16 『収穫祭』
「メルクール、ただいまぁー!」
大きな声で叫ぶヘンリー様はまだ遠くに見えるのだが、後ろで兵士と冒険者と一緒に牽いている即席の荷車のような物に乗っているのは、まるで小山のような大きさの大蛇……のように見える。
それにしては背中に馬の鬣のような毛が生えている。まだ小指の先程の大きさのヘンリー様に対して、壁門の前でこれだけ詳細に観察できる魔物は、比べて見ても本当に大きい。
私を先頭に、後ろで領民が老いも若いも男女も問わずに仕事を放り出して待ち構えている。何人かの男性は、荷を引くのを手伝いに行った。
「今日は収穫祭だな!」
「こうしちゃらんねぇ、包丁持って来い、包丁!」
「火を起こすぞ!」
「酒屋は倉庫も空っぽにしろ! 金は後でまとめて払うぞ!」
「よしきた!」
背後も大騒ぎだ。これだけ大きな獲物はそうないですよ、と一緒に居てくれたルルーが喜びながら教えてくれる。
先に聞いてはいたけれど、本当に山のような大蛇だ。それがどんどんと近付いてくる。
お腹いっぱい食べられる格好で、と言われたので締め付けのないワンピースにブーツという、街に降りる時の格好で待っていたが、ヘンリー様が先んじて駆け寄ってきて、そのまま私に抱き着いたのには驚いた。
不潔な匂いはしないけれど、こんな風に人に抱き締められたことがない私はびっくりして固まってしまった。
そんなに強く抱きしめられている訳ではないし、私はただ、固まって、それからそっとヘンリー様の背中に腕を回した。
「おかえり、なさい。おかえりなさい、ヘンリー様」
ようやくそれだけ言うと、彼は面白そうに少し体を離して、高い位置にある顔で私の顔を覗き込んできた。
今、自分がどんな顔をしているか分からない。けれど、ヘンリー様が笑っている。
それにどうしようもなく安心し、帰って来てくれたことが嬉しいと思って胸が温かくなる。
「ただいま、メルクール。さぁ、これからお祭りだけど、元気でいたかな?」
「はい。ヘンリー様の無事を祈りながら、毎日街を歩きました。とても元気ですよ」
「よかった。じゃあまずは、解体ショーだ。広場でやるよ、メルクールも見てて」
「? はい」
見てて、とはどういう意味だろう。
もしかして、解体はヘンリー様がするのだろうか。
不思議に思っていると、周囲の人ににやにやと生暖かく見守られていた事にはっと気づいた。
ヘンリー様は気にも留めずに私の手を引いて街の広場に向かう。ちょうど大蛇と、その後ろに山と積まれた他の魔物があったのにはそこで初めて気づいた。大蛇の影に隠れて見えていなかったのだ。
これだけあれば、確かに領民全員でお祭りしても食べきれない程の量にはなるだろう。
そして、間近で見た大蛇の魔物はとぐろを巻いて荷車に載せられていたが、その体の大きさはヘンリー様の頭上よりずっと高い位置にある身体の上部を見ても分かる。
その荷車は、いくつもの木を切り倒して枝を払ったものを縄で結びつけた即席の荷車で、下にも丸太を置いて山から転がして来たようだった。ずれないように横と後ろにも人がいて、押したり支えたりしながら運んできたものが、巨大な門に吸い込まれていく。
そのまま広場まで、街の人も手伝いながら運ばれていくと、何故か大きな台のような石が積んである。そこにも、特に太い丸太がどこから出てきたのか運び込まれ、台に斜めに立てかけられていた。
広場に皿代わりの布が敷き詰められ、人は隅に追いやられている。私も手を引かれて隅に立つようにヘンリー様に言われ、布近くの最前列にルルーと立っていた。ヘンリー様は奇妙な台の手前に立つと、両手を広げる。
「さぁ、収穫祭を始めるよ!」
「領主様ー!」
「見事な解体、楽しみにしてますよ!」
領民の全てが集まっているような場所で大きな野次が飛ぶ。
大歓声の中、荷車を引いて来たり手伝っていた男性が、せーの、と野太い掛け声をかけて台座に引っ掛けた丸太の反対側に一斉に飛びついた。
いくら巨大な大蛇とは言え、何十人もの男性がいきおいよく台を挟んで反対側に飛びついたのだ。
即席の荷台は勢いよく空に向かって大蛇を投げ飛ばし、それに合わせてヘンリー様が飛び上がった。
私は目を丸くしてそれを見ているしかできなかった。
建物の二階よりも高く飛び上がったヘンリー様は、片手に剣を構えている。飛び上がった大蛇の腹を、鱗の隙間を狙って腹から開き、骨の間についた身を削ぎ落した……のだと思う。
あまりにも非現実的な運動能力と素早い剣捌きに、私の目は全くついていけなかった。ただ、ヘンリー様が本当に楽しそうに……笑っている顔だけはよく見えて。
気付けば、広場いっぱいに敷かれた布の上に大蛇の身が綺麗に切り身になって落ちていた。
その中央に落ちてきたヘンリー様は綺麗に着地をすると、剣を鞘に収めて一礼する。広場中で、わぁっと歓声が沸いた。
「すごい……」
「えぇ、本当に。何度見ても旦那様の解体はお見事です」
「……あの方は、野獣ではないわ。美しい……とてもきれいな、獣……」
野獣というにはあまりにも鮮やかで、人と言うには野趣に溢れ、何か神聖なもののように見える。
けれど、ヘンリー様が礼を終えて顔をあげた時に、真正面に居た私に見せた笑顔は、本当に優しい微笑だった。
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