二十話 『獄式武装』
七月三十一日 午前七時三十分──、
風は涼しい夏の朝『神郷町神郷駅』から二駅離れた『中央区中央広場前駅』に、今日も満員電車で人混みに揉まれてたどり着く。
様々な施設やビル、商業施設が入り組む『坂見市中央区中央町』は、坂見市の経済を動かす中心的存在であり、平日の朝はスーツを着た社会人達の暗く凄惨な一斉行進を目の当たりにする事ができる。
社会人達が仕事の為にとビル街へと向かう中、一晩で捨て残されたゴミが転がる歓楽街へと僕は足を運んだ。
夏場の朝だと言うのに、飲み屋の前でいびき音を上げて倒れ込む男がいたり、朝間っから『客引き』もとい『ナンパ』をする従業員がいたりで『この人達は朝日を夕日と勘違いしているのでは無いのか?』と、つくづく思う所がある。
巡る経済の裏で治安の粗が目立つ街の中──、僕が歩き着いたのは歓楽街の一角にある雑居ビルで、僕はその五階へと向かう為、故障中のエレベーターを五度尻目に、階段を登って行く。
古臭く汚れた階段を上がり、やがて五階へ登り着いてから真っ先に見えるのは、今にも枯れ果てそうな観葉植物で、僕はその隣にある電気の通っていないネオン掲示板の下で『CLOSED』と彫り込まれた木の板が吊り下げられた扉を開けた。
「おはよう、紺野君」
「おはようございます。日野さん」
扉を開けた僕を最初に出迎えてくれたのは、この“バー・イスラフィル”の店主であり、僕をリゼル同盟へと引き入れた日野鏡夜という、赤髪の青年だった。
「今日も頼んだよ? 一応はお金は渡すわけだしね?」
「ハイ──、って言っても、結局は今日も夜からの仕事ですよね?」
「それでもだよ、僕達がキミに色々教えてあげる事と、君が新しいアルバイト先を見つける為の繋ぎを提供してあげている訳だし──、あ、勿論、このままここで働いてくれてても良いんだよ?」
「そうですね……」
「……? どうかしたのかい? いつもよりも元気が無いよ?」
「いいや、なんでも──……っていうか、それぐらいの事、いつものお得意の技で読み取ってください」
「あははは、そうだね」
と言い捨てて、僕は近くのソファーに座った。
日野さんは無言でワイングラスを磨き、僕はある人を待つ。
「……」
店内のカレンダーを見つめて、改めて日を確認してみると、あの日、僕の神定罪が判ってから、既に二週間が経っていた事に気がついた。
バラムはあの話をしてからというものの、この二週間、未だに眠ったままだった。
『子供臭い、ふて寝だろう』と言いたいが、バラムにもバラムなりの考えがあったという事で、僕も突発的であれ、それを否定してしまった事に関しては、後でバラムには謝らなければならない。
かと言って、バラムが眠っているから、僕自身が罪刑変化を使えないという訳では無く、楓さん曰く『神定罪によって成される罪の供給も滞りなくされている』ようで、罪刑変化は教えて貰った物であれば使える上、僕が契約者だと言う事には、変わりはないらしい。
ただ──、
強いて言うならば、移動中の話相手がいなくなり『暇く、退屈で、寂しい』と言った所だった。
そして、学校に関しても、あの日以降の登校は一旦はよしておく事にしておいた。
数学以外を受けれていない今回のテストの点数は、学年ごとの今までのテスト平均点から算出された点数が成績に残る事になる訳だが──、その頼みの綱である一学期中間テストの成績は散々だった筈なので、この事に関しては余り思い出したく無い所だ。
そんな一方で、学校側はテスト期間を通り越して、全校生徒が待ちに待った二ヵ月の夏休み期間に入り、健常な生徒達は部活動や各々の休みを満喫し始めているだろう。
「よ、レイ!」
と、店の扉が開かれ、僕に声をかけて来たのは──、
「あぁ、シュウ、おはよう」
北斗柊。
ここ数日でこの金髪男とは何度も顔を合わせる事があった訳で、その顔付きは、確かに楓さんが『顔だけ男だ』と言う理由が分かる程『美青年』と言わざるを得ない。
「おはよう、シュウ」
「今日はいつもより厳しめに行くぞ? いつアイツが動き始めるかも判らないしな?」
「わかった」
「よし! じゃあ早速行こうか! また後でなキョウヤ!」
荷物を置いて、僕達は外へと出て行く。
「今日はマジで暑いなァ……水分補給しねぇと体にワリぃぞ……」
「水、買って行こか?」
「そうだな」
途中、コンビニへ寄って2Lの天然水を二本買って行き、暫く歩いてたどり着いたのは──、
「よし、今日もやるか!」
今日も今日とで、声が良く響く地下放水路だった。
雨の降る事が無かった快晴続きのここ数日のお陰で、町の水はけの為に築かれたこの放水路もすっかりとカラカラに乾ききっていた。
その広い空間に通る風は心地良いが、今からする事柄では、そんな事を気にしていられない。
「さて──、レイ、今日は罪刑変化も交えて、実戦形式でやるぞ」
「……じ、実戦?!」
「何驚いてんだ! お前ならもう大丈夫だ! あ、でもアレはやるなよ?! 練習の意味無くなっちまう!」
「……大丈夫、バラムじゃないと使えないから」
僕とシュウは離れ、それぞれ五十メートルの空間を挟んで地面に貼られた一本の白いテープの上に立った。
「『使って良い獄式武装は一つだけそれ以外はあの罪刑変化以外、基本的に何しても良しとする』勝敗は先に倒れたまたは倒された方が負けだ。良いな?」
「……わかった! やろう!」
「じゃあビトル! 今日もカウント頼んだぞ!」
『うむ!』と、シュウの後ろからはビトルが現れ、僕達の間合いに入った。
『ゆくぞ! さん!』
大きく息を吸い──、吐く。
この行動に今まで感じていた事なんて、心が落ち着く以外は特に無かった。
『に!』
だけど今じゃ、僕にとってコレは──、
『いち!』
大事な、戦う為、人を守る為のルーティーンだ。
『よーい! ドン!』
ビトルの掛け声で、僕達の模擬戦が始まった。
「うおおおおっ!」
「罪刑変化! 獄式武装! 霧刀!」
シュウは僕の元へ、霧で作り上げられた刀を手にし走り駆け寄って来る。
「罪刑変化! 獄罪鎧!」
僕は落ち着いていつもの様に獄罪鎧を全身へ薄く纏う。
シュウの刀捌きは普段の練習で慣れているのもあって、ある程度の見切りは出来る様にはなった。
「オラッ!」
「ッ!」
ガンッ。
と、一撃目の横払いを腕で弾き、金属音が響く中、次の二撃目に備える。
けど──、いざ罪刑変化を交えて戦うとなると話は違う訳で。
「獄式武装を使え! レイ!」
その二撃目は正面からでは無く死角から襲い掛かかって来る。
シュウお得意の、罪刑変化を使った騙し討ちだ。
「……まだ! ……まだ上手く使え無い!」
その騙し討ちも、まだ想定内の攻撃方法だったので僕には綺麗に弾けた。僕も常日頃から打たれて続けているだけはあるらしい。
「前にも言ったよな! 鎧で弾くだけじゃダメだ! 武器で攻撃に転じろ!」
「いいや──! 鎧も僕にとっては武器の一つだ!」
弾いて更に腕を掴みそこから拳をシュウの腹へ入れる。
「ガハッ──!」
直撃、それも鳩尾にクリーンヒットだ。
「もう一発!」
拳や蹴りなど体術の良い所は、防御から攻撃に転じ易い上、一発が入れば次へ繋がりやすい所にある。
僕はそれに続けて、更にもう一撃を狙い、間髪入れずシュウの頭めがけて勢い良く蹴上げる。
「──甘いッ!」
しかしシュウは僕の蹴りに怯むことなく次撃へ転じて来た。
「な──ッ!?」
質量を持った罪刑変化の囮。
更に言うならば、シュウは、その罪刑変化の際の呼びかけさえも『無し』で、僕に気が付かれない様にその力を振るっていた事にになる。
「……良いかレイ! ……確かに獄罪鎧は堅い! けどな──!」
後ろから現れたもう一人のシュウに足を抄われ──、次の瞬間には、僕はシュウの足元で仰向けになっていた。
「お前は体術に頼りすぎる……! んで! 体術なら俺の方が上だ……!」
「はぁ……! はぁ──!」
また勝てなかった。
この様に、僕は二週間、リゼル同盟の人々にお世話になりながら、戦う為の知識を蓄えていた。
毎朝この地下排水路で、シュウと対契約者の戦闘練習をして、昼には楓さんに罪刑変化の知識を教えてもらい、夜は帝原さんと日野さんと共にバーで働く日々を過ごしていた。
「ったく、相変わらずお前は元は良いのに、それ以外はからっきしだな、レイ」
「だってまだ一週間しか経ってないんだぞ? 使える罪刑変化も、四つぐらいしかまともに使えないし知らないし……何より模擬戦で使ったら危ない罪刑変化だけだし……」
「獄式武装、やっぱりダメか?」
「……うん」
罪刑変化 『獄式武装』
罪を一つの依代たる物体に集中させ、“獄式武装”と呼ばれる武器を生成する罪刑変化で、 現状、僕がもっとも習得するべき罪刑変化である。
獄式武装は武器として扱う事が出来る上、それを起点として罪刑変化を起こしたり、罪刑変化を交えた攻撃が可能な──、いわゆる『魔法の杖』の様な力を持つ武器として、主に契約者が振るう事が出来る訳だが、これがどうも、僕は一度も成功した試しが無い。
手順としては『依代』と呼ばれるその獄式武装の『核』になる物体に罪を集中させ、契約者と悪魔、二人の意思を形にして一つの武器を作り上げる訳で、例えばシュウの場合は普段『爪楊枝』に罪を集中させ『刀』と言う形を作り上げているのだが──、
僕はそれを、この二週間でシュウや楓さんに教えて貰ったりをして、何とかモノにしたいと努力はしているのだが、全くもってダメだった。
「だとしたら、やっぱりバラムが原因か?」
「……そうなのかな」
「はぁ……何時になったら目ぇ覚ますんだよ、あのガキみたいな悪魔は」
「……わからないよ、気が付けばこうして眠ったままなんだから」
「隠し事がバレてふて寝とかマジでガキかよ……」
「……」
『いつかは謝らないとな』と、僕は二週間前のあの日を思い出した──。




