番外編3 サプライズ(後編)
ほのぼの後編です
「結婚おめでとう!」
「アデリナ、ダミアン殿おめでとう!」
「二人ともおめでとうございます!」
そこにいたのはアデリナもダミアンもよく知っている人たちだった。
「お父様お母様、セルジオにミランダ、おじ様たちまで・・・どうして?」
バルドメロ領の領主屋敷。自慢の広い庭園にはアデリナの家族とミランダ、ミランダの家族であるロドリゴ家の人々、そしてアデリナがまだ会ったことのない美しい顔立ちの夫婦、さらにはバルドメロ家の使用人たちが昼用の礼装に身を包み拍手喝采で馬車を迎えていた。
「何ってお前たちの結婚パーティーだよ。」
そう言ってシモンは硬直気味の娘の手を取って馬車から下ろした。
「だってまだ・・・式は先ですわ」
「そうねぇ、でもお祝い事なんて何回やってもいいじゃない?」
アデリナの母エウラリアが悪戯っぽく笑う。顔色はよく体調はいいようだ。万が一不調でも絶対参加すると言ってきかなかったエウラリアとーーー
「お義姉様!お義兄様!おめでとうございます!!」
すでに涙目で真っ赤な目元をしているミランダが起点となってこの身内だけの結婚パーティーを計画したのは二人が入籍してすぐのことだった。
ダミアンと婚約してすぐ、アデリナは”公爵夫人として相応しくなりたい”と口にした。その通り今まで以上に自身を厳しく律し始めた。やる気になっているのは嬉しい、とダミアンは思ったが、あまりに必死に思いつめている様子なのが心配でたまらなかった。
当のアデリナはそれほど鬼気迫っているつもりはなく、自身が社交が苦手かつハンデを相当背負って社交界に行かなければならないことをわかっていたので、少しでもバシード家の利になるようにと努力し頑張ることは嫌なことではなくむしろ喜びだった。
今まで先の見えない真っ黒なトンネルを進んでいるようなものだったのが、急にダミアンによって光が見えた。その喜びでいつもより少々ハイになっているだけだったが、周りは相当気をもんだ。
ダミアンが相談できる相手と言えば婚約が決まってからしょっちゅうバシード家にやってくる義弟セルジオ。だがセルジオに相談すると「結婚は止めにしよう」と言い出しそうで迷っていた。そんな時にたまたま、結婚式に来てくれたことのお礼と婚約のお祝いの品を持ってセルジオとミランダが夫婦でやってきた。
これ幸いと相談したことで、ミランダからエウラリアへ伝わり、今日のことが秘密裏に計画されたのだった。
その話を聞きつけてロドリゴ家が参加することになり、ロドリゴ家からバシード前公爵夫婦、つまりダミアンの両親へと話が通った。ダミアンが話を振る前に、すでに彼の両親は参加を前のめり気味に決めていた。
「はじめましてアデリナさん、私はダミアンの父アーロン、隣は妻のソフィアだ。」
「ソフィアよ、よろしくねアデリナさん。」
「!!は、はい!アデリナでございます。ご挨拶が遅れて申し訳ございません。どうぞよろしくお願いいたします。」
予想よりも数日早い義両親との対面にアデリナは狼狽えたが、必死に礼をする。
「まぁまぁ、そんなにかしこまらなくっていいの。息子と結婚してくれただけで嬉しいのよ。」
「そうだなぁ、ダミアンが結婚できるとは一切思っていなかったのに、来てくれた娘さんがこんなに美しく礼儀正しい方だとは思わなかった。本当にありがとう。」
アーロンとソフィアは嬉しそうに笑い、アデリナに口々に感謝を述べた。
「そうねぇ、この子ったら本当に女の扱いがなっていなくてね、あなたに酷いことしていないかしら?」
「ダミアン様は大変優しくしてくださいます。酷いことなんて一つもありません。」
「本当かな?言わされてないか?」
「ちょっと、二人ともアデリナに変なこと言わないでください。」
あまりにも過剰に心配しているように見えた二人とアデリナの間にダミアンが割って入ると、二人は驚いた顔をした。
「あら・・・そう、本気だろうとは思っていたけど本当だったとは意外だわ。」
「母上、本当にやめてくださいね。」
そのやり取りを見てアデリナはほっとした。彼らの言葉には嘘がないと感じた。アデリナが来たことを喜び、気遣ってくれている。
「私たちからもお祝いを。おめでとうアデリナ。」
「アデリナさん、本当におめでとう。」
「おじ様、おば様、ありがとうございます。」
アデリナに声をかけたのはロドリゴ公爵夫妻。エリックとの婚約以降、エリックが亡くなった後もずっと娘のようにアデリナを可愛がってきた。
ミランダのことがなくても、今日ここに来たかもしれないと思うくらいには、アデリナにとってもう一つの家族だった。
「ミランダがお嫁に行って少し寂しいわと思っていたのに、今度はあなたまで。しかもあっという間に。嬉しいけど寂しいわ。」
「本当にな。娘の嫁入りというのは何度経験しても慣れん。」
「本当に、本当に・・・ありがとうございます。」
「バシード家に入っても私たちにとってアデリナが娘の様に大事なのは変わりないから、困ったことがあったら頼るんだよ。」
「はい・・・はい。」
アデリナの頬に熱い涙の筋が何本も走っていく。
「お義姉様」
ミランダがぎゅっとアデリナを抱きしめる。
「お義姉様が幸せで私はとっても嬉しいです。本当におめでとうございます。」
「ありがとうミランダ。私の大切な妹に祝ってもらえて本当に嬉しい。」
「おめでとうございます。アデリナおねえさま。」
ミランダの弟のエンリコがやってきて、小さな白い花のブーケをアデリナに渡した。ミランダと少し年が離れていてまだ十二歳のエンリコはアデリナが綺麗すぎて素直に話すことが出来ず、いつも少し挨拶するだけで逃げるように去って行ってしまった。
そんなエンリコが祝ってくれたことでアデリナの涙腺はさらに緩んだ。
「このお花はエリックお兄様からです。」
「まあ・・・ありがとうエンリコ、エリックからもお祝いしてもらえてうれしいわ。」
エリックが亡くなってずいぶん経ってからエンリコが生まれたが、彼にとってエリックは偉大な兄だった。美しいアデリナから永遠に大切にされている存在というのが神秘的だったのもあるし、ロドリゴ公爵家にあるエリックの勉強記録などをみても優秀なのは一目でわかり、越えねばならない大きな存在のように思っていた。
そのエリックが残した日記をこっそり読んで、アデリナに贈ったと書かれていた野花を摘んでブーケにして持ってきた。
「おねえさまが幸せで僕も嬉しい。おめでとうございます。」
エンリコがそういった時、ほんの少しだけ強い風が吹いた。その瞬間アデリナが手に持っていた野花のブーケから数本の花が風に舞い上がった。
「やっぱりお兄様も祝ってくれてます。」
「そう、そうね。嬉しいわ・・・」
日の光を浴びてキラキラと舞い上がっていく花たちを見て、アデリナはようやくエリックの死を受け入れられた気がした。
そんなアデリナの肩をダミアンはそっと抱いた。
(ありがとうエリック殿・・・見守っていてください)
身内だけの結婚パーティーは使用人たちも含めてワイワイと盛り上がり、途中から領主屋敷近くに住む人達も様々祝いの品を持ってやってきた。
予想以上にたくさんの人がアデリナの結婚を祝いにやってきたので、それらを振舞いながら町中を歩いてお礼をして回った。
ついでにダミアンに領主屋敷の周りを紹介したり、子どもの頃に遊んだ場所を紹介したりしているうちにあっという間に夜になり、パーティーはお開きとなった。
「こんな風にお祝いしてもらえるなんて思っていなかったわ。」
「来年の結婚式は呼ぶ人も多いし大掛かりになってしまうからね、それでもいいけど大切な人たちとゆっくり話ができる機会もあったらいいんじゃないかってエウラリア義母様とミランダが提案してくれたんだよ。」
「そうだったのね・・・私、本当に結婚したのね。」
夜、二人は寝室でベッドに腰掛けながら今日のことを語り合った。
窓からは大きな満月がこちらを覗いていて、月の光に照らされたアデリナは本当の女神のように美しい。
そんなアデリナの銀糸のような輝く髪をひと掬いして、そっとキスを落とすとダミアンはほんの少しだけ涙を浮かべてアデリナを見つめた。
「やっと、君と一緒にいられるようになった。・・・嬉しい。ありがとうアデリナ。」
「私こそ、あなたがいなかったらきっと・・・もっといろんなことを諦めて、死んだように生きていた気がするの。」
細いアデリナの肩を掴み優しく引き寄せてダミアンは自分の肩を震わせた。
「・・・本当に、嬉しい。俺の想いに答えてくれて、ありがとう。」
熱い吐息と共に聞こえてきた涙声に、アデリナもつられて涙した。
「あなたと出会えて、本当によかったわ」
抱き返してきた細い腕を感じて、ダミアンは月の女神を手に入れたのだとようやく実感できたのだった。
お読みいただき本当にありがとうございました。
拙い作品を最後まで読んでもらえてうれしいです。
また別のお話でお会いできるのを楽しみにしております。
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