序章ー吸血鬼は月夜を好むのだろうか?ー
水面に月が浮かぶ、揺らめきながらもその光は優しく周囲を照らす。
私は叶うならば、太陽のように照らす光ではなく、
月のように優しく照らせるようになりたい。
無理だとしても、水面に浮かぶ月のように私はなりたい
天空から一滴の光がこぼれ落ちる。
静かに素早く落下すると、闇の中で灯りがまるで星のように輝き
町の景色が段々と大きくなってゆく。
光は屋根を貫通し、辺りを見回すように停止すると、
赤子が居る、まるで赤い澄んだ湖のような穏やかな瞳をした赤子が。
光は魅かれるように赤子に吸い込まれていった。
光は静かに時を待つ……
ー港旧倉庫街 廃ビル内ー
天井から黒い覆面の女が飛び下り瞬時に見張りの首を折る。合図を出し見張りにつく
黒覆面の男が腐った肉や血液の臭いが染み付いた部屋に突入する
そこに襤褸をきた辛うじて生きているであろう人が縛られ椅子に座らされている。
黒覆面の男は、耳元で
「まだ死ぬなよ?必ず助けてやるからな」
人であったろう物が、頷く。
男は確認すると、首筋に噛みついた。
血液の生臭い味が口に広がり、代わりの物が牙から注入されていく
注入量を調節する事により、半日だけ完全従属の眷属化させる事が出来る……ヴァンピール化である。
一時的に無理矢理身体組織を回復させる代わりに、解除された時に反動で動けなくなる欠点もあった。
「こちら、デルタ。ーー目標確保した。これより脱出する
……見た感じ拷問の後が酷い。一時処置する為、あと始末宜しく」
「デルタ了解した。合流すれば警護と医療班に直ぐ引き渡せるよう準備手配……した。」
女と合流すると予定経路を通り行動を開始する
廊下に出た所で強者の気配。
黒覆面の男は、相棒にサインで指示すると廊下の気配に対峙する。
筋骨隆々の戦士が拳を鳴らしてニヤリと嗤う。
「お前程度の奴が俺に勝てるかな?」
だらっと覆面は力を抜き、右の人差し指で挑発する
戦士が挑発にのり一気に近寄り、左ジャブを放つ=右手の動きで左手を取り反動で折りながら=左足を蹴り戦士を引き倒す→肩甲骨の動きを利用した拳が戦士の顔面に一つ、二つ、三つ、
一瞬にして三擊入る。→戦士右腕で地面を殴り無理やり反動利用し立ち上がる/
戦士が離れ覆面を見つめて叫ぼうとした
「やるねえ、第二ラウンド開……」
覆面は「戦場で敵が一人と誰が決めた。バカが」と呟くと、
到着した覆面は「目標は回収した。とっとと撤収するぞ」と声をかけ走り出した。
ーちょっと前に戻るー
ビル出口付近、
覆面女とヴァンピールは、通路の角で足止めを喰らっていた。
「ミニミにランチャー何て情報に無かったけど……」
鉄の破片とコンクリの破片
手榴弾一個
……引っ掛かる間抜けであってほしい。
コンクリの破片を投げる。=一瞬弾が途切れる
コンクリの破片を投げる。=一瞬弾が途切れる
コンクリの破片を投げる。=一瞬弾が途切れる
コンクリの破片を投げる。→無視される
コンクリの破片を投げる。→無視される
手榴弾投げる……=無視され→弾が来なくなる。/
……素人過ぎるだろーっと内心叫びつつヴァンピールを先導して、
ビルから脱出したのであった。
ー翌日 夕方ー
ー居酒屋 Unknownー
10人中9人は、振り返って見てしまう美人の男女二人と、冴えない丸顔で小太りのおじさんが卓を囲み、ビールで乾杯してる
丸顔の親父一気にビールを煽りグラスを叩きつけるようにテーブルにおいて
「ぷっはあぁっ!ん~んまいっ! 紫川くん、今回の仕事もお疲れ様だったにゃー。」
「猫山さんのおかげで、情報が大分正確でしたからね。楽な仕事でしたよ」
と紺スーツの美人が言うと、上機嫌で猫山が返す。
「これからも、こう順調に行って欲しいもんだにゃ~」
瞬時に真顔になり
「ただ相手の武装情報だけはもうちょっと正確に欲しかったです。
危うく相棒を失う所でした。」
「すまなかったにゃ、あれはタイミングの問題で
ランチャーが増えたにゃ、運がなかったとしか言えないにゃ~」
紫川の目が一瞬鋭くなる。
「そうですね~、まぁ、これからも宜しくお願いしますね。猫山さん(もう帰りたい)」
ーすぐ横でー
美少女から、美女に変わりつつある美人が仕事の話など知ったことかとばかりに空気読まずに手を上げて注文する。
「あっすいませーん。焼き鳥セット一つ追加お願いしまーす。あっ、つくね二本も追加してくださいね」
「はい!喜んで~」
「取り敢えず、食べれるだけは食べとかないと。どうせ碧酔い潰されるからね。」
と軽くため息をつく。
焼き鳥セットが届き、ピンク色に濡れた唇が一口頬張ると蕩けた表情で更に一口、自然と美味しさに口許がニンマリしてしまう。食事を進めるのだった。
「碧と猫山さんは放っておいてご飯食べよう。
あっすいませーん。小ライスとつくね5本追加でお願いしますっ」
ー居酒屋Unknownの外ー
玄関先には赤提灯と古めかしい暖簾が下がっている
のぼりには焼き鳥とか書いてある
店の前を虎縞の野良猫が通り、人の気配で慌てて走ってゆく
「うあぁぁぁ、葵ぃ気持ち悪いよぅ……うおえ゛ぇ゛ぇ゛ぇ゛」
げんなりした目で碧を見つめ背中を擦ってやる葵
「猫山のおっさんの奢りとはいえ、呑みすぎだろバカッ」
ふと捨ててこうかな……何て考えてしまう
猫山は上機嫌な様子で二人に声をかける
「わはははは、取り敢えずワシはここでお暇するよ。また連絡しますわっ!わはははは」
っと手を上げて素早く見捨てて笑いながら帰る猫山
一瞬だけ目に力が戻り碧は呟く
「くそっくそ……あの親父わざと情報止めやがった。う゛え゛ぇ゛ぇ゛ぇ゛」
そのまま地面に突っ伏す碧……
葵は面倒臭そうに、声をかける
「帰るよ! ほら立て! くそ重いっ!いつも何食ってんだよっ」
担いで事務所に連れ帰る事にする。
ー紫川事務所ー
小さな三階建てのビルの二階にその事務所はある。
ビルの右脇の階段を登っていくと引き戸のガラスに白い飾り気の無い文字で"紫川事務所"と書いてある。
来客用の革のソファに碧を投げ捨て、コップに水を汲んでくる。
「あとは、自分で何とかしなさいよ? 毎度毎度面倒臭いよ」
帰ろうとする葵の手を掴んで碧は子犬のような眼差しで、顔を傾けて言う「……葵お願いだ。もう少しだけいてく……」
チョップされてぶすっとした顔で黙る碧
「いつまで甘えてんだ。情報が足りなかったのを人のせいにするな」
「そんなんじゃ、いくらハーフだとしても早死にする。いつまでも一緒にいられる訳じゃないんだから、きちんと自分の足で立てよ。」
と真面目な顔で葵は碧を叱り
「今日は帰る。次の仕事までに頭冷やしとけよ!」
バタンっと音を立てて葵は出ていってしまう。
「あ゛~何やってんだ俺はっ!」
「何見てやがるっ!くそっ!」
誰も居ない部屋の中
自己嫌悪で碧が椅子を蹴飛ばすと椅子が粉々になった。
頭を抱え涙しながら、酔っぱらいは寝る事になる。
ー同日夜ー
タワーのようにそびえ立つマンション群、
人口が順調に増え建築ラッシュが起きている。
タワー型マンションの上層階に住むアリサは
早めに寝ようとベッドに入っていた。
暗闇からふわっと染み出すようにそれは現れた。
何が居る……そう感じたアリサは、部屋を見渡す。
すると窓が空いてカーテンが風ではためいている
風で空いてしまったのかしら? 引戸なのに?
窓を閉めに向かうアリサ
後ろから、闇が染み出てくると1人の紳士が現れる
「こんばんは、美しいお嬢さん……良い月夜ですね?」
アリサは、慌てて振り向き
「誰?」
侵入者は、軽く礼をすると応える
「はじめまして、怪しい者と申せば宜しいでしょうか? 」
そう、侵入者が告げるとアリサの体が動かなくなる。
「ん゛」
侵入者は、獲物を見つめ、
右手で腰を抱き、左手で髪に触れゆっくりと撫でる、
まるで壊れやすい宝物をやさしく触るように頬に触れる
鳥の羽で触れるかのように指を耳に向かって這わせると、
今度は唇へゆっくりと指を這わせていく
紅く光る冷たい瞳が、一瞬憂いと愛しい人を見るような
濡れた瞳に変わり
「君の髪は月の光の中でさえ、太陽の光のように美しい、
何よりもこの唇はまるで真っ赤な果実のようだ」
と囁く
ゆっくりと、震える唇にそっと口付けをするかのように、
顔を近付けていき首筋に鳥の羽のように唇を這わせ牙を
柔らかく弾力がある動脈に突き立てる。
緊張で強ばっていたアリサの顔が次第に蕩けるような表情に変わり
吐息が漏れる……力が抜けていき完全に体を預けてしまう。
侵入者は、少しして吸血を止めるとベッドに獲物を横たえる。
少しだけ名残惜しそうな雰囲気を纏い
窓を内側から閉め霧になって外に出る。
大昔の物語に出てくるような先祖達は眷属を作ったり、
生命を奪う程、吸血していたらしい。
軽く貧血になる程度で止める、それが安全な方法だ。
無理に獲物を殺す必要は無いのだから、ゆっくりと
キープしていけば良い……
静かに吸血鬼は闇に溶けていった。