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 最初の婚約者であるエリックとは死別であったものの、それ以降の婚約破棄はアデリナの心を少しずつ壊していった。


 アデリナに瑕疵がない、とはっきりと明言されればされるほど、自分の未熟さが嫌になった。


 二番目の婚約者は、事業の失敗で。

 三番目の婚約者は、その親が脱税をしていたことが発覚して。

 四番目の婚約者は、アデリナの両親とウマがあまりにも合わず。


 ダミアンと友人だった五番目の婚約者は、騎士として身を立てるまで結婚は考えられないからと一旦の破棄を申し出た一年後、かねてから付き合っていた女性騎士と結婚した。


 六番目の婚約者は、より良い条件の政略結婚相手が見つかったため示談金を持ってきた。

 七番目は隣国の王女に見初められてそちらを選んだ。隣国からの謝罪金と共に王女との結婚パーティーの招待状を送ってきたのには閉口した。


 つい最近破棄となった八番目の婚約者は、アデリナの美しさが怖いと言って心身虚弱による破棄を申し出てきた。

 もう八番目の理由はアデリナにとってもどうしていいのかわからなかった。


 たぶん五番目の彼と同じように、ほとぼりが冷めたら好きな人と結婚するんだろうと思っている。



 子どものころから淑女としての教育はしっかりと受けてきたし、両親や弟、家庭教師たちの言葉を信じるのであれば、おかしな振る舞いをしているわけではないはず。見た目は美しいと褒めていただくことが多いし体型にも気を使っているので相手を不快にするようなものではない、と思う。


 それでもアデリナは婚約破棄をされ続けてしまった。何度も何度も破棄されるのは、相手ではなく自分が悪いのだと思った。婚約のたびに、そして破棄されるたびに、自分の身の振り方や男性との付き合い方などを学び直した。それでも、結果は変わらなかった。


 両親も弟も今のままのアデリナでいい、何も間違っていないと言ってくれるけれど、こんなにも婚約破棄を続けている令嬢なんてほかにいない。どこの国にもいないだろう。



「お義姉様、こんにちは。」

「あらミランダ。来ていたのね。」


 家族に内緒でとある準備をする合間、休憩にとアデリナはお気に入りの温室でお茶をしていると、来週には義理の妹となるミランダが声をかけてきた。

 エリックの面影があるかどうかは何とも言えないけれど、ミランダの優しい笑顔はどことなく彼を思い出させる。

 もしもアデリナがエリックと結婚したとしても、ミランダはアデリナの義妹になった。そう思うと感慨深いものがあり、ミランダの事を可愛がっていた。


「もうすぐ挙式ね。準備はどう?」

「順調です。だけど今からものすごく緊張してしまってて。」


 そういったミランダの目元はほんの少し赤くなっていた。もしかしてあまり眠れていないのかもと思ったが、結婚の準備というものをするまで話を進める前に破棄してきたアデリナにはこういう時どう声をかけていいのかわからなかった。


「今年も兄のお墓参りに来て下さってありがとうございました。両親からそう聞いて、お礼を言いたくて。」

「そんなのいいのよ。私がしたくてしてるんだもの。」

「・・・お義姉様、もしかしてまだエリックお兄様を想っていらっしゃるのですか?」


 ミランダの目は真剣だった。


「エリックとの思い出はほんの少ししか覚えていないけれど、私にとって大切な思い出には変わりないわ。でも今彼をそういう意味で想っているかと言われるとそうではないわね。」

「本当ですか?」

「・・・ミランダにはそう見えているのね。」

「私はお兄様の記憶はないですが、両親以外にお兄様の命日に毎年欠かさずお墓に来てくれるのはお義姉様だけなのは知っています。それくらいお兄様のことを大切に思ってくださっているのだと・・・でもそれがお義姉様の枷になっているのではないかと、心配なのです。」

「そう・・・」


 枷。

 きっと両親も、ミランダも、ミランダとエリックの両親も。同じように思っているのだ。数年前、もう行くなときつくいわれた時の父親の顔を思い出し、アデリナは冷たい怒りのようなものを感じた。


「エリックとの思い出を大切に思っているのは事実よ。でもそれだけなの。恥ずかしいけれど私にとっては初恋のようなものだったから、彼が亡くなったことは今でも悲しいと思うの。だから命日にはエリックと話したいような気持ちになるのよ。枷なんてそんな風には思ってないわ。」

「それならいいんです、ただ心配なだけで、お墓に来てくれるのは私も両親も、もちろん兄だって嬉しいと思ってます。」

「迷惑になっていないのならよかったわ。」


 アデリナはほんの少しだけ目を細めて笑った。それは女神のように美しく、ミランダは膝をついて祈りたいような気分になった。

 こんなに美しい人に死後十六年経っても大切に思われている兄にほんの少し嫉妬するくらいには、ミランダは義理の姉を大切に思っていた。崇拝してると言っても良いかもしれない。


「迷惑だなんてそんなこと、絶対にないですわ。私お義姉様の妹になれたこと、本当に嬉しいんですから。」

「ふふ、セルジオが聞いたらきっと嫉妬されちゃうわね。」


 アデリナの弟であるセルジオはミランダにぞっこんと言って差し支えない。たとえ同性である姉のアデリナだとしても、嫉妬の対象になりかねない。そんな二人の関係が徐々に温かいものへと変わっていくのを間近で見ながら、アデリナの心は反対に冷めるように落ち込んだ。そんな姿を見せるつもりはなくいつも通り振舞ってきたけれど、それももう終わりだとアデリナは思う。


 二人は少々嫉妬深いセルジオの子どもの頃の話題に花を咲かせながら未来の姉妹はのんびりとお茶を楽しんだ。

 ほんの少しだけアデリナの胸は痛みを訴えていたけれど、それを無視できるくらいには可愛い義理の妹との会話は楽しいものだった。


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「父上。次は姉上の婚約についてなのですが・・・」


 同時刻、バルドメロ伯爵家執務室にて、アデリナの父シモンは息子のセルジオと二人で定例会議を行っていた。


「打診があったうち、まともそうなのは二件。第二王子ラファエル様とバシード公爵当主のダミアン様ですね。あとはゴミです。」

「お前・・・外で言うなよ。」

「わきまえていますから大丈夫ですよ。」


 息子の態度に軽い頭痛を覚えつつ、自身で調べた情報とセルジオが持ってきた情報を照らし合わせていく。


 バルドメロ伯爵家と言えば王家の、それも継承権を持つものであればその名を知らないものはいない。”影”を養成するための家だ。もちろん当主のシモンも、次期当主であるセルジオもその技術は持っているしそれぞれが個人で抱えている配下もいる。この仕事は当主になる男子とその妻にしか知らされないため、アデリナは知らない。結婚した後にミランダには知らされることになる。

 それを使ってアデリナの次の婚約者を探しているが、影を使ってまで調べ始めたのは八人目の婚約者からだった。


 アデリナは自分のせいだと否定するが、娘の婚約がうまくいかない、何度も破棄してしまうというのは家の問題だととらえられる。娘によい結婚相手を選ぶことが出来ない力のない家だと。すでにそういう認識が広がっているが、表向きの評価に対してそれほど重要視していないのでどうでもいいと思っている。ただ、アデリナに良い相手を選べていないのは紛れもない事実。シモンは酷く焦っていたし、次期当主でもあるセルジオも悔やんでいた。


 たとえどれだけ家族を愛していたとしても、影を自分たちのために使うのは許されていない。国のために育てている貴重な人材だからだ。だが、さすがにこれほど何度も破棄が続くとなると使えるものはなんでも使わねばならない。陛下に必死の形相で頼み込み、娘の婚約者を調べるためだけに影を使うことを許された。


 そうして調べた結果の八人目だったが、あまりにもアデリナのことを崇拝していた彼はアデリナと婚姻を結ぶことが逆にストレスになってしまった。後ろ暗いこともなく真面目な仕事ぶりが評価されている優秀な若者だったしアデリナを深く愛していたのでよいと思ったが、愛しすぎてしまって破棄などという事態を想定していなかった。



 アデリナが結婚せず家を出ないとしてもよい、と二人とも心から思っているが、本人が婚姻に乗り気なうちは自分たちが止めることはせず、彼女に合う人を探し続けようと決めていた。


 ただここ一か月くらいで状況は悪い方向に動いていた。


「姉上はもう夜会に出る気はないと言っていました。僕たちの結婚式が終わったら恐らくバルドメロ領の修道院に入るつもりでしょう。部屋を片付けているのは侍女から聞いてます。」

「そうだろうな・・・あそこは厳しい。罪などで入ったわけでなくとも気軽に家族と会うことは出来ない。許されるのは親しい者の墓参りだけだ。」

「エリック義兄さまの思い出だけ持って世俗から離れるつもりなのかもしれません・・・変な男と結婚するのも嫌だけど、会えなくなるのも嫌だ。」


 未だに姉離れが出来ていないようなことを口走るセルジオは心から姉を尊敬している。エリックの妹だからではなく、同じ気持ちをもつからミランダを妻に選んだ。二人ともお互いを好きあっているのはもちろんだが、同じようにアデリナを大事に思っていて、そして幸せに過ごしてほしいと願っている。


「儂が調べた結果だが、同じくその二人だけは合格点というところだな。ただなぁ、王弟の妻となるとなぁ・・・・」

「ラファエル様より周りの問題をどうするか、になりますね。」

「バシード様も同じく人はいいが周りがな。」


 二人がもつ資料にはラファエルの周りで起こった事件記録と、ダミアンの従妹であるアイシャ、アデリナの五番目の婚約者だったヘラルドのことが書かれていた。


 二人にとってラファエルのほうはそれほど複雑な問題ではなかった。王位継承権を持っているために命を狙われたり、第二王子派という派閥が勝手に暗躍しているのが少々面倒であるというくらいで、王族であれば誰しも抱えているような内容だ。それを加味して婚約するのは当然でもある。

 ラファエルと婚約する場合はむしろ瑕疵がないと言われていても何度も婚約破棄をしたアデリナが針の筵に座らされる可能性があることだろう。ただ、ラファエルの人柄を考えると、アデリナを一人にするようなことはしないと信頼もしている。


 ラファエルとアデリナは殆ど接点がない。完全なる政略結婚である。有力貴族の娘より表面上中立穏健派かつそれほど爵位の高くないバルドメロ伯爵家から嫁を貰いたいというのは納得の理由でもある。それに納得する貴族も多いだろう。


 ただその政略結婚は、アデリナの心をさらに傷つけやしないだろうか?

 婚約でひどく辛い思いばかりしてきたアデリナが、政略結婚でさらに傷つきはしないだろうか?


 せめてアデリナのことを身分ではなく人として好いてくれる人と結婚してほしいという思いが二人にはある。



 その理想に一番近そうな人がダミアンだが、複雑な問題を抱えていそうなのもダミアンのほうだった。婚約の打診のために何度も送られてきた手紙から、ダミアンの熱意は感じている。人柄もよい。足を怪我して騎士団を引退せざるを得なくなってから実家に戻り継いだ後は必死に領地を守り発展させるために尽力している。バシード家自体にも不審な点はない。


 ただ、問題は二つ。一つは従妹のアイシャ。彼女は幼少期からダミアンと兄妹のように育ってきたが、アイシャは友人たちにダミアンと結婚したいと話していた。ただ、そのダミアンから友人を紹介され、落ち込んでいたところをその友人に慰められた結果絆されて結婚に至った。

 結婚生活は良好そのものだったが、先月不幸があり現在未亡人となっている。


 その悲しみをダミアンと分かち合うように二人が寄り添う姿が墓地で確認され、それをアデリナも目撃してしまっていた。それ以外にも二人はよく食事をしたりお茶をしたりと接点を持っているらしく、友人を失った悲しみと従妹への親愛からアイシャを妻に迎えるのではと噂されている。


 アイシャがそれをどのようにとらえているかはわからないが、ダミアン本人は今のところその気はなさそうには見えている。友人の死後も変わらずアデリナに婚姻を申し込んでいる。ただ、ダミアンがあれこれとアイシャの世話を焼いているような報告が上がってきているのも事実だったし、アイシャがどう思っているのかがつかめていないのも問題だった。女関係のもめ事ほど難しく、そしてアデリナを傷つけるものはない。どうしても慎重になってしまう問題だった。


 もう一つ、アデリナの婚約者だったヘラルドのことだ。現在ヘラルドとダミアンは親しい間柄ではないが、元々騎士団で同じ部署に所属する友人同士だった。ヘラルドが騎士の道により真剣に取り組みたいという理由から婚約を破棄したいと申し出る直前にアデリナとダミアンはヘラルドに引き合わされている。

 後からわかったことだが、ヘラルドはアデリナとダミアンを恋仲にさせ、アデリナの瑕疵で婚約破棄する考えだったようだ。そんな友人を持つ彼とアデリナが結婚して、その頃のことを思い出したりしないだろうか。


 その五番目の婚約の破棄が、彼女の心を今でも陰らせているのを家族はわかっていた。具体的には破棄ではなく、その一年後にほかの女と結婚したことだろう。一時的に破棄したいなどと言っていたのに、何の前触れもなく。

 あの頃からアデリナは笑顔を浮かべることが少なくなった。あのバカな男を本当に待っていたのだ。そして裏切られた。


 あの時に影を使いたいと陛下にお願いしていたら、とシモンはずっと後悔している。





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