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『生罪の悪魔』 ─ A Devil of life sin ─  作者: リクトシヨン
五章:悪魔達
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三十話 『願い』



 ガツンと、金属が擦れ合い、弾き合うような音と、やけに嫌な臭いがして目を覚ます。


「……ッ!」


 辺り一面が火に囲まれていた。そして目の前には──、


「……クソッ」


 その人が、包丁を振り上げたまま、涙を流し、立ちつくしていた。


「……えっと、神奈ちゃんのお兄さん……ですよね?」

「……うるさいッ!」

「でも……早く逃げないと死んじゃいますよ……?」

「うるさい!」


 お兄さんは、私の首を両手で触れた。


「……!」

「お前のせいだ! お前のせいで俺は裏切られたんだ!」

「……?」

「お前のせいでアイツは変わった! だから裏切られたんだ! 俺は……俺は……!」


『アイツとは?』と、この状況でも考えてしまう。

 その時──、


「──バラム!」


 声が聞こえた。先輩の声だ。もしかして──、


「紺野先輩の……事ですか……?」

「……黙れよ」

「……そうなんですね」

「黙れよッ!」


 お兄さんは私の首を絞めた。


「──カハッ!」


 苦しい。


「お前のせいだ! お前のせいなんだ!」

「……ッ」

「お前のせいで! 俺は……俺は──!」


 何となく、彼の置かれている状況がわかった気がした。

 きっと独りぼっちなんだろうな、きっと寂しかったんだろうな。


「ご……ね……」


 私はかろうじで動く手を上げる。


「……!?」


 そして優しく、彼の頭にその手を置き、その言葉を口にした。


「……ごめん……ね」

「──ッ!」


 そうした途端に、彼は手を離しす。


「ケホッ……ケホッ!」


 軌道に空気は入るが、その煙たさに思わずせき込む。


「あぁ……あああぁ……!」


 お兄さんは悲痛な声を上げて、その場で頭を抱え込む。


「その……寂しかったんですね?」

「クソッ……! クソォッ……!」


 その寂しさの気持ちは分かっていた。

 私だってそうだったから。少なくとも、紺野先輩に出会うまでは──、


「……私なら、まだアナタを助けられる気がします」

「紺野先輩が独りぼっちの人を見捨てる訳がありません、きっと何とかできます」


 紺野先輩なら、この人にだって、そうしてくれる筈だ。


「……いい?」


 涙目で、彼は私を見た。


「どうすれば……いい……?」

「謝れば良いんです。きっと優しいから、助けてくれる筈です……いいや、助けてくれます!」



******



「……もうやめだ」


 不意に冴木は日出さんから手を離した。


「……?!」


 日出さんはその場にへたり込み、冴木は僕を見た。


「紺野……」


 その顔には、涙が流れた跡があった。


「何をする気だ……! 冴木……!」

「紺野……俺を俺を殺してくれ……!」

「……?!」


……何を言ってるんだ?


「もう罪も残っちゃいない。いざとなったらこの女を殺して罪を得てやろうかとも思った。けど、もうやめだ」

「……何を考えてる?」

「俺を殺せ、もう嫌なんだ。自分の力で奪うのも奪われるのも」


 冴木はスッと上から降りて、僕の元へ近寄って来る。


「だから殺してくれ……最後くらい、人の手で優しく死にたい」

「駄目だ……」

「……?」

「僕はオマエを殺せない……」

「どうしてだ? 俺はお前の大切な物を奪ったんだぞ……?」

「……君の為にならない」

「……そうか? 俺はこんなにも、死にたがっているんだぞ?」

「でも……駄目だ……!」


 彼女の言葉を思い出す。


『兄貴と、神奈ちゃんを頼んだッス……』


「冴木には、まだ冴木を思ってくれる人間がいる……! 冴木を認めてくれている人間がいる……!」

「……澪の事か?」

「あぁ、澪ちゃんは、さっきまでお前の事を思ってくれていた。でも、お前は彼女に目を向けようとはしなかった。彼女を巻き込みたくなかったんだろ?」

「……フッ」


 冴木は笑った。


「……なら仕方ないか」


 そう言った瞬間だった。


『アアアアアッ!』


 冴木の胸を、声を上げる何かが後ろから貫いた。


「……冴木?!」


 人型だ! しかもコイツは……!


「あぁ……ありがとう、アモン」


 その人型は、三城の姿をしていた。

 きっと動かしているのはアモンなのだろう。その人型が偶然、三城の姿の人型だったとは考えられない。


『せめて己が殺めた人の手で死にたい……! 我が契約者の願いであれば……!』


 更に二体の人型が増える。


『ユウ……ヤ……』

『ゴメンナ……ユウヤ……』


 男性と、女性の人型だ。それもどことなく、冴木と似ている。


「……ごめん、澪」

「ダメだッ!」


 三人の人型が冴木へ集まり、冴木の体は炎に包まれる。


「冴木ッ!」


 何とかして! 何とかしてこの炎を消さねば──!

 

『止しなさい!』

 

 思考を巡らせる中、アモンの声に応じるように、目の前で爆発が起きる。


「ガッ!」


 僕の体は吹き飛ばされ、


「レイ!」


 後ろにいたバラムに受け止められる。


『契約者の願いを最後まで叶えるのが、私の、悪魔としての役目です』

「何言ってんだ! お前はコイツを! 冴木を救いたかったんじゃないのか……!」


 僕は再び近寄ろうと、体を動かす。しかし──、


「止せ! レイ!」


 バラムが僕を受け止めたまま、離そうとしない。


「なんでだよ! なんでお前まで僕を止めるんだよ!」

「それが奴の、サエキユウヤの『願い』だからだ!」

「『願い』って……! こんな願い! 叶えられてたまるか! 僕は……!僕は……!」

「『己が願いを叶える事』は『他の願いを壊す事』だ……!」

「だったら……! だったら僕がどっちも叶えてやる! だから放せ!」

「火を消す水も無い! 無理だ!」

「うるさい! やってやる! 今すぐどっかから水を汲んできてやる! だから! だから放せ──!」

「無理だと言っている! それに……! 貴様もその道を選んだのだろう! レイ!」

「──ッ!」

 

『生を以て罪を成す』


 自分が生きれば、他人が不幸になる。けど、それでも僕は生きようとした。

 コレが、今が、こんなのがソレのツケだって言うのか?


「レイはレイ自身の願いを叶えた……つまり誰かの願いを壊したのだ……」

「でも……! でも……!」

「……彼女を見ろ」


 バラムは上へ指を刺した。


「……ッ」


 そこには、またもや気を失っている日出さんがいた。


「お前が生きて守りたかった物が、あそこにあるだろう?」

「……ウウウッ!」


 バラムに言われるがまま、僕は体の力を抜いた。

 バラムの言う通りだ。

 僕は自分の願いを叶えたんだ。

 日出さんが無事な様子をみて、思わず『嬉しい』と思ってしまった。

 だから涙も流れる。


『悲しい』なんてもう思えないんだ『悲しさ』で涙を流す事はもうできないんだ。


 罪を負い過ぎた。心が蝕まれ切ったのだ。

 だからもう『嬉しさ』しかないんだ。僕はもう『嬉しさ』でしか涙を流す事しか出来ないのだ。


『……コンノレイ』


 最後にアモンが僕の名を呼んだ。


「……なんだよ」

『……ユウヤをありがとう』

「…………どういたしまして」


 やがてそこには、真っ黒になった体だけが残った。

 校舎全体を囲んでいた炎は消え、微かな燻りの暖かさだけを感じる。


「……レイ」

「あぁ」


 僕は立ち上がった。

 跳ねて上へと昇り、気絶してしまっていた日出さんを持ち上げ、背に背負い、ギリギリまで人の体のままでいたいと言うバラムと共に歩き始める。

 冴木の遺体は、バラムを皆に曝け出すわけにも行かないので、仕方無く、この場に置いて行くことにした。

 アモンは……恐らくさっきの罪刑変化で罪を使い切ったと思われる。

 バラム曰く──、


「ほっておけ、そのうちこの世から立ち去り、悪魔界へと帰るだろう」


──との事だ。


「……なぁ、バラム」


 隣で外を眺めながるバラムに、その事を聞いた。


「どうしたのだ?」

「さっき話していた『先観の眼』と『例の罪刑変化』の話なんだけど」

「あぁ、そうか、忘れていた。アレはだな──」


 罪刑変化“三千大(クロスワールド・)千世界(クライシス)


『全ての時を戻し、過去をやり直す』という罪刑変化だ。


『過去』と言っても、それは名だけで、今の時間を巻き戻した物では無く、あくまでも、その『過去』と呼ばれる、自分がいる『今』の世界『今世界』と似て『非』なるまた別の世界の『非今世界』であり、さらにその『非今世界』というのは無限大にある。


 その無限ある『非今世界』の中から、己が正解だと思う『解』の世界『解世界』を見つけ、その『解世界』の『自分』と『今世界』の『自分』を書き換える訳だが、それにも条件があり『解世界を見つけるまでは、何度も、何度も過去をやり直さなければならない』という条件がある。


 更にその全てが、新たな世界として世界と、その『解世界』では、罪刑変化を唱えた自身のみに記憶される。


 つまり『正解を見つけるまで、無限大にある可能性の世界を経験しなければならない』上、罪刑変化を唱えた者自身の精神も、事によっては『何度も何度も同じ、又は新たな絶望を味わう必要があり、唱えた者の精神を壊す』のだ。


「じゃあ、バラムがさっき泣いていたのって……」

「あぁ、我も取り乱す程の事なのだよ……そして……レイ、一つ言うぞ?」

「……?」


 そうしてバラムの口から僕に伝えられたのは、驚きの一言だった。


「我はオマエが好きだ」

「は──?!」

「何度も繰り返すうちに、お前の事を“人間として”好きになってしまったのだ。後は……好きに思え」


 その姿で言われると、とてつも無い程、何と言うか……こっちだって──、


「その……照れるだろ」


 頬も耳も熱くなる。


「照れるだけでは無く、もっと己を称えても良いのだぞ? 我を『惚れさせている』のだからな?」

「……え?」


『惚れさせてる』だって?


 僕はゆっくりと頭を動かし、バラムの顔を見た。


「なんだ……!? ……まじまじと見るでないッ!」


 ポッと顔を赤くするバラム。表情が判るとここまで代わるものなのか。


「……」


 僕は無言で顔を逸らし『見なかった事にしよう』と頭を落ち着かせるが、どうも上手く行かない。


 ダメだぞ僕、ダメだぞ紺野零、ビトルは確かシュウにメロメロだったが……いやいやいや、だめだ! 僕には日出さんがいるし! っていうか──、


「シュウ、無事なのかな……」


 そう思った矢先に、嫌な予感が的中した。


 僕達の後ろ、突如として家庭科室から響く轟音──、


「バラムウウウウウウウウウッ!」


──まるで()が乗り移ったかの様な冴木の声が響く。


「「……ッ!」」


 僕達は後ろを振り向いた。


「あぁん?! 随分と可愛らしい見た目になったじゃねぇか!バラムゥ!」


 そこには、奴が立っていた。

 冴木の体を残していた僕達が悪いのか、はたまた、奴の、その悪魔の計算通りなのか──、


「……グラシャボラス!」

「なんで……!なんでだよ……ッ!」


 冴木の体を奪い、僕史上、最低最悪の悪魔がそこに立っていた。


「延長戦だァッ! 戦おうぜェ! バラムゥッ!」



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