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18 本当の『忌子』

「僕にヘンリーという名前を付けたのは義父上で、僕は物心がつく前……もっと言えば、生まれたその場で、義父上に王城から貰われた。奪われたと言ってもいいかもしれないね。そもそも、王室で双子だなんて……本来ならばあってはならないからね。このことを知っているのは、もう、僕と、国王陛下だけ。王妃様も知らないよ、赤子を産んですぐの王妃様は、因習通りに『弟の僕』が殺されたと思っている」


「一体何故……何が、どうなってそんなことに? だって、ヘンリー様は……双子の、兄、なのでしょう?」


 私はまだ頭が混乱から抜けきっていなかった。どうして、双子の兄であるはずのヘンリー様が辺境伯に引き取られ、その上、今となってはこの領は王都から煙たがられ、王都に入る事すら許されていないのか。


 だけれど、その理由がこれならば納得がいく。そして、髪の色と、目の色が、全くそっくりなことにどうして私は気付かなかったのだろう。


 ヨルング王太子殿下と、そっくり同じ髪と瞳。顔の造作はそこまで似ていないけれど、歳も同じ。


 自分が例外だと思っていた。生きながらえたのは、自分が駒として使われるためだと。


「そもそも義父上は陛下の実の弟でね。大公の位も持ってはいたけれど、とびぬけた身体能力と身体強化の魔法で、僕らが生まれる前は結構な農作物や田舎の村や集落が被害に遭っていたこの国境近くの領主になる事を選んだ。辺境伯として、元は直轄地だったこの地を継いで、もともとは仲が良かった国王陛下の子供が生まれると聞いて王都に行った。――このグラスウェル領の安全を整え、隣国からの冒険者を積極的に受け入れて……この屋敷にひっそりと残されていた前に見せた治療記録。あれを見つけていたから、因習に対しては忌避感を持っていた。少しずつ、隣国の人間を受け容れることで、領民からも忌避感を取り除いて行っていた所だった。国全体は難しくとも、ってね」


 ヘンリー様の人柄からも分かる。前代のグラスウェル辺境伯はきっと優しい人だったのだろう。優しくて、強くて、そして賢い人だ。


 徒に真実を公表したところで国全体に長くに渡って染み付いた因習は取れはしない。だから、まずは手の届く範囲から、少しずつ訴えかけた。領民に、隣国にそんな因習は無いという話を自然に受け入れさせるために、隣国の人間を領の中に呼び込み、常識を少しずつ塗り替えようとした。


 もしかして、隣国と仲が悪いということも、代々の国王陛下がそう国民に思い込ませていただけなのかと思ったが、今はヘンリー様の話に集中しなければ。


 本来の目的である国内の安全のための魔物狩りというのもこなしながら……だから、このグラスウェル領では、領主の仕事は運営ではなく魔物狩りにあって、領を盛り上げるような催し物になっている。


 隔月に一度の頻度で行われる収穫祭。祭りで、あれだけ領主が派手にやれば、領の運営が領主に任された代行者でも誰も文句は言わないだろう。


 安全の確保として、魔物達にとっては定期的に現れる魔物にとっての脅威。それが、あの巨大な城壁だけでなく、魔物からこの領を守る礎になっている。


「そんな考えで兄の子が生まれる場に立ち合いにいったら、双子だった。そして、『兄である僕が小さい』赤子だった。目を離せば死んでしまいそうな、ね。だから、国王陛下は僕を下の子として殺そうとした。それを掻っ攫ったのが、僕の義父上だ。それからは陛下と義父上の仲は険悪になった。何せ、国王陛下の最悪の弱味を義父上は握ってしまったから」


「ただ……目の前で、赤子が殺されるのを、よしとしなかった、だけで……」


「そう、この国では殺して当たり前だからね。大体、双子の『下の子』だなんて、どっちがどっちなんだか訳がわからないでしょう?」


 言われてみればその通りだ。二人産んだ、と母親に自覚はあったとしても、見た瞬間に先に生まれたのはどちら、というのはわかるはずがない。


 因習自体に穴がありすぎる。本当に、最初は口減らしの為、そして、乗っ取った国の人心掌握の為の嘘が、こんな未来まで続いているとは当代の王にだって分からなかったことだろう。


「国王陛下は本当の歴史を知っている。たぶん、僕の弟……なんだっけ、ヨルングだったかな? も、知っている。でも、ヨルングは自分が『忌子』だとは知らない。国王陛下は義父上を辺境に縛り付けるお触れを出して、義父上はわざわざ国内が混乱する真似はしなかった。まずは、奪い取って助けた僕を生かして、育てる必要があったからね」


 その先の話は、予想通りであり、やはり衝撃的でもあった。


 隣国からの技術と医療の導入でグラスウェル領では肥立ちの悪い子を育てる技術と知識、清潔な上下水道の徹底、王都より進んだ医学があった。ヘンリー様のお義父様は、万が一の為に連れてきていた医者にこっそりヘンリー様の面倒を見させながら、領へ急ぎ帰った。そして、ヘンリー様が無事大きくなった後、真実を話して聞かせ、体を鍛えさせた。健康のためだったが、ヘンリー様もまた、人間離れした身体能力をやがて発揮したという。


 そして、今。


「最初は何の冗談かと思ったよ。王都で、忌子が生き残っているなんて、って。最初っていうのは、グラスウェル領に、君の家の使用人や乳母だった人たちが何人か逃げて来た時。……殺されてしまった人もいるけれど、市井でちゃんと生活している。僕はその頃、10歳くらいだったかな……、それが、まさか、ねぇ? 僕と、義父上と、国王陛下しかしらない『王家の忌子』と婚約してるだなんて」


 風の噂で聞いた時には驚いたよ、と言ったヘンリー様の顔は、なんとも言えない表情をしていた。


 陛下はまだご健在で、どちらかといえば若い。お義父様が何故亡くなったのかは、今、口を差し挟む余裕はない。


 だって、ヘンリー様の顔が、ゾッとする程美しく、そして恐ろしい微笑を浮かべていたから。


「誰でも考えることは一緒なんだと思った。人を減らすための口伝、なら、足りないならば別の嘘を吐けばいいと考えるのだと。僕はね、君の存在を知ってからずっと、君に思いを馳せていた。君が王妃になったら、と。そしたら……真実を少しずつ広めてもいいかもしれないと。何年という話じゃなく、何代もかけて、だけれどね」


 私は、初めて真実の歴史を知った時のように乾いた口で少ない唾を飲み込んだ。緊張と、動悸と、目の前の美しい、形容し難い表情から目が離せない。


「だけど、君の姉が台無しにした。……僕は、一度王都に『忍び込んで』くるよ。君を王太子妃候補としてありがたがっていた王室も、駒として使おうとした公爵家も、君を罪人のように扱って僕の元に運んできた。僕はこの領で育ったから、あの時は本当はすごく、すごくびっくりしたんだ。因習を『現実』として目の当たりにしたのは初めてだったからね」


 私は、おやめくださいとも、お願いしますとも言えなかった。何かヘンリー様の行動に、私が訴えかけることなどなく、する権利もなかった。


「メルクール、もう終わりにしよう。すぐには変わらないかもしれないけれど、僕は、最後通告をしに行ってくる。君という体現者を見て、僕は決めた。僕は、君を、愛している。愛しいと思う。この国で『忌子』とされる人たちだって、本来そういう未来があるし、あったはずだった。だから、……君のように忌子として『生きた』人間が、ちゃんと幸せになれるのだと確信したから、……ごめん、うまく言えないんだけれど」


「いいえ」


 私は、首を横に振った。


「いいえ、ヘンリー様。私には、分かりました。……また、壁の前でお待ちしています。どうか、生きてお戻りくださるように」


 掠れた声で必死に告げた言葉に、ヘンリー様はただただ優しいばかりに笑って首を傾げた。


「さて、あの大蛇程の強敵が王都にいるとは、僕には思えないんだけれどね」


「それも……そうですね」


 茶目っ気たっぷりに告げたヘンリー様と少しだけ笑うと、私たちは真剣な目で見つめ合ってから、そっと抱きしめあった。


「……ご無事で」


「うん」

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