1
いろいろ試行錯誤しながら書いています。拙いですが楽しんで読んでもらえたら嬉しいです⸜( •⌄• )⸝
アデリナ・バルドメロは月の女神のように美しい捨てられ令嬢である。
八度の婚約破棄をしてもその美しさは陰るどころかより一層輝きを増している。
ここ数年、ファラムンド王国で開かれる夜会で半ば挨拶のように使われている話題と言えば、捨てられ令嬢と揶揄されるアデリナ・バルドメロの数度にわたる婚約破棄のことだった。
誰しもがアデリナに瑕疵がないことを知っている。バルドメロ伯爵家だけでなく相手方もその事実をきちんと公表しているからだ。しかし噂というのは事実ではなく面白さに重点を置いている。
八度も婚約破棄をしたのに、瑕疵がないことがおかしい。それは確かにそうである、と誰でも頷いてしまう。だからこそその理由を面白おかしく騒ぎ立てるのだ。
(もうどうでもよくなってきたわ・・・)
夜会に参加するご婦人やご令嬢たちはそれほどアデリナにちょっかいをかけてくることはない。アデリナは月の女神と呼ばれるほど美しく、ただ黙って立っているだけで妙な威圧感を放っていた。そのせいで嫉妬心を通り越して敬遠されていた。
女性たちはそんな美しいアデリナの面白おかしい噂を扇で隠した口元で囁いて楽しんでいるだけ。実際に妬みのようなものはほぼほぼ抱かれていなかった。あまりにもアデリナが美しいのに可哀想であったから、表情もなく夜会をただ見つめるだけのその姿は限りなく不幸に見えていたから。だから遠巻きに見て、噂を楽しむだけに留まっていた。
距離をとられていることはアデリナも重々承知で、理由はわかってはいないけれど直接何か不都合があるわけではなく、じろじろ見られるのは不快なものの、ひどくなじられることもないし気を使った会話を繰り広げなくてもいいので、まだ気楽だった。
ただ、男性たちの中には美しいアデリナが何度も婚約していることにあらゆる意味の興味を抱いていて、あれやこれやと声をかけてくる。体にべたべた触ろうとし、時には”休憩室”に連れ込もうとしてきたり。それを躱す技量を持っていても、頻繁にそういう事態に陥るのはとても面倒くさい。
それでも夜会に出ないといけない、とアデリナは思っている。家族の誰もがそれを強要していないのに、次こそ結婚しなければと強迫観念に囚われ気味になっている。三か月前の八度目の婚約破棄の後からこれまでの破棄の後と同じように夜会に足繫く通っていた。
それまでは興味本位だったり、潤っているバルドメロ家に支援を受けようとしてだったり、いろんな理由でアデリナに婚約を持ち掛けてくる人がいたけれど、さすがに八度ともなるとそういう人もいない。
つまりアデリナは自分から話しかけに行かなければならず、そう思って勇気を出して輪の中に入ろうとしてもクモの子を散らすように人が引いていってしまう。
そしてまた遠巻きにじろじろと見られるのだ。
儚げな見た目に(父曰く大きく)反してさっぱりとしてやや気の強い性格のアデリナであっても、さすがに疲れを感じるようになってきた。
(修道院に入ったほうが良いかもしれないわね。こんなに誰とも話せないのなら婚約なんて絶対無理だもの。)
今日もアデリナを囲むように綺麗にドーナツ状の空間が出来ている。距離を開けられているのは重々承知で夜会に来たけれど、こんなにあからさまでは万が一アデリナに興味を持つ人がいても、声をかけづらいだろう。
もう、そんな人はいないでしょうね、と心の中で自嘲気味に笑うと、主催の公爵とその夫人に挨拶をして早々に会場を後にした。
「失礼ですがアデリナ様、もうお帰りでしょうか?」
馬車が来るまで女性用控室で待つこともできたけれどさっさと帰宅したかったアデリナが外で待っていると男性が声をかけてきた。
不審に思って確認すると、見覚えがあった。その人はバシード公爵家の若き当主、名前はダミアン。曾祖父と同じ名前である彼のことはアデリナの記憶に確かにしっかり残されている。
あまり夜会に参加することのないダミアンはアデリナの五番目の婚約者の友人で、その人と婚約していた四年前に一度だけ紹介され会話をしたことがあった。
当時はまだ当主ではなく騎士団に所属し日々訓練に励んでいるせいか綺麗な顔にいくつもの切り傷を作っていたダミアンは、四年でずいぶん貴族らしい貫禄を手にしていた。
「バシード公爵様、でしたわね。ええ、帰るところですの。」
「覚えていてくださったんですか・・・?」
「もちろんですわ。」
「それは・・・その、嬉しいです。」
ダミアンは一瞬横を向き、にやけてゆがむ口元を押さえた。それは本当に嬉しくて照れてしまったのを隠しただけだったけれど、アデリナはそう思わなかった。
(捨てられ令嬢に声をかける賭けをしてるのね・・・最悪)
アデリナがそう思ったのは決してダミアンやバシード家に悪感情を持っていたわけではない。今までも何度も同じ目に合っているからだった。婚約相手を探しに来ているアデリナの都合を知ってか知らずか男たちは声をかけ、アデリナがデートの誘いに乗ってくるかどうかを賭けるのだ。そして仕掛け人として声をかけてきた男性は自分の見目や家名に大いに自信があるため大体誘いに乗るほうに自らも賭けていて、アデリナが丁寧な受け答えをしただけでも思わず勝ちの喜びで笑いがこみあげてきてしまうのだ。
何度も何度も、同じような人を見てきた。ある種の度胸試しのようなものに使われていたせいで、そういう令息は後を絶たなかった。
そのたびに、私があなたたちに何をしたというのだろう、と悲しくなり心が冷えていくのを感じていた。
破棄に至った理由は八度全て別であるけれど、一度としてアデリナは相手を謀ったこともなく、真摯に関係を築いて行こうと自分なりに努力してきたつもりだった。
それでもいろいろな理由から婚約はうまくいかず、破棄され、そしてアデリナは笑いものになる。そんな自分がみじめで、情けなかった。
婚約していた相手はすでに別の婚約者がいたり結婚した者もいて、破棄した時期はそれなりに噂されていたが、時間が経てば忘れられていき、今となっては名前が話題に出ることも殆どない。
破棄のことで笑われるのは、ずっとずっとアデリナだけだ。
それがアデリナの心を酷く冷たくさせていた。
「久しぶりにお会いできてうれしいのでぜひ一曲と思ったのですが、お帰りになられるのなら送りましょう。」
「結構ですわ。すでに我が家の馬車を呼んでおります。」
「そう、ですか・・・。帰り道をご一緒しながらあなたとお話したかったのですが残念です。もしよろしければ明日にでも食事に行きませんか?」
「せっかくのお誘いですがお断りいたしますわ。」
やっぱりそう来たか。アデリナはがっかりした。
四年前のダミアンはとても堅実な青年だった。騎士として邁進することを固く誓い、日々そのために研鑽を積んでいた。お茶会の中でも浮ついた会話や態度はなく、真面目な人だと思った。その時の婚約者、つまりはダミアンの友人でもあった彼は少しお茶目な印象だったのでその対比が面白かった。
その日、そのお茶目な婚約者はそんな可愛い形容詞で済まされないような常識外れの行動をとったのだが、ダミアンはそれを問い詰めたり責任をアデリナに押し付けることもなく、怒りもせず不機嫌にもならずアデリナを気遣いながら会話をして、スマートに家まで送り届けてくれた。アデリナにとってダミアンは真面目で気づかいの出来る優しく素敵な人、という位置づけになっていた。今この時まで。
丁度馬車が来たので御者をしていた従者にエスコートされながら乗り込む前に一度だけダミアンを見た。
「賭けに負けてしまって気落ちされているときに申し訳ありませんが、もうこのようなお遊びはやめていただけますか?是非お友達にもそのように。それではさようなら。」
「え?アデリナ様、いったいどういうことでしょう?」
「わたくしはもう疲れたのです。・・・すぐに出してちょうだい。」
ダミアンはわけがわからずアデリナを追いかけようとしたが、アデリナが言う通りすぐに馬車の扉は閉められ、あっという間に走り出してしまった。
「せっかく会えたのに・・・遊びってなんだ?」
取り残されたダミアンの呟きはアデリナの耳に届くことはなかった。