15 見知らぬ再会
「メルクールお嬢様、ですか……?!」
それは、市井のマーケットを見て歩いている時のことだった。
護衛と侍女に囲まれた私は、銀髪に紫の目という、貴族特有の配色のせいですぐに分かったのだろう。
この国では、貴族に金髪や銀髪、瞳の色は青、赤、紫、という色の人間が生まれやすい。
逆に市井には茶色や赤毛、ブルネットや黒髪が多く、瞳の色も珍しければ緑で、他は茶色や黒、灰色という配色の人間が多い。何故かは、わからないけれど。
だから、私が「お嬢様」と呼ばれることには何の不思議もなかったし、領主の嫁としてメルクールという貴族の子女が嫁いできたのも知られていることだろうけれど、メルクールお嬢様、というのは仕えたことがある、ないしは、仕えている人の呼称だ。
まして、この領に来てからの私は「奥様」だ。そんな呼ばれ方をする所以は無いし、何だろう、と思って静かに足を止めて振り返った。
声を掛けてきたのは中年を少し過ぎた女性で、ふくよかな体躯をシンプルな服に包んでいた。私のお母様より5つか6つは年上だろう。
泣きそうな、複雑な表情をして私を見ていたが、私には彼女の表情の理由が分からない。そもそも、振り返ったはいいが知らない人なのに変わりはない。
「わ、私は以前、お嬢様の乳母をしておりました。命を狙われて……家族ともども、なんとかこのグラスウェル領で匿ってもらい……あぁ、何からお話したらいいのか」
私の顔色がさっと変わった。血の気が引いたのが自分でも分かったが、ここでは忌子の風習は無いのだと自分に言い聞かせて呼吸を整える。
「どうしましょう、どこかで……話を聞きたいのだけれど、それは話しても、あなたの命には関わりが無いことかしら。ごめんなさい、私はあなたのことを覚えていないから……」
「いいえ、いいえ。いいんです、私もここに来るまでは忌子の風習に囚われていましたから。警戒されるのも分かります……あぁ、生きていらして、本当によかった……」
泣きながらそんな風に私を言う見知らぬ女性を悪いようにもできず、私はどこか座れる所に移動しましょう、と言って道端のベンチに向かった。
護衛や侍女に隠すことは無いので(何せ、見知らぬ女性だ)側にいてもらい、よく冷えた果実水を飲みながら、ゆっくりと話を聞いた。
アルトメア公爵家では、私とブレンダが生まれた時に働いていた使用人から産婆、乳母に至るまで、少しずつ時間をかけて『処分』していったという。双子のうち、あまり生育のよくない私を担当していた乳母が彼女で、その真実に気付いてすぐに逃げ出したらしい。
忌子の世話をしている分お給金もよかったらしいが、それも全て殺してしまえば……存在を抹消してしまえばアルトメア公爵家に少しは戻ってくる。
逆に、殺してしまわなければ永遠に高い給料を払って、口止めし続け、さらには脅された時にはもっと金を積まなければならない。
ならばいっそ殺してしまえばいい、と、少しずつ、少しずつ、私とブレンダの出産と育児に関わった人間が消えていったという。
なんとか助かりたくて、夜中に家族を連れて王都を出て、歩いて次の街で馬車に乗った時に、グラスウェル領の話を聞いてそこに逃げこんだらしい。
這う這うの体で命を守って欲しい一心で、なんとか壁を越えてヘンリー様のお父様に御目見えし、全てを話し、匿ってもらったという。
しばらくは屋敷の使用人として家族で住み込みで働き、ほとぼりが冷めた頃に市井で仕事を見つけて今は幸せに暮らしているとか。使用人として働いている間に、忌子の風習がこの領には無いことも聞いて、でも、と言う度にそこは怒られたそうだ。
すっかりこの領に馴染むまで、当時のグラスウェル辺境伯も彼女を手元に置いておきたかったのだろう。
悪い噂と言うのはとかく広まりやすい。匿ったのに、下手に忌子の風習が広まるのを避けたかったのだろう。
そして、私の髪と瞳の色、それから、ヘンリー様が自分の奥さん……私のことだ……のことを誰にも隠さなかったので、私を見かけてつい声をかけたのだと。
私は、自分の生家ならそこまでやるだろう、ということを冷静に受け止めながら、体の芯から凍えるような思いをしていた。
忌子というだけで、こんなにも人を死なせ、追いやってしまった自分は、やはり災いの元のような気がする。
「ですが、領主様と……ヘンリー様とお嬢様が一緒になられると聞いて、ほっとしました」
見知らぬ再会を果たした乳母は、自分も被害者だろうに、私に優しい目を向けている。
「グラスウェル領には、王都の追手もかかりませんから。この街は……この領は、この国にありながら、この国の偉い人たちに恐れられているんですよ。理由は知りませんけどね」
お陰で私も安心して生活できています、と言って、女性は家事があるからと去っていった。
一体、私は、どこに嫁いできたのだろう。そう考え込んでしまうが、明後日にはヘンリー様が帰ってくる。
全ては帰ってきてから聞けばいい。
足も大分慣れてきた。きっと、一番外側の壁の前で、彼を出迎えることができるだろう。




