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「姉上がうちを出てもう八年か・・・あっという間にずいぶん経っちゃったなぁ。」

「そうねぇ。でもあなたたちだってもう結婚して八年でしょ?そっちのほうがあっという間に思ってるわ。よちよち歩いてすぐ泣いていたのにもう二児のパパだなんて。」

「その話やめてよ・・・姉上がミランダにそれ教えたから、子どもたちにも広まってるんだよ?フェビオが泣くとさ、フロラが”パパみたいに泣き虫だって笑われるわよ!”っていうんだ。居た堪れないんだよ。」

「まぁ、ふふふ。」


 バシード公爵家のタウン・ハウス。

 社交シーズンで久しぶりに王都に来たセルジオは公爵夫人となったアデリナと色とりどりのバラが咲き誇る庭園でのんびりお茶を楽しんでいた。


 ミランダは現在第三子を妊娠中で、つわりが酷く領地から離れることが出来なかった。子どもたちもそのまま領地にいるため可愛い義妹と甥姪に会えなかったアデリナは少々落ち込んでいた。


「僕が来たって嬉しいでしょ。久しぶりに姉弟水入らずのんびりしようよ。」


「悪いが水入らずにはさせられないな。」

「あら、あなた。お仕事はいいの?今日は忙しいってディックが言ってたけど。」


 駆け足で庭園に向かったのを悟られないように息を整えてからダミアンは二人に声をかけた。セルジオの不服そうな顔を見て、急いで仕事を片付けて(急ぎでないものは明日に回したりもして)駆け付けてよかったと安堵した。義弟はアデリナを大事にしすぎている、それが若干気に入らない。

 時折冗談のように家に帰ってきなよと言っているが、その言葉が本気だとダミアンだけは気づいている。当のアデリナは弟が甘えん坊になっちゃったわ、と言って優雅に笑っているだけだった。


「久々にセルジオ君と話がしたくてね、片づけてきたよ。混ぜてもらってもいいか?」

「・・・ええ、もちろん。義兄上がお元気そうで何よりです。」


 アデリナから見えないようにギロっとにらむセルジオの表情に笑いを堪えつつダミアンは席に着く。


「ミアとネアは?」

「ぐっすりお昼寝中なの。フェビオとフロラが来れなかったのが悲しかったみたいでずいぶんぐずって泣き疲れちゃったみたい。」


 ミアとネアはアデリナとダミアンの双子の娘だ。年はフロラと同じ六歳。三姉妹のように仲が良く、三人とも年下のフェビオを可愛がっている。小さな四人が仲良く遊んでいるのは見ていて微笑ましく、さらに年末にはもう一人増えるのだと思うとアデリナは想像しただけで顔をほころばせてしまう。


「姉上、幸せそうですね。」


 八年前、セルジオの結婚式の日までのアデリナは見ていて胸が痛むほど寂しい表情を浮かべ続けていた。それを思うと、最愛の姉の最愛のポジションを奪っていった義理の兄が憎いけれど、感謝もしている。それを言うつもりはないけれど。


「そう見える?」

「見えるだけじゃなくて本心だろ?」

「うふふ・・・そうね、毎日楽しくて、嬉しいことがたくさんあって。幸せだわ。」


 ダミアンが優しくアデリナの頬を撫でる。熱いくらいに熱を持っている指先が心地よくてアデリナは思わず目を伏せた。


「弟の前でイチャイチャしないでくれる?あーあ、ミランダに会いたいなぁ、フロラとフェビオをぎゅーってしたい。」

「社交シーズンだから仕方ないわよ。お父様に代わってもらう手も使いすぎたみたいだし。」

「来る前に頼もうと思って話しに行ったら引退したんだからほっといてくれって言われたよ。」


 アデリナの両親は領地にある別邸でゆっくり過ごしている。優しく家族思いだったシモンは、仕事が仕事だったために家を空けることも多かった。今はその埋め合わせをしている。体が弱かったエウラリアも長年の養生のおかげかだいぶ調子が良くなっていて、二人であちこち旅行に行くのが今の楽しみだと王都に来た時に嬉しそうに話していたのをアデリナは思い返す。


「お母様は一緒に居られてすごくうれしいみたいだし邪魔出来ないわね。」

「わかってるんだけどね・・・姉上たちはどこかの夜会に出るの?」

「一応はね、でも王家主催のものだけかしら。」


 あの頃の噂話をいまだにしている人は殆どいないが、それでも顔を出せばひそひそと遠巻きにされるのは結婚から八年経っても変わらない。それはアデリナが出産後も美しさが陰るどころか年々磨きかかかっていることだとか、氷の貴公子と呼ばれた無表情で(特に女性に)冷たい態度しか取らなかったダミアンがアデリナにだけ蕩けるような表情を見せていることとか、絶世の美男美女夫婦に生まれた双子の娘たちの天使の様な愛らしさだとかが原因で八度の婚約破棄は忘れ去られているのだけど、そんなことをアデリナは知る由もなかった。


「じゃあ久しぶりに姉上と踊りたいな。予約ね。」

「もちろんよ。昔みたいに足を踏んだら怒るわよ?」

「やった!じゃあ義兄上、そういうことなんで。」

「・・・いや、いい。うん。でもアデリナ、最初と最後は俺だからな?」

「ふふ、セルジオにも焼きもちなの?」

「そうだ。フェビオ君にも嫉妬するときもあるくらい心の狭い男なんだよ。」


 まだ三歳のフェビオに?とアデリナはころころと笑う。初めて見た時や結婚を申し込んだ時のアデリナは月の女神のようにしっとりとした美しさを感じたが、結婚後は、特に双子が生まれてからの彼女は太陽のように輝く笑顔を見せてくれる。ダミアンはそれを見るたび幸せを噛みしめて、時々涙が滲んでしまうこともあった。




 結婚を申し込んだ日。ダミアンは自分が情けない男だとアデリナに正直に話した。格好つけてよさそうなことばかりを並べたところで、アデリナの心には届かないのだとわかった。ほかの女性たちがどう思うかは知らないが、ダミアンが欲しいのはアデリナただ一人だった。


 アデリナはそんなダミアンを見て、最初のきりっとした騎士然とした印象との違いに思わず「可愛い人ね」とつぶやいてしまった。好きだと言われたのに可愛い人ね、なんてわけのわからない返答をしてしまって思わず口を押さえたけれど、その言葉はダミアンにも、シモンにもちゃんと届いていて、応接室は男性二人の笑い声に包まれた。


 その瞬間に傷ついて凍り付かせていた心が動き始めた、とアデリナは思っている。あの時から、ダミアンの傍にいると体中があったかくてうれしくて満たされていく。


 大人しそうな見た目に反して勝ち気で負けず嫌い、お茶目なところもある少女だった頃のアデリナは何度も繰り返した婚約破棄でどんどん笑わなくなっていった。もっと頑張らなくては、もっときちんと振舞わなければと必死に自分を押し殺して。そうやって冷えた心を温めたのはダミアンだった。




 アデリナは決して誰にも言わなかったが、五回目の婚約破棄の直前に偶然町で婚約者だったヘラルドを見かけた。声をかけようかと思ったときに隣にいるのは女性だと気が付いた。悪いと思いつつ彼らの会話に耳を澄ませると、”つまらない女とはすぐに別れる”と聞こえてきた。

 つまらないのが自分だとアデリナはすぐに気が付いて、その後すぐに婚約破棄となった。一時的に破棄したいという彼の言葉が嘘だとわかっていても、自分がもっと面白い人間だったらと何度も悔やんだ。会話の引き出しを増やそうと努力し、より一層勉強にも励んだ。


 その結果次の婚約者には賢すぎると嫌悪感を抱かれていたのにも、そのまた次の婚約者には出しゃばりな女性だと馬鹿にされていたのも、気づいていた。どちらも表立ってはそんな様子を少しも見せなかったけれど、取り繕った顔しか見せてこないのも、自分に魅力や度量がないからだろうと思ってさらにたくさんのことを学び自分を律してきた。



 そうやって努力をした結果のアデリナも、そうなる前の無邪気でお転婆だったアデリナも、どちらも受け入れてくれたのはダミアンだけだった。

 八年間、穏やかだっただけではなく二人はそれなりに喧嘩もした。怒ったアデリナがダミアンの顔をひっかいてしまったこともあったし、ダミアンが落ち込みすぎて執務室から出てこなくなった日もあった。


 それでも思い合い、譲り合って、話をたくさんして。時間をかけて夫婦になっていったとアデリナは思っている。

 そんな風に向かい合ってくれたダミアンと、そのきっかけを与えたという彼の従妹にも、家のためではなくアデリナのための結婚が出来るように最後まで応援してくれた家族にも、感謝を忘れた時はなかった。


 そしてダミアンもまたあの日アイシャに怒られなかったらこんな日は来なかったのだと、颯爽とバシード家を去っていった親愛なる従妹に感謝していた。

 アイシャがその後どうしているのかも知っているが、やはり彼女をバシード家で面倒見ようなどというのは思い上がりだったと報告を聞くたびに思う。

 修道院に入っても、彼女は彼女のままだった。


 毎年エリックの命日にはアデリナだけでなくダミアンも彼の墓を訪れていた。同時期にアイシャの主人もなくなったため数度見かけたが、アイシャはこちらをちらりとみて満足そうに笑うだけで一度も声をかけてくることはなかったし、ダミアンもそんな彼女を従妹として誇らしく思うだけで声をかけようとはしなかった。




「あなたって本当に可愛い人ね。」

「君ほどじゃないよ?」

「そう?ふふふ」


 バシード家の庭園には、今日も元捨てられ令嬢の笑顔が咲いている。



お読みいただきありがとうございました!

本編はここで終了となります。

7話と8話の間の話を番外編として明日からちょこちょこアップしていきます。


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