第8話〜店を開けて見よう
時刻は昼過ぎ、今日は朝から領主に貰った家でのんびりと過ごす。
入口から客が入ってくる様子はない。
特に宣伝もしていなければ看板すら出していないのだ、そんな場所に誰かが入って来るわけはないだろう。
「一応物を買った店の人には言ったんだが.......まぁ暇つぶし程度だし構わんがな」
ボヤいていると、意外なことに入口に設置してある鈴の音がなった。
入口の方を向くと.......扉の隙間からキョロキョロと店内を見回している人を見つける。
「いらっしゃい」
「!?.......ど、どうも」
急に声をかけられて驚き、そのままおずおずと中に入ってくる1人の少女。
どうしたらいいのか分からないのか、入口でキョロキョロとする少女を席に案内する。
「何か食べるか?」
「!?あ....う、はい…」
(何で俺こんなに怖がられてんだ?)
とりあえず作りかけのクレープを仕上げて少女の前に出してあげた。
「果物が散りばめられたクレープだ」
「わあ〜!」
流石女の子と言った所か、クレープを目にした瞬間に暗かった顔が笑顔へと瞬く間に変わっていったのだ。
それを一口食べた少女は更に笑顔となっていく。
「美味しぃ!」
そこからは早かった、皿に盛り付けられたクレープが瞬く間に消えていく。
少女が食べ終わるのを待ち、どうしたのかを聞くと・・・
「ここからいい匂いが漂ってたから覗いてみたんだよ!そしたら、ギルドで暴れてた人に声をかけられたから.......」
おずおずと声が小さくなっていく少女、これは俺とワードが争った場面を見ていたのだろう、そしてそれを変な風に受け止めてしまっている。
「俺は暴れてなどいないが.......」
「だけどそんな怖い人じゃなさそうで良かったよ!」
元気な少女だ。
「けど、これってお代は.......?」
キョロキョロと周囲を見渡して、このクレープが趣味で作ってる物ではないと気付いたのか、そんな事を聞いてくる。
「今回は構わん。代わりに知り合いとかにこの店のことを教えてやってくれ.......まぁ俺が暇な時しか開いてないがな」
「ありがとう!それじゃぁまたね!」
少女は元気に外へ走り去っていった。
「これで次からはもう少し人が増えるといいな」
結局今日はこの少女1人だけしか客が来なかった・・・いや、金を貰ってないから客ですらないか。
店を始めた次の日からはまた冒険者家業に戻って依頼を受けている。
そろそろBランクに上がれる位にはこなしているはずなのだ。
「あ!ヒイロさん!」
壁に貼られた依頼書を眺めていると横から呼びかける受付嬢。
何かあるのかと思い、声の方に向かっていく。
「どうかしたか?」
「ちょっと急ぎで受けて貰いたい依頼があるんですよ!」
受付嬢は焦った様子で問いかけてくる。
「少し前にオークの討伐にいった冒険者達がいたんですけど、数日経った今でも帰ってこないんですよ」
そのまま聞いていくと、どうやらその冒険者達を探し出して欲しいとの事だった。
しかもそのうちの1人はこの前揉めたワードだって話だ。
ランクの高い冒険者達は他に依頼を受けていたりするから、今回俺に話が回って来たという訳か。
「場所はどこだ?」
「受けてくれるんですね!近くにある雑木林付近のオークを討伐しに行ってるはずなんで、よろしくお願いします!」
それを聞き終えた後、そのまま捜索に向かうのだった。
「だが雑木林っつっても範囲がバカ広いぞ…」
と言っても受けてしまった以上は探すしかない。
「仕方ない、まずはあの廃小屋に行くか」
領主の娘が捕えられていた小屋へと向かう。
「ビンゴだな」
オークやゴブリンの死体が数匹転がっている。
剣で裂かれていたり、魔法で焦がされたりと様々な死に方をしているな。
「オークを討伐した後に何かに巻き込まれたか?」
足跡と血痕は雑木林の奥へ続いてる・・・途中で何か違和感がある事に気づく。
「.......見られてるな」
だがどこから見られてるかが分からない。
「相当な手練だな」
と言ってもここで下がる訳にはいかないからな、小屋へ向かって歩みを進める。
近くまで来たが、小屋の周囲に見張りはいない。
「俺を見張ってる奴1人で充分ということか?それだけ強いということか.......なぁ?」
後ろに振り向き、誰もいない場所に向かって話しかける・・・
「やっぱ気付いとったんか、やるねぇ」
すると、どこからともなくそこに1人の男性が立っていた。
赤いバンダナを深く被り、金色の長髪をなびかせている。
その手には棍を持ち、いつでも戦闘行動ができる状態のようだ。
「で?何の用や?」
「聞かれずとも分かってるんだろ?」
「せやなぁ、なんやろなぁ.......悪いけどわからんわぁ」
飄々と抜かすこの男はおそらくヒイロの目的も分かっているのだ、分かっていて尚挑発するような物言いをしている。
「そうか.....俺の杞憂か」
「せやせや、分かったらさっさと帰りぃ」
手を振り帰れというジェスチャーをする男に対して俺は帰るつもりはなかった。
「疲れたんでな、少しそこの小屋で休んでから帰る事にするか」
「あかんあかん、あそこは今ワイらが使っとるんや。部外者は入らせへんて」
休ませようとしない男に、内心やっぱりか.......と思った俺は会話を続ける。
「その小屋は誰の所有物でもない廃小屋のはずだ、貴様らのもんじゃないだろ」
「せやな。やけど今使っとるんがワイらや、諦めろや」
男の纏う雰囲気が一変して、刺々しいものに変化していった。
「話し合うより....最初からこっちの方が手っ取り早かったな」
両者殺気を垂れ流しだし、今この場所に一般人が入り込んだら腰を抜かすであろう空気に変わっていく。
「心地ええ空気や。いくで.......」
「.......ん?」
(気配が増えた、コイツの後ろに誰かいる)
「いくで、じゃないだろーが!!」
「いだっ!?何すんねん!っておやっさん、何で止めるんや!」
男の後ろに立った隻眼の男が、持っている鞘で頭を叩き倒した。
「今から殺し合いしそうな空気垂れ流しやがって、小僧共が全員気絶しちまったじゃねぇか」
「気合い入ってない少年少女やなぁ.......」
「小僧共?」
隻眼の男が言ってる小僧は、おそらくヒイロの探してる冒険者達なのは間違いないだろう。
だが、経緯がいまいち分からなかった。
「お前さん、冒険者の小僧共の捜索に来たんだろ?4人全員無事だから安心しな。着いてこい」
隻眼の男について小屋の中に入ると、コイツの仲間数人が冒険者を介抱している所だった。
ヒイロが知ってるのはワードとクレープを奢った少女、他2人は初めて見る顔だ。
男が何か言うと、中にいた人達が外に行き、小屋の中はヒイロ、金髪、隻眼の3人だけになった。(気絶した少年達除く)
「これはどういう事だ?お前達は一体何の集団だ?」
「俺たちは流れの賊だ。賊っつってもクソッタレな貴族しか狙わんがな」
詳しく聞くと......コイツらは私腹を肥やし、民に不当な扱いをしてる貴族を襲ってる集団で、この隻眼の男がリーダーなのだそうだ。
まぁ義賊みたいなもんか。
「無闇矢鱈な殺生は許さん、マトモな人は襲わない、が俺らのルールだ。まぁ冒険者や国からしたら賊に何ら変わりはない」
「別になんでもいいさ、俺はそこの少年達の無事が確認出来ればそれでいい。貴族が腐ってるのは俺も知ってるしな」
ヒイロが言ってるのはこの世界の貴族のことでは無い、元いた場所の貴族と色々な揉め事があったのだ。
故にヒイロは貴族相手にも敬語を率先して使う事はしないし、敬意を表すこともしない。
「ほぉ.......いいなお前、名は?」
「ヒイロ」
「ヒイロか、俺はサイガ。こっちはゼロだ」
「よろしゅうなぁ」
隻眼の刀使いがサイガ、バンダナ金髪の棍使いがゼロという名前。
サイガがヒイロをじっくりと観察する・・・
「なんだ?」
「いや、強いなと思ってな.......そうだな、 ゼロ!お前ヒイロについていけ」
「「はぁ?」」
見事にヒイロとゼロの声がハモった。
「なんでや!何言うてんねんおやっさん!まだ拾って貰った恩は返してへんで!」
「だから最初から言ってるだろーが、恩なんざ感じなくてもいいってな!」
俺は1人どういう状況なのか分からずに、取り残されている。
「コイツ記憶が無いんだとよ。名前も何処から来たかも、な〜んも覚えてないらしい。行き倒れてた所を俺が拾ったんだ」
「それと俺についてくる事に何の関係が?」
「直感だ。お前に着いて行くのがコイツにとって良い方向に動く.......はずだ」
直感、言わばただの勘ということになる。
ゼロはサイガに対して恩を感じてるようだし、そんな理由で飛ばされる事を良しとはしないだろう。
「んなあやふやなもんで決めんといてくれる!?」
「ならお前が記憶を取り戻したらまた戻ってこい、それならいいだろ?もし嫌だってならずっと雰囲気の悪い集団に居続ける事になるぜ」
「ぐぬっ.......しゃあない、けど記憶が戻ったら探し出してシバいたるからな!」
自分のせいで集団の雰囲気が悪くなる事は嫌なのか、渋々ながらついて行く事に納得した。
(あれ?俺の意思は?まぁいいか、1人従業員ゲットだ)
横でギャーギャー喚いてる2人を見てるとそんなことはどうでもよくなり、むしろ働き手が1人増えた事を喜ぼうと思ったヒイロであった。