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 年に一度、喪服を着て王都近くの貴族墓地に向かう。それはアデリナにとって十六年間続けている習慣だった。


 アデリナの親族はここには眠っていない。ここにいるのはアデリナの最初の婚約者。


 墓石の前にはすでに二つの花束が添えられていた。アデリナも自分が持ってきた薄紫色の花束をそっと置いた。


「エリック様、久しぶり。最後にお話ししてからもう十六年も経っちゃったなんて信じられます?」


 石に彫られた名前をそっと指先でなぞる。


 エリック・ロドリゴ。

 アデリナが三歳の時に婚約した人。

 ロドリゴ公爵家とアデリナの家バルドメロ伯爵家は当主同士が学友で、その妻同士は幼馴染。そんな縁から家族ぐるみで交流していた。

 何とはなしに子どもたちを結婚させたら面白いわね、などと酒を飲みながら笑いあっていたが、ロドリゴ家に長男が生まれた二年後にアデリナが生まれたことで、その話は現実になった。


 しかし婚約成立してたった一年で破棄されることになった。

 エリックが流行病で亡くなってしまったのだ。


 病死の場合、婚約をなかったことにできる。だけどアデリナにとって優しい兄のようなエリックとの関係をなくしてしまうのはエリックの思い出が全て消えてしまうように感じて、怖かった。

 まだ四歳だったアデリナは必死に両親とエリックの両親を説得し、婚約破棄という形でエリックの思い出を残したのだった。


 それに後悔はしていない。一度でも間違えたと思ったことはない。

 その時の思い出に縛られているのは否めないけれど。



 目を閉じ、胸の前で手を組み、エリックに話しかける。

 毎年命日にだけ墓参りをする。本当は毎月来たいけれど、そうすると両親たちが心配そうな表情を浮かべるのをアデリナもわかっていた。


 新しい婚約者が出来てもこの習慣をやめないアデリナに父親は厳しい言葉をかけたこともあったけれど、二十歳になった今もアデリナはこうして墓参りに訪れた。


(もしバルドメロ領の修道院に行くことになっても、年に一度はこうして会いに来るわね。)


 アデリナは準備を始めていた。修道院に入ることをひっそりと決め、そのための準備を。

 アデリナには弟が一人いて、来月結婚することになっている。相手はエリックの妹の一人で、アデリナとエリックで結べなかった縁を弟と妹が繋いだ形になった。


 その結婚式が終わり、弟夫婦が領地で新生活を始めた後に修道院に入ることを父親に伝えようと決めていた。


 バルドメロ領の修道院は厳しいことで有名で、だからこそ何か問題を起こした令嬢たちが預けられる先として選ばれることが多い、ある意味有名な修道院。アデリナは両親にたくさんの迷惑をかけたことや家の役に立てなかったことを修道女として真摯に勤めることで少しでも償いたいと思っていた。



 八度目の婚約破棄についてはエリックに報告せず、その他のことをたくさん話した後もう一度墓石の彼の名前に触れて、ゆっくり立ち上がった。


 もし、エリックが生きていたら。

 六歳ですでに紳士的な立ち振る舞いが身についていて、お姫様のようにアデリナを大切にしてくれたエリック。

 そんな彼とだったら、幸せな結婚生活を送れたに違いない、きっと。


 婚約した人たちとエリックを比べていたわけではない、けれど婚約に関してアデリナが唯一温かい気持ちを抱けるのは、エリックだけだった。

 どうしようもないけれど。



 考えても意味のない思いが沸いては消えていった。



 帰ろうとして馬車に向かうと、同じように馬車に乗り込もうとしている見覚えのある人がいた。

 ダミアンだ、とすぐに気が付いたけれどアデリナは気づいていないふりをして馬車に乗り込んだ。

 彼は女性と二人寄り添うように・・・いや、女性を抱きしめるようにしていた。



 誠実な騎士だった彼は、やっぱりあの日アデリナを賭けの対象としていたのだと思うと、胸が痛んだ。



 ----


「お兄様、わざわざ来てくださってありがとうございます。」


 ダミアンを兄と呼んだ女性は涙で頬に張り付いたピンクベージュ色の髪を指でそっと拭うようにして耳にかけると、ダミアンの目を真っすぐ見つめた。


「気にするなアイシャ。つらかったな。」

「騎士の妻ですもの・・・覚悟は、していましたわ。」


 真っ赤に充血した目は痛々しいほど腫れていた。


 アイシャはダミアンの実の妹ではないが、子どものころから一緒に育ってきた従妹で本当の兄妹のようにお互い思っていた。そしてアイシャの結婚相手はダミアンと同じ部隊に所属していた騎士だった。二人が結婚したきっかけはダミアンで、アイシャを夜会で見かけて一目ぼれしていた同僚の背中を押してやったのだ。

 二人は最初のうちぎこちない様子だったが会う回数を重ねるうちに打ち解け、二年の交際を経て結婚した。三年前のことだった。


 しかし彼は先日殉死した。王太子を狙った賊の手にかかって。


 それがしかたないことはアイシャも、そして騎士であったダミアンもわかっていただろう。それでも受け止めきれない悲しみが二人を包んでいた。


 今日は葬式で、他の参列者はすでに帰っていたがアイシャとダミアンは気持ちの整理がつかないままぼんやり二人で墓地を眺めて、ようやく帰路につこうとしていた。


「アイシャ、気を落とすなよ。」

「お兄様、わたくしもう子どもじゃありませんもの。それにお義父様もお義母様も彼が亡くなったからすぐ出ていけなんていう人じゃありませんし・・・大丈夫ですわ。」


 アイシャの言葉にダミアンは言葉を詰まらせた。

 彼ら夫婦には子どもがいなかった。未亡人となったアイシャはこれからの身の振り方を考える必要がある。次期当主の嫁であったものの、今回のことで次の当主は彼の弟になるだろう。まだ年若いが両親が健在なので焦る必要もない。

 そうなるとアイシャの居場所はない。


「何かあったら頼ってくれ。大事な従妹のために力を尽くさないような男じゃないからな。」

「わかっていますわ。お兄様はいつも優しくて頼りになる自慢のお兄様ですもの。」


 二人は悲しみを分かち合うように抱き合い、そして別々の馬車に乗り込んだ。


 ダミアンの頭の片隅には、アイシャを自分の妻として迎えるという選択肢がうっすらと浮かんでいた。もしくは居候として。居候として迎えたとしても周りは妻にするつもりだろうと受け取るだろうことも分かっている。ならばいっそ、と。


 アイシャとアイシャの両親はあまり仲が良くない。外に作った子どもを後継ぎとして迎え入れてしまった頃からだろうか、あの家は居心地の悪い場所になり、だからこそアイシャがよくダミアンの家に避難してきていた。


 その家にまた戻ることになるのは酷く厳しい選択だろうし、主人がいないのに今の家に留まることも何とも言えない状態だろう。


 そう思っていても、大切な従妹であるアイシャにそれを伝える気にはなれなかった。


 ダミアンにとって特別な意味での大切な女性は、少し前に婚約を破棄していた。

 それを聞いてから彼女の家に何度も婚約の打診をしたが、色よい返事は返ってこなかった。

 何とかして本人と繋がりを、と思って夜会に出かけて声をかけたが、何か勘違いをされただけで終わってしまった。


 今、アイシャを家に迎えるとなると、それがたとえ婚姻ではなくただ従妹を思って滞在させるだけだったとしても、よくない結果が待っているだろう。

 彼女へ婚姻を申し込もうとしている身であるのに家族でない女性を家に留めるのは、どんな高尚な理由があっても歓迎されるものではない。


 自分の初恋を実らせるために、大事な従妹を切り捨てる選択をしようとしている自分をダミアンは薄ら笑った。


「騎士道に身を捧げたつもりだったんだがな・・・情けない。」


 こんな汚い心の俺が、あの美しい女神の横に立てる日は来るのだろうか。

 あの夜会の日から、そんなことばかりダミアンは考えていた。



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