十四話 『策』
その日のテストは、バラムに『絶対に暴れたりするな』と存分に言い聞かせた上で、テスト時間中は僕と代わった。
書き詰まることも無く、百はある有象無象の問題達の答えを解答用紙にバラムはスラスラと書き込み、後に採点されて帰って来た用紙の名前の横に書かれた数字は“100”だった。
テストが終わった後、矢島先生は亡くなった三人の家周りをしていて今日一日はその事で手が離せないらしく、代わりに武田先生がその日の終礼を執り行った。
『知っているとは思うが数日前、青木、亀田、三城の三人が、火事で亡くなった』
その最中で武田先生の口から発せられた訃報は、皆も周知の通りで、それを悲しむ者、喜ぶ者、哀れる者がいた。
一方で、僕は何故かそのどれにも入る気がしなくて、悲しかったけれど、涙が出なかった。ここで『泣いちゃダメな気がした』からだった。
終礼が進む中、気が付けば僕は歯を食いしばって横目で冴木を睨んでいた。
『悔しさ』なんて比にならないその感情は『怒り』だった。
終礼が終わって、二年生の生徒達がそれぞれの帰路に着く中、僕はバラムと余ったテスト時間で、心の中で話し合った『策』を遂行していくのであった。
『相手が悪魔なのにこんな原始的な方法で大丈夫なのか?』
『〈悪魔だからこそ〉だ』
『よくわからないけど、その言葉を信じるよ、バラム』
『尾行』──、
そんな『原始的かつ初歩的な策』をバラムは提案して来た。
うちの学校の数学テストであれ程の余裕っぷりと、余ったテスト時間で今回の尾行策の説明は勿論、おまけに今日のテスト問題の分かりやすい解説っぷりを見せに魅せられたら、僕には断る余地も無い訳で、そのあたりは完全にバラムの思うがままと言った感じだった。
そうして暫くして、神郷駅のホームで電車を待つ冴木を、僕達はこそこそと尾行をしていた。
二年生しか下校しない日ではあるが、駅には『我先に』と帰りたそうにしている多くの学生達が鞄を背負い、電車を長々と待ちわびていており、そんな状況に恵まれた僕達は『テスト期間中は居残り禁止』という校則に案外助けられいた。
しかしながら、気を抜かせば目を冴木に合わせてしまう事に怯えながら、僕達は冴木から少し離れた、クーラーの効いた駅構内の待合室で、明日のテストの一つである理科の参考書を片手に、一人で静かに電車を待ちわびる冴木を横目で見ていた。
『にしても、バラムにもグラシャボラスみたいな、姿を消す力って無いのか?』
『残念ながら火を原型とする罪刑変化には、そう言った小賢しい力は無い』
『なるほどな、そりゃ残念』
バラム曰く、悪魔それぞれの力である罪刑変化には、原型という物が存在しているらしい。
原型は大まかに分かれて──、
『火』
『地』
『音』
『闇』
『水』
『汚』
の『基礎原型』六つと、例外で『血原型』があり、その中から悪魔は『元より有する基礎原型』と『有する基礎原型に近しい原型』と『血原型』の罪刑変化を扱う事ができる。
例として、バラムの場合、基礎原型は『火原型』で、更にそれに近い『地原型』と『音原型』と例外である『血原型』の罪刑変化が使う事ができる訳で、バラムが僕に初めて教えてくれた地獄の業火を扱える力は『火原型』の罪刑変化、僕の腕や頭を守った獄罪鎧は『地原型』の罪刑変化、バラムが僕の体を強化したり、修復したりは『血原型』の罪刑変化となる。
一方で、バラムの推定で、基礎原型が『水原型』とされるグラシャボラスの様に『体を変形させ強化したり』する『水原型』の罪刑変化や『姿を消したり、目を見た者の動きを一瞬止めたり』する『闇原型』の罪刑変化は、バラムには扱う事ができない。
『しかし、グラシャボラス……奴は何故我等相手にもう一つ、三つ目の原型の罪刑変化を使わなかったのだ……』
『確かに、その話を聞いた感じたと、あともう一つの原型を持った罪刑変化をアイツは使える筈だな……』
『心残りではあるが、奴は今頃地獄を彷徨っているだろう、暫く……いや、今後はあまり気にかけない方が為だ』
『……そうだな』
と、心の中でバラムと話していると──、
『只今到着致しましたのは普通電車〈神港西行き〉でございます。お乗りの方は、足元にお気をつけてお乗りくださいませ』
アナウンスと共に電車が到着した。
『来た。乗るぞ』
『乗る!? この動く鉄の箱にか!?』
『そうだ。珍しいか?』
『うむ、我としては初めての試みだ』
『そうか、じゃあ、せいぜい楽しめよ』
僕達は冴木にバレない様に、人ごみにまみれながら冴木と同じ車両に乗り込んだ。
『レイ! あの者が耳につけているのは何だ!』
『アレはヘッドホンだ。スマホとか、ウォークマンとか、曲を流す機械に付けて、アレで回りに音を漏らさずに、自分の耳元だけで聴くんだ』
一応、バラムは機械という知識はあるらしいが、今となってはそこら中にある電子機器や、電機等の電気を扱った機械、所謂近代機器等に関しては全くもって無知だった。
スマホを初めて見た時だって『光の板だ』とか言ったりしていたし、そもそも携帯電話どころか、電話と言うモノすら知らなかった。
『あの小さいので音楽が聴けるのか!? じゃあ!あの者が付けてる耳栓のような物は……!?』
『アレはイヤホン、ヘッドホンより音を漏らさずに、耳に直接入れ込む形で音楽を聴ける!』
『じゃあ!アレは!』
『〈ボタン〉って言う携帯ゲーム機』
『アレは!』
『ノートパソコン』
『アレ!』
『電子辞書』
こんな感じで、バラム気になる物に関しては、分かる限り全部僕が答えている。と言っても、そのほとんどが、今を生きる人達にとって答えられない方が珍しいくらいの物ばかりだった。
『フム、今や人間が〈神の力〉をここまで扱えるとは……! 大したものだ……!』
『〈神の力〉って、確かにああゆうのって神様みたいな力ではあるけど、そこまで言う程は……』
『それが言う程なのだよ、レイ、元より〈雷〉の力は神のみが扱えた力なのだからな』
『それって〈火は元々悪魔から生まれた力だった〉って話と同じ様にか?』
『そうだ……! 確かに神は時折、天罰が如く、人間界へ雷を降らしていたり、暴風を吹かしているとは聞いていたが、まさか人間がそれを利用するとはな……!』
バラム曰く、原型の力には『悪魔が扱える六つの原型』の他に『神が扱える原型』も存在するらしく、そのうちの二つが『雷原型』と『風原型』で、そられの原型は神のみが使えるらしく『悪魔が扱える力の原型が極端に偏っているのもこれがあるから』という話らしい。
『じゃあ、風力発電だとかを聞いたらびっくりするだろな』
『フウリョクハツデン? 何だそれは?』
『そうだな……簡単に言えば、風の力を使って電力を生み出すんだよ』
『神の力で神の力を生み出すだと……? それはもはや愚行の領域では無いか!』
『愚行って、そんなに言う程か? なんならこっちの世界じゃ、むしろ良い目で見られてるぞ』
『違うぞレイ! 神は基本的には己の力を扱う物を拒むのだ! あやつ等がそれを黙って見ている筈が無い……!』
『ま、神様が目を瞑ってくれてるって事でいいんじゃないか?』
『そうだと良いのだが……』
等と電車に揺られながら話していると──、
『中央区役所前ー! 中央区役所前ー!』
冴木が下りるであろう駅に到着した。
『よし、降りるぞ』
と、僕が降りようとした途端──、
『待てレイ、奴を見てみろ』
『……降りない?』
止めに入ったバラムのおかげで、間一髪助かった。危うく人ごみに紛れて一緒に降りる所だった。
『どうしてだ? 澪ちゃんはこの駅でいつも降りてるって言ってたぞ……?』
『……何か用があるのでは?』
『“用”か……』
人混みが薄れた電車内『もしこのまま、終点へ辿り着くまでに人が減り続ける一方であれば、恐らく僕達は勘付かれるだろう』と、緊迫感に迫られながら、それでも尚尾行を続ける。
『次は──!』
下りない。
『次は──!』
まだ下りない……。
さらに人混みが薄れる。
『神港北ー! 神港北──!』
そして二駅以上離れた駅に着いた途端、遂に──、
『下りた……!』
『行くぞ! レイ!』
冴木が電車から下りた。
僕はバレない様に気を付けながら、冴木の姿を目に抑えながら、少し遅れて人混みの中に紛れつつ、ホームへと出る。
“神港北駅”
坂見市の最西端である港側に位置する神港町の北側にある駅で、高所に築かれた駅のホームからは西側に海が見え、夕方頃に見える日が沈む様子が絶景とも言われている。駅周辺にはスーパーや家電屋等の生活用品売り場があり、その周りに住宅街と、タワーマンションの群れが頭を並べている。駅への近さと、見える景色によっては相場が高く付く物件が多く、言ってしまえばセレブにもうってつけの住宅地区である。
『アイツ、こんな所に何の用が……』
『それを今から探り入れるのだろう?』
『そうだな』
『この場所に冴木は一体、何をしに来たのだろうか?』と疑問に思いながら、尾行を続けた。
冴木を追って駅の東口から出る訳だが、ここで疑問が。
『東口か……』
『東口がどうかしたのか?』
『東口から出たら、線路を越えたりしない限りは住宅街が続くんだ。マンションも多いし、その分、この駅周辺に住んでる人間が下りる事が多い。それで、冴木がこの付近に知り合い、しかもこのテスト期間の時期に会うような人間でもいたのかなって疑問に思ってて……』
『別に知り合いぐらいはいるだろう』
『いや、澪ちゃんに聞く限り、高校に入ってからは学校の時以外はひたすら自室に籠りっきりらしい、かと言って働いてる訳でも無いから……』
『なるほど、気になる訳か』
なんて靄を頭に被りながら、僕達は尾行を続ける。
歩くのは真夏の炎天直下に晒されたコンクリートの道、暑さで流れる汗と、緊張で滴る冷や汗が入り混じる。道には所々に『熱中症に気を付けて! 誰かが倒れたら119!』等と書かれた自治体のポスターが間を開けて連なる様に貼られていた。
『この道の先は確かタワーマンションぐらいしか無いぞ……冴木は何するつもりだ……』
『……もし、レイが言っていた通り、奴が火を扱う悪魔と契約していた場合……』
『……!』
グラシャボラスがしたように『虐殺』なんてそんな突拍子にできるものじゃ無い、それは僕だって身を持ってわかっている。
悪魔の力を使役する為にはそれ相応の罪を犯す事が必要で、さらに罪を消費する。しかもそれ以前に、契約した悪魔との仲も大事だ。僕はバラムとは比較的に良好な関係を築いているが、例えもし、グラシャボラスの様な奴なんかと契約していたら、きっと今頃、僕の身体はその悪魔の物だったであろう。
『……そんな事、させてたまるか……!』
『フム、良い意気込みだと言いたいところだが……二つ気になる事がある』
『……なんだ?』
『……一つ、先程から人間の気配が無い』
『……!』
気が付けば、距離を開けて少し先を歩く目の前の冴木以外、僕達の周りには人間がいなかった。
『マズイ──!』
『そしてもう一つ──、』
そしてその違和感には、バラムに言われるまで、僕が気付くこともが無かった。
『──先程から四度程、我々はこの道を通っている』
『……!?』
僕は思わず足を止めた。
『……は?』
『五度目だ……! このしつこく見かける張り紙……先程から同じ場所、同じ壁に貼られている……! それにレイ! 奴にその鞄を投げつけてみろ、そうだな、なるべく全力でだ……!』
『……え、ええといいのか……?』
『良いからやれ!』
『……わかった』
僕は背負っていたカバンを、向こうを歩く冴木に向けて、バラムの言う通り『なるべく全力』で投げつけた。すると──、
『……何?!』
なんと鞄は冴木にぶつかったと思えば、鞄は冴木をすり抜けて行ってしまった。
さらに僕が目の前の冴木に目を凝らし、辺りを見回した途端、思わず声が出そうになった。
『足を止めているのも関わらず、周りが動いているでは無いか……!』
『コレは……!?』
不思議、いや、不可解に思った僕は少し走ってその歩く冴木に追い着こうと試みるが──、
『ダメだ!追いつけない!』
走っている僕と冴木の間が変わる事も無いし、何より──、
『ハァ……ハァ……!何だコレ!まるで僕達がその場で走ってるみたいじゃ無いか!』
回りの景色がさっきから何も変わらない。余りにも異様すぎる。
バラムが何かをしたわけでも無い、かと言って、冴木が僕達に何かを仕掛けて来たのかと言われれば、その可能性はあるが、そんな事されたらバラムだって気が付く筈だ……! けど、一つ確実に言えるのは……!
『……もしかして僕達、悪魔に攻撃されている?!』
『そう言わざるを得ない……!』
「……ッ!」
これまでの事もあってか、体が自然と身構えた。
何処だ?!どこに敵がいるんだ?!見つけたら今すぐにでも獄罪鎧で固めた拳で叩き潰してやる!と、左右を見渡しても、道を挟んで互いに向き合う壁がこちらを見るだけ、前は冴木だけ、後ろは──、
「……え」
後ろを振り向いた途端、思わず腑抜けた声が漏れた。
「どうかしましたか? 先輩?」
「日出……さん……?」
“日出神奈”
紛れも無い、制服を着た彼女がそこに立っていた。