺れますから」
「えへへ、つい」
お上りさん気分が抜けなくて。
ローズウェル家の紋章つきの馬車は、王都のメインストリートを進んでゆく。
周囲には馬車ばかりではなく、魔法で動く馬車、馬の牽かない魔導動力車も走っている。
地球でもよく似た車が走っていた。あっちは魔法じゃないけれど。
「もうすぐお店です」
「どこどこ?」
「あれですね」
通りには大勢の人たちが行き交っていた。
通行人たちは馬車の行き交う道と隔てられた、安全な歩道を歩いている。
見渡す限り様々なお店がみえる。
目につくのはカフェやレストラン、花屋さんに可愛い雑貨屋さん。宝飾店や高そうな靴屋さん、帽子屋さんなんてのもあった。
でも、生活感とはほど遠い感じのお店ばかり。
ブロックごとにお店の種類が違うらしく、反対側には武器や防具、魔法の道具を売っている店が並んでいた。それだって普通の武器ではなさそう。
ショーウィンドゥに見えるのは、黄金に輝く鞘と、装飾の施された高級品。貴族が持つ儀礼用だろうか。
武器や防具を飾っている。
「私の村じゃ実用品ばかり売っていたけど……」
「このあたりは王都でも高級店が多いんです。貴族の御用達ですね。冒険者向けの実用品、強い武器なんかは裏通りに多いです」
「そうなんだ、物知りだね」
「そうでもございません」
「もー」
謙遜しちゃって。
美少年執事のマースくんは出来る子だ。
良いところの出身なのか品があるし、いろいろと詳しい。わたしより二つも年が下なのにしっかりしている。
駐馬場に滑り込んで馬車が駐まった。
降りた私とマースくんは、若い人たちに人気だという大型衣料品店へ向かうことにした。
「グレイアさま、こちらで買い物しましょう」
「お……おぉ」
若いお客さんたちがいっぱいだった。
高級店というわけではなさそう。庶民向けの流行りの服を売っているお店らしい。
「どれもすごく可愛い! おしゃれな服がいっぱい」
「お好きなのをえらんでください」
「マースくん見て、これ素敵!」
ヒラヒラだ。スカート可愛い。
私に似合うかはべつとして、チャーミングでセンスのいい服ばかり。
フロアは二階まであって目移りしちゃう。
店内は王立学舎の制服を着た女子学生さんたちや、貴族のお嬢様っぽい子もいる。
私は貴族雇われ魔法使いの弟子と一目でわかる服なので、ちょっと堅苦しい感じ。浮いているかも……。
「これ、どうかな?」
「お似合いですよ」
「これは?」
「よろしいかと……」
マースくんは適当に相づちを打つ。
すまし顔だけど照れているみたい。
女の子が多いお店のせいか、居心地が悪いのかも。
「マースくん?」
そこでようやく気がついた。
通りかかった女子学生さんがマースくんを見て「可愛い!」とキャッキャ。お姉さん店員が熱っぽい視線をマースくんに注いでいることに。
狙われとる。
美少年執事君が危ない……!
声をかけてこないのは、隣にヤバそうな魔女……私がいるからか。
「感謝してね」
「いきなり何をです?」
「ナンパ避けになってあげてるの」
「グレイアさまが?」
「そうよ」
ふふん。
おっといけない。服を選ばなきゃ。
「あっ!?」
それはそうと私はヤバイことに気がついた。
「どうなさいましたグレイアさま」
「お金……持ってない」
魔法使いの弟子はお給料なんて出ない。
私は食客扱いで、三食おやつと昼寝つき。
無一文に近い。
「大丈夫です。ローズウェル家の全国で使える魔法の支払いカードがあります。グレイアさまはお好きなだけ服を選んでください」
マースくんが懐からカードを取り出した。
それはゴールドに輝く魔法のカード。お金の代わりになるものらしい。
すごい初めて見た。
「神々しい!」
こんどはマースくんが「ふふん」という顔をした。
「それと、ローズウェル伯爵から、ことづてを預かってきました」
「言伝?」
マースくんが頷いた。
「……地球の街を歩いても違和感のない、服もひとつ選んでおいてね』とのことです」
「地球で着る服も……!?」
潜入調査を私に任せてくれる気なんだ!
私は驚いた。
私服を買いに来たけれど、次の任務への伏線だったなんて。
◆
グレイアが街で買い物を楽しんでいる頃――。
半分崩れかけた廃墟のような宮殿。
かつてインクラムド宮殿と呼ばれた王宮は、今や見る影もなく荒廃していた。
恐れて誰も近づかない。盗賊も好奇心溢れる冒険者たちでさえも。
なぜなら最凶と怖れられる魔女――レプティリア・オリオンヌの棲み家となっているからだ。
「あたしゃ嫉妬深い性格でね」
「知ってるノダ」
「お黙り。口を縫い付けるよ」
「い、嫌なノダ」
慌てて両手で口を押さえる。
ご飯が食べられなくなるのは困る。
半竜人の少女ミナティは、魔女レプテリィアを怖れつつも言いつけは守る「良い子」だった。
言うことを聞かないとご飯をもらえない。
寝床がベッドから冷たい石の床に戻る。
この家を追い出されてしまえば、帰るところもない。
「いい子だ。今から魔法を唱えるからすこし大人しくしておいで」
「……うんうん」
廃墟の宮殿の外は静まりかえっていた。
荘厳な砂漠の王国イスラヴィアは滅亡、都は遷都され旧王都は破棄された。
二百年前――。
大規模な魔導フォーミングにより、砂漠は緑豊かな大地へ変わった。環境は変わり砂漠は消えた。
偉業を成し遂げた「蔓草の魔女」は聖女として崇められ伝説となった。
しかし変化は国の版図を書き換えた。
豊かになったことで流通が変わり、人々は古き都を捨て新しき都へと移り住んだ。
今や残っているのは遊牧部族の一部と、盗賊や流れ者。どこからか落ち延びてきたワケありの住人ばかり。
王族が暮らしていた宮殿は、魔女のねぐらとなった。
さまざまな実験器具や魔法の触媒、魔導書がうず高く積まれ、足の踏み場もない。
黒髪の魔女が魔法円を重ね複雑な紋様を描く。
「あの子……ローズウェルに出来て、あたしに出来ないことはないんだよ」
魔女が歪んだ笑みを浮かべる。
魔法の触媒を練りこんだ泥がボコボコと沸き立ち、硫黄の臭いがたちこめた。
「うぶぇ、気持ちわるいノダ……」
「ヒヒヒ、良い感じさね」
泥から無数の触手がワラワラと伸びた。それは絡まりながら人間のような姿を成す。命のない無機物に、擬似的な生命が宿った瞬間だった。
身の丈は3メルテ。両目は爛々と赤く輝く、巨大な黒い怪人だった。
「でかいノダ……!」
ミナティは圧倒された。
見上げておもわず後ずさる。
「人造生命体さ。地球人と地上で負けないほどに強い」
「オ、オラも負けないノダ!」
ミナティは少し慌てた。
もしかして自分は用無しになってしまうのではないか、と恐れた。
「ミナティ、お前には別の大事な役割があるからね」
「お……おぉ」
ハーフドラグゥンの少女は目を瞬かせた。
太古に絶滅したはずの種族。その血を引く少女は、黒髪の魔女に視線を注ぐ。
その横顔は狂信者のようでもあり、瞳には赤く邪悪な光が揺らいでいた。
<つづく>
【作者注釈、解説】
フラットウッズ・モンスター。
1952年9月12日、アメリカ合衆国ウェストヴァージニア州のブラクストン郡フラットウッズの町で、UFOとともに目撃された巨大な「宇宙人」である。
身長は3メートル、修道女をイメージさせる黒い全身に、巨大な頭部。特に頭は巨大でタマネギのような形状、目玉は丸くオレンジ色に輝き、不気味な姿をしていた。強い硫黄、または化学物質のような異臭を放ち、移動する際にはシュウシュウと音をたてたという。
恐ろしくインパクトのある見た目は後々まで語り継がれた。
グレイタイプとともにUFO関連書籍の表紙を飾ることも多い「人気」宇宙人であり、作者も含め多くの子供の心にトラウマを残した。
ちなみに最高傑作と惚れ高い宇宙人侵略ムービー「ID4(インディペンデンス・ディ)」にて、敵の宇宙人が身に付けていた巨大なバイオスーツは、フラットウッズ・モンスターをリスペクトしたというのは有名な話である。