13 『野獣』の本領発揮(※ヘンリー視点)
僕が野獣と呼ばれて王家から忌避されているのには2つの理由がある。
1つはとてもじゃないが誰にも言えない。国家転覆すらあり得る最強のカードであり、下手に使えば僕が殺される最悪のカードだ。
だから、普段は忘れて過ごす。
もう1つの理由は、天性の身体能力の高さと、魔力による一時的な身体強化にある。
明日には一度領を出るので、久しぶりの狩りに備えて今夜は『練習』する事にした。
屋敷が寝静まり、夜の番の兵士と使用人の目を掻い潜って外に出る。この辺は手慣れたもので、もう誰かに見つかることもない。
次に、最初の壁に向かう。真上に首を見上げるほど高い壁の上には松明が焚かれ、見回りの兵士がいる。門からは離れた場所で夜目に慣らしているが、上の様子はここからでは見えない。
ここで身体強化を使う必要はない。道具もいらない。石を重ねて作った高い壁を、鍛えた指先が僅かな凸凹を掴んで身体を上に運んでいく。
松明の明かりの届かない場所で足音を頼りに、人が通り過ぎた瞬間を狙って飛ぶようにして壁の上の通路に体を運び、通路を蹴って反対側の壁ギリギリに即座に飛ぶ。そして、少し落下したところで壁の突起を掴み、2階ほどの高さまで降りてから地上に降りる。
この壁の先は兵士の駐屯所や兵舎、厩、冒険者用の宿屋や酒場といった戦い慣れた人たちの暮らす場所だ。
足音を立てず、気配を出さずに、そっと裏道を走り抜ける。ここが一番難しい。馬や家畜は気配に敏感だから、殊更気を払わなければならない。
そして2枚目の壁に辿り着くと、1枚目と同じ要領で壁を越える。壁は、外に向かうほど警備が厳重になっている。
壁を越えるのはそう難しく無い。やはり、人間相手より動物の方が厄介だ。
僕は2枚目と3枚目の一番外側にある平民街の裏道を駆け抜けて、一番外の城壁も越える。
松明の数も兵の数も多くて少し時間が掛かったが、問題なく越えられた。
これで完全に街の外だ。夜の平野も森も、魔物と獣の独壇場である。
荷物持ちや素材を分ける為に冒険者と、練度の為に兵士を連れていくが、1番の獲物を狩るのは僕1人の仕事だ。
明日の朝ごはんと、携行食にする為に少し肉でも狩っていくかと、僕は背負っていた片手剣を腰に提げて、森へ向かった。
早めに戻らないと寝る時間が減るので、そんなに森の奥までは行かない。
一本の木に膂力だけで飛び上がって枝に移ると、枝から枝へと四つ足の獣の様に脚と腕を使って飛び移りながら、流れていく景色を見つつ獲物を探して森に入っていく。
帰りは獲物を抱えることを考えると、あまり奥には行けない。この移動に付いて来れる冒険者や兵士はいない。身体能力には飛び抜けて恵まれているし、訓練も怠らないから当然ではあるが、他人に言わせれば「それは人間離れしているというんだ」と言われてしまう。
歴とした人間なんだけどな、とそのたびに肩をすくめているのだが、やはり聞き入れては貰えない。残念なことだ。
と、枝の近くに大山猫の気配がした。気配の大きさからいって魔物に変異した物だろう。推測だが、3メートルは身の丈があると思われる。
僕はそこで初めて剣を抜いた。出会ってから武器を構える様では遅い。
そして、身体強化の魔法を使う。魔力というのは、瘴気が自然発生する負のエネルギーだとしたら、周辺の空気に混ざっている染まっていない力の事だ。気を練る、と東方の国ではいうらしい。
僕が魔力を使って身体強化を自身に掛けると、……見られたらメルクールに嫌われてしまうかもしれない。
首から下の筋肉が大きく発達していく。脳のリミッターが外れて、それでいながら自己破壊を起こさない様に魔力で筋肉や体組織の強化をする。
僕は大山猫の気配を察知していたが、シルエットが変わるほど膨らんだ僕の体躯の気配は隠し切れる物では無い。
逃げないかどうかだけは心配だったが、大山猫も逃げる気配はない。森の浅い場所だから、この辺をテリトリーにしてる若い個体なのかもしれない。
僕は先程の何倍もの速度で大山猫の気配に向かって枝を蹴る。
誰かに見られれば『野獣』と言われても仕方がない姿で、僕はこちらを舐め切った大山猫の横に飛び出し、避ける間も与えずに一気に額を逆手に握った片手剣で貫いた。
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