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19 その顔を見る為に鍛えてきた(※ヘンリー視点)

 王都には、管理人とメルクール以外には何も言わずにそっと向かった。ちょっとその辺の見回りをしてくるというような風体で、途中までは走り抜け、途中からは乗合馬車に乗った。


 走った方が早いが、人目に付くところで目立ってしまっては意味が無い。僕は、グラスウェル領から出ないことを条件に殺されないでいるだけだ。


 とはいえ、メルクールに言ったことも本当で、僕を殺せるような人間がこの国にいるとは思えない。


 数で来られても僕が逃げられないような数千から万の軍勢ならばともかく、何十人、何百人までなら躱せるだろう。それに、そこまで派手な真似をすれば、僕の血縁上の父親……国王陛下自らが後ろ暗いことを隠していることがバレてしまう。


 となれば毒だが、僕は自分で狩りをして、自分で作ったものしか、領の外では食べない。


 その為に家事全般を叩き込まれた。衣服に染み込ませる毒、料理に入れる毒、部屋の違和感に気付くための掃除に整理整頓。なんでも自分でできなければ、義父上も安心できなかっただろう。


 そして、領を任される程、僕は義父上に似ていた。若かった僕が今のように一人で狩りができるようになる前に、無謀をしなければ……義父上はもっと長生きしただろうに。


 僕は自戒も込めて、義父上の生き方をなぞってきた。これはまた、メルクールと式を挙げる前にでも義父上の墓の前で告白しよう。


 メルクールが忌子の呪縛から少しずつ抜け出していっていることに、僕は安心している。そして、どうしようもない愛おしさを感じていた。


 貴族の令嬢が、あんな罪人のように扱われ、傷だらけの汚れだらけで、ほとんど飲まず食わずのボロボロの状態で領の平野に一人立っていた時、まるでこの国の呪いを体現したような、人間味のない人形を見ているようだった。


 この人形を始末すれば、この国は何の災いも無いといわんばかりの、因習による呪いを一身に受けた人形。


 けれど、食事をした。人間だったと分かり、手当をして、少しずつ会話と生活を共にして、見る間に変わっていく姿に、惹かれた。


 メルクールを今更手離す気はなかったし、本当はそのまま王妃になってくれれば、なんて考えていた自分を恥じた。


 幸せにしたいと強く願った。そして、僕は今、彼女を解き放つために最後の呪いを解くために、王都の前に立っている。


「……待っていて」


 それはメルクールへの言葉だったのか、顔をしらない自分の親兄弟への言葉だったのかは、僕にもわからなかったけれど、自然に口を突いて出た。


 王都はグラスウェル領よりも警備が甘い。魔物に備えたあの堅牢な壁と、平和な国の中心にある都では差があって当然だ。王城に忍び込むのは、想像以上に安易だった。


 城の見取り図は無いが、そこで育った義父上からの教えは……万が一の時の為に教えられていた……たった20年程で変わることはなく、僕は誰に見付かる事もなく、国王陛下の執務室へと忍び込む事に成功した。一階から城の壁を登り、三階にある左から三つ目のベランダまで壁を登り、そして、夜風を入れる為に開いていた窓に気配なく立った。


 執務机に向かっている背中はやはり義父上に似ているが、義父上に比べるとなんとも頼りなく、そして、怯えているように見えた。きっと、他の人には感じ取れない、魔物と命のやり取りをしてきた僕だから分かる怯えの匂い。


「こんばんは、おとうさん」


 自然に微笑んで話しかけていた僕に、驚いて振り返った国王陛下の顔が、別の驚愕に歪む。恐怖も浮かべていた。実の息子に対してあんまりだが、声を発さなかったことだけは褒めたい。


 僕を殺すのなら秘密裏に、そして、王都の誰にも気付かれないようにしなければならなかった。けれど、ここは王城だ。侵入者を殺せ、と叫ぶのもいいだろうが、きっと、因習にとらわれ過ぎている国王陛下にとっさにそれはできなかった。


 だって、本当の忌子は21年間、この城で自分の唯一の息子として育ててきたのだから。


 最初で最後のチャンスを失った国王陛下に、僕は、弟と陛下との面会を申し込んだ。


 用意していた、2枚一組の誓約書にサインをもらうために。

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