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6 この旦那様、生活能力が高すぎる

 朝……というよりも昼過ぎに起きた私は、よほど疲れていたのか、中々起き上がれずに苦労した。


 ベッドの上でいつまでもだらしなくしているわけにもいかないので、恥ずかしながら侍女に身体を起こしてもらい、背にクッションを詰めて起き上がって水を飲んだ。


「……!」


「美味しいでしょう? 奥様、この領地の水は地下水を汲み上げて濾過しているのでとても冷えていて美味しいんですよ」


「えぇ、王都の水とは味が全然違って……驚いたわ」


 昨日、馬車の中でご馳走になった物もとても美味しかったが、限界の空腹でなくともこれだけ水が美味しいとは思わなかった。


 そういえば、下にも置かない扱いで迎えられているけれど、果たして私が忌子だという事は使用人にまで伝わっているのだろうか。


 私から勝手に打ち明ける訳にもいかないし、かと言って身の回りのお世話をしてくれた人たちが後でショックを受けるような事は避けたい。


 せめてヘンリー様に尋ねてから、私付きは嫌だと言われたら外れてもらおう。ある程度のことは自分でできるように躾けられてはいるのだから。


 楽だが上質なブラウスとスカートに着替え、簡単にお化粧を施してもらい、傷の手当てももう一度してもらった頃、ヘンリー様が部屋に訪れた。


「入っていただいてください」


「畏まりました。……あの、奥様。旦那様は本当に素晴らしい領主様ですから、誤解なさらないでくださいね」


「? は、はい」


 こっそりと侍女に囁かれて小さく返すと、中から扉を開けた途端、ヘンリー様がワゴンを押して中に入ってきた。


 寝室とはいえ、ベッドには天蓋がかかっているし、鏡台や姿見の他に、書き物机や応接用のソファやテーブルもある。クローゼットもウォークインなので、生活感の出るような部屋ではない。


 身支度も整えた所なので恥ずかしいこともない。私は前で手を重ねると丁寧に礼をして出迎えた。


「そんな堅苦しくしないで。朝ごはんを作ったんだ、よかったら一緒に食べよう。僕は昼ご飯だけどね」


「……失礼しました。何か聞き間違いをしたようです。朝ごはんを……作った?」


「そうだよ。これでも料理も洗濯も得意なんだ。あ、いや、女性の衣類を洗ったりはしないからね?」


 聞き間違いではないようだ。


 普通、ご飯は『用意させるもの』であって主人が手ずから作る物ではない。使用人の仕事を奪うことになる。示しもつかない。


 が、ヘンリー様は実に朗らかだ。手作りのパンケーキにソーセージを焼いた物、目玉焼きにサラダ、新鮮な果物。オレンジジュースとヨーグルトもある。ジャムも載っているが、もしかしてこのジャムもヘンリー様の手作りだろうか?


「座って。一緒に食べよう。紅茶は淹れてくれるかな?」


「畏まりました」


 侍女に頼みながらせっせとワゴンからテーブルに料理やグラスを移していく。


 自分を取り戻して対面に座る頃には、もうすっかり支度ができていた。


「いただきます」


「はい、僕もいただきます」


 食事の間も口に合うか、卵の焼き加減はどうかと好みを聞かれたり、好きな料理や嫌いな料理はあるかと何かと話しかけてきた。


 私はといえば、なんだかんだいってこんなに堅苦しくなく、それでいて人間らしい食事を温かいうちに食べられる喜びに、胸を詰まらせていた。


 ヘンリー様の優しさが身に染みる。私よりずっと料理がうまい。私は……料理もお茶を淹れるのも禁じられていた。忌子だから、他人の口に入るものを作ってはいけないと。同時に、忌子だからという理由だけで誰かに殺される可能性があると、毒見の済んだ冷めた料理を口にする事が多かった。


 ヘンリー様の手作りならば毒入りではないと信じられる。成人した女性を嫁にもらっておきながらすぐ亡くなったとなれば、病の療養に行ったのにヘンリー様にあらぬ疑いがかかる。


「この部屋のシーツも僕がノリをきかせて洗ったし、部屋の掃除も僕がした。居心地はいい?」


 私は長らく愛想笑いばかりしてきたが、この時だけは違った。


 心からの笑顔をヘンリー様に向けると、目を細める。


「はい、とっても。とっても、ここは、居心地がよいです。ありがとうございます」

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