こんにちは地球人
夜陰を切り裂いて真っ赤に焼けた金属弾がヒュンヒュンとかすめ飛んできた。
「もしかして私、攻撃されてます?」
空を『飛行魔法結晶体』で優雅に飛んでいただけなのに。魔女だってバレたのかな? 私は空中で鋭角にターンして弾丸を避ける。赤い礫が地表に落ちていった。
あれは彼ら『地球人』が『銃』と呼ぶ武器。魔法ではなく火薬を使って金属弾を打ち出す原始的なカラクリだ。
「伯爵さまの嘘つき、地球の空は安全だって言ったじゃないですか!?」
『――ごめんよグレイア、彼ら地球人は空にも武器を持ち込んだようだね』
「えーっ?」
私――魔女見習いのグレイアは驚きの声をあげた。
つい先日、地球人は空を飛んだばかりのはず。冗談みたいな「鳥を真似た」カラクリでヘロヘロと滑空してグシャリと墜落。なのに、私を追いかけてくるカラクリはそれよりもずっと進化しているように見えた。
『――数年で地球人は飛行機械を進化させたようだね』
「そんな短時間で……」
このまえまで空は安全だったはず。
なのに『地球』の飛行機械は攻撃を加えてきた。幾筋もの光の矢がかすめ飛ぶ。
飛行機械から魔力は感じない。伯爵様がおっしゃっていた通り「魔素の無い世界」というのは間違いない。
鳥を真似た金属の飛行装置は、鼻先の「回転する翼」をプルプル回しながら、空気を押し出して飛んでいるらしい。
「あはは、考えた錬金術師は天才かな?」
思わず可笑しくて観察してしまう。
武器も燃焼反応を利用し、金属の礫を石弓のように連射してくる。原始的だけど金属加工技術はとても高度、歪に文明を進化させた人々には違いない。
「どうしていきなり撃ってくるワケ?」
私は何もしてないのに!
地球の人間は野蛮人なの?
空を飛んで何が悪いの?
ここを観光目的で都市を眺め、友好的に挨拶できたらなって思っていたのに……。
地表からおよそ千メルテ(注釈/1メルテは約1メートル)の空のうえ。
眼下には未踏の新天地『地球』の広大な海洋と海岸線が見える。
飛行を続ける私の魔法――『飛行魔法結晶体』の耐久力もそろそろ限界に近い。
飛行魔法を重ねがけしているので、人の目には円盤型の結晶に見えるだろう。周囲に展開した隔絶結界は空気と反応し、オレンジ色のプラズマフィールドを形成する。
私たち魔女の飛行原理は、彼らの飛行機械とあまりにも違う。
「あっ!?」
赤熱した金属弾が命中した。
防御結界で弾丸は減速し、私には届かない。
つまり当たっても平気だけど、あまりプラズマフィールドに干渉されると飛行に支障がでかねない。
「もう、壊れたらどうするのよ!」
魔法の感覚を相手に向ける。
空飛ぶカラクリを操る人間から感じるのは恐怖心――。
そっか、私が怖いんだね。
見知らぬ余所者である私を、空から追い払おうとしている。
友好的な意思疎通なんて無理そう。
異世界である地球の住人は想像以上に好戦的なのだろうか。
同じ人間のはずなのに。いえ、それとも私がハーフエルフだから? って、地球人にわかるはずもないか……。
「伯爵様、そろそろ帰還します! 現在の空域を離脱します」
慣性制御術式を起動しジグザグに飛び回り、彼らの飛行機械を置き去りにする。
飛行機械は雲の下。あっというまに見えなくなった。
彼らは私の本気の動きには、まったくついてこれないらしい。
「どんなもんですか」
さらに私は垂直上昇。
上空にぽっかり開いた空の穴へと飛び込む。それは『次元回廊』というゲート。
超空間を通過して地球を去る。
青い惑星――地球。
私達の住む世界の「裏側」にある世界。
その存在は太古から存在は知られていた。
魔法に満ちた私達の世界とは、何もかも違う異世界。
次元が重なりあい、たまに迷い込んで来る人間もいる。転生する魂もある。
だから向こう側の言葉も文化も、以前から解析、研究されある程度は理解できていた。
でも、いつからだろう。
地球では金属と炎の文明が発展した。
魔法が無いから、他の方法で進化した文明が築かれていった。
やがて私達の世界、アースガルドの王侯貴族たちは関わりを絶った。
今では次元の壁を越えて「向こう側」に行くことを良しとしていない。
だからこれは秘密のミッション。
伯爵様の密命を帯びた、私の潜入作戦なのだ。
やがて私は青紫の空に飛び出した。
故郷の世界アースガルド。
超巨大な円環状の大地が、透明な球形空間に包まれている。ここが私たちの世界。
巨大な葉巻型の船がゆっくりと上昇してきた。わたしはそれを避け飛び続けた。
水晶の塔が林立する王都上空をかすめ、郊外の緑豊かな土地へ向かう。
眼下にひろがる緑豊かな土地は、すべて私の主にして魔法のお師匠さま、大賢者ローズウェル伯爵様の支配領域なのだ。
やがてお屋敷の敷地が見えた。
上空で螺旋を描きながら高度を下げ、ふわりと庭先に着地――。
「おかえり、グレイア」
なんと庭先に伯爵様が出迎えてくださっていた。嬉しい!
「もう! ひどい目にあいましたよ」
爪先を庭先につけると同時に、私の周囲を覆っていた『飛行魔法結晶体』を解除する。
結晶が砕け、キラキラした光の粒子になって消えてゆく。
私は優雅に舞い降りた天使のように、薔薇の咲き誇るお屋敷の中庭に立った。
噴水の水鏡に私の姿が写る。若草色の髪に小柄な身体。肩ほどで切り揃えた髪をエルフ耳にかきあげる。
「逃げたのは良い判断だったね」
優しい声のローズウェル伯爵様。
私大好きな主様。魔法のお師匠さまでもあるのです。
褐色の健康的な肌、精悍な印象をうける輪郭とご尊顔。月の光を溶かしたような銀色の髪をひとつに結わえ、貴族服をラフに着崩していてとても素敵。
きりりとした眉に切れ長の目、すっとした鼻筋。薄い唇には余裕の笑み。
あぁ、目の保養になりますぅ……!
そう!
私のお師匠さまは誰もが羨むイケメン伯爵様なのです。
「……グレイア? 大丈夫かい気分でも悪い?」
いけない思わず見とれていました。
「あっ、いえ!? ちょっといきなり攻撃されて、驚いてしまって」
私は伯爵様に近づきながら、ヨヨヨと弱気な美少女弟子を演出する。
今日あったことは屁でもないけど。
「君が反撃しやしないかとヒヤヒヤしたよ」
意地悪な笑みを浮かべる伯爵様。
ローズ・ウェル家の当主にして偉大なる魔法使い。
「しませんよ、野蛮人じゃあるまいし」
「……グレイア、無事で良かった」
伯爵様はそういって私をハグ。私の頭を撫でてくれた。
「ローズウェル伯爵さま……」
あぁ……いい匂い。
伯爵者まはでも、私の両耳をくりくりともてあそんだ。
「み、耳はやめてください!」
ばっと身を離す。耳は弱いんですってば。
「すまない、つい触れたくなった」
苦笑する顔も素敵。
私のハーフエルフの耳は中途半端だとハイエルフの魔女たちには陰口を叩かれている。
でもローズウェル様はそんなわたしの耳を「可愛い」といってくれる。
からかわれているのかな。
「ハラスメントですからね」
「ははは、気を付けよう。さぁゆっくり休むといい。向こうにとっておきのチーズケーキと紅茶を用意させている」
「やった!」
甘いチーズケーキ大好き!
ひといきつこう。
そうしたら私は、地球の探訪記を伯爵様と綴らねばならないのだから。
<つづく>
【作者より】
お読みいただき感謝です。
UFOと宇宙人の新解釈。
魔法とファンタジーは未来の科学と類似する。
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