番外編3 サプライズ(前編)
ほのぼのストーリー
前後編です
ダミアンとアデリナはほかに類を見ないほどのスピード婚だった。通常貴族の婚姻というのはまず婚約期間が最低一年以上、その後に結婚式をして入籍という流れだが、二人は婚約一か月半で入籍した。
あまりに短い期間だったため準備などを考慮し結婚式は一年後にすることにして、アデリナはあっという間にバシード公爵夫人となった。
そこから急いで結婚式の準備に取り掛かった。婚約期間が最低一年というのは、準備に一年ほどかかるという意味でもある。最短期間で準備を行う傍らで、公爵夫人としてのマナーや教養を学ぶ必要があった。そうやって日々忙殺されつつも気がかりなことがあった。ダミアンの両親、つまりアデリナの義父母になった人たちにまだ挨拶できていないのだ。
バシード前公爵夫婦は領地に引っ込んでいて、あまり王都に来たがらない。ダミアン曰く「都会アレルギー」らしい。
アデリナは自分の経歴を義父母に受け入れられるかどうか悩んでいたが、結婚報告への返信には【息子が幸せなら平民でもよかったし年の差五十歳でも離婚歴が何十回あってもよかったから全然気にしないで】というようなことが堅苦しい言い回しで書いてあった。
結婚式にはいくけれど、それ以外は自由にしちゃってとも書かれていたがさすがに挨拶しないままでは居心地が悪い。あちらが無理ならこちらから、とアデリナはダミアンに領地に行きたいと告げた。
「ああ、新婚旅行だね!」
「え?あ、そうかもしれません・・・ね?」
妻を溺愛しすぎている夫は目を潤ませて子どものように喜んでいたのでアデリナはそう言うことにしておいた。
ダミアンが結婚を申し込みにバルドメロ家に来た日から日増しにその溺愛ぶりは加速している。
そして忙しい日々の合間をぬって、入籍から二ケ月経った頃二人は領地へと向かうことになった。
直接向かえば馬車で二日だが、ダミアンが途中に寄りたい場所があると言ったため回り道することになり、そこで二日ほど滞在したいともダミアンが希望を出したので計五日かけた日程となった。
「どこに行くんです?」
馬車に乗り込んですぐ愛しい妻が上目遣いに尋ねたのでダミアンはう゛っと何とも言えないうめき声を小さく上げた。
「君を驚かせたいから、黙っていたいんだけどいいかな?」
サプライズ、というほどではないけれどできればあと二日、丁度日程の真ん中にその場所にたどり着くまでは内緒にしておく計画のためダミアンは必死にごまかした。
結婚を申し込んだ日からアデリナに嘘はつかない、隠し事はしない(汚いこと以外)と決めてその通りにしてきたけれど、今回ばかりは仕方ない。ダミアン一人の計画ではなく、くれぐれも言わないようにと念押しされている。
「そう・・・?わかったわ。楽しみにしておけばいいのね?」
「うん。ありがとう。」
アデリナはまだ控えめではあるけれど柔らかく笑った。婚約破棄が繰り返されていたころとは比べ物にならないほど表情豊かに、張りつめていたものが緩まっているのが見て取れる。それがダミアンにとって震えるほどに嬉しく、日々その変化を温かく観察している。
その様子を見てバシード家の使用人たちはやや冷めた目で見ているけれど、ヘタレ認定していた当主がようやく結婚し、夫人と仲良くしているのを見るのは嬉しいものでもあった。万が一ダミアンの執着が行き過ぎてアデリナが逃げ出したくならないように、万全のフォローをする構えで二人のやり取りを眺めているのが日常だ。
王都からバシード領までのルートをアデリナは知らない。アデリナが知っているのはバルドメロ領に向かう道くらいで、あまり王都から出ることなく生活していたために馬車から外を眺めていてもどこに向かって走っているのかはわからない。
さらに念には念を入れて若干遠回りをするルートを選んでいるので、まさか自分が知っている場所へ向かっているのだとも想像すらしていない。
ダミアンがアデリナに色々とちょっかいをかけることも多いので、車窓ばかり見ていられるわけじゃないことも幸いし、ダミアン他多数の計画は非常にスムーズに運ばれていった。
馬車旅二日目。
あまり外を知らないアデリナとはいえさすがに外の景色に気がついた。見覚えがある・・・気がするけれど、確信が持てない。
少しでも情報を得ようと外を見てきょろきょろしている姿をダミアンは微笑ましく見守った。
「何か興味深いものはあった?」
「そうじゃないのだけど、なんだか知っているような気がするの。気のせいかしら?」
「うーん、どうだろうね。」
アデリナはちょっと不安そうにダミアンの顔を見上げたり、もう一度外を眺めたりとせわしない。悪いことをしているわけじゃないし確実に喜ぶだろうと思っていても隠し事というのは胃に悪い。特に今回はダミアンにとって頭が上がらない人たちと協力していて気が抜けない。
御者席にいる従者がこんこんと前方にある小さな窓を叩いた。限りなく小さかったのでアデリナは気づいていない様子だ。これはそろそろつくという合図。
ダミアンはアデリナを抱きしめた。ここから先は外を見せないようにするのがダミアンの最後の任務である。
「どうしたの?」
「外ばっかり見てて寂しくて。そろそろ俺に構ってほしいな。」
ダミアンの腕の中にすっぽり収まったアデリナの顔はみるみる赤くなっていく。入籍して二ケ月、婚約期間を入れても三カ月半という短い期間しか一緒に過ごしていない。お互いそれなりな年齢ではあったがこれほど密着するような行為をし始めたのは入籍後から。特にアデリナはそれまで家族以外の男性と触れ合うのは婚約者にエスコートされる時かダンスの時、もっと親密な意味で抱き合ったのは、エリックとハグした四歳頃までさかのぼるくらいしか経験がない。
二十歳で捨てられ令嬢とも揶揄されたアデリナは、ものすごく初心だった。それが何とも言えずダミアンを掻き立てる。
ダミアンが真っ赤に染まったアデリナの耳朶にキスをしてそのまま首筋に顔を埋めていこうとすると、アデリナの心臓は破裂しそうなくらいけたたましく鼓動し始めた。
今回の旅行では侍女たちは別の馬車で荷物と共に移動しているので馬車内には二人きり。その事実がアデリナをさらに追い詰めていく。
「は、はず、恥ずかしい、です。」
「どうして?誰も見てないのに?」
「誰も見てなくてもです!」
「・・・昨日の夜もっと激しいこともしたのに、今はダメ?」
ひゅっとアデリナの喉が空気を吸い込み小さな音を出した。目は潤み、視線はさまよいながらもダミアンを捉えている。
可愛い、可愛い。どれくらい脳内でそれを繰り返したかわからないけれど、一瞬ごとにアデリナの可愛さは更新されていく。ダミアンはこのまま全部食べつくしたいような気分になった・・・が、計画はそれを許してない。
首筋に触れて、小さなリップ音をいくつも立ててからようやく腕の力を緩めるとアデリナははぁはぁと肩で息をしていた。
「もう、やりすぎです!」
力なくぽかぽかとダミアンの胸を叩いて抗議する。ダミアンはあまりの可愛い行動にどうしたらいいかわからずただにこにこと殴られ続けている間に馬車はゆっくりと速度を落としていった。
止まりそうなくらいゆっくりになってきたところでアデリナは少しだけ冷静を取り戻した。
「そろそろ目的地ですの?」
そう言いながら手櫛で乱れた髪を整えて襟やスカートのチェックをしていく。
「うん、そのようだね。アデリナ、驚かせたいから扉が開いて合図するまでこっち見ててくれる?」
アデリナはここがサプライズポイントだと思い、何かプレゼントでも用意しているのかしら?それとも絶景が見られるのかしら?と考えて少し首を傾げた後「ええもちろん。」と飛び切りいい笑顔で頷いてじっとダミアンを見つめた。
馬車が止まり、扉が開けられた音がした。ダミアンは外を確認したあと、アデリナを見つめてほほ笑んた。
「さあ、振り返ってごらん。ゆっくりね。」
次の後編で完結となります。