6.ここからが彼の物語
恐らく次回の投稿は明後日か明明後日になりそうです。申し訳ありません。やはり見切り発車は良くないですね…
死にたい。
俺は今まで一体何をしていたんだろう。
《火》の英精霊に選ばれて俺が偉くなったと勘違いしていた。俺の生きる意味がようやく出来たのだと。
違った。俺自身にはなんの価値もない。
たまたま《火》の勇者が俺で、他に勇者がいないから《火》の勇者の力を求められていたんだ。
俺は貴族との交渉なんてしたことが無い。勇者なんだからただ戦えばいいと思っていた。
違った。全て人に任せて、俺は戦うだけで。
そりゃあユーキの方が良いよな。
今の俺は唯一価値のある力が消えて。
ユーキは力もあって応用力もあって、性格も、周りからは良く見えるんだろう。
実際性格が悪いのは俺に対してだけだ。豚の時に暴力を振るったりしていたのは俺だけだったからか。
なんで俺は生きているんだろう。死ねばいいのに。
そういえばあの時、パリンという音が前から聞こえた。その後に後ろからパリンと聞こえた。
つまり、音は2回聞こえたのだ。なんのために?俺を生かすために?
それに樹の玉が当たる直前、《火》が俺を守ろうとした。
俺がやったわけじゃないから、英精霊がやったのか。俺を生かすために。
なんで、俺を生かした。結界も、《火》も、どっちかが欠けていれば俺は死んでいたはずだ。どうして、俺を生かそうとする。
俺はもう力がないのに。価値がないのに。
そうだ、故郷に帰ろう。あそこには《火》の英精霊がいたはずだ。なんて言おう?守ってくれてありがとう?それともなんで守った?分からない。俺にはもう何も分からない。
「…と……ちょ……と………ちょっと待ちなさいよ!」
声がして後ろを振り返る。そこには急いで走ってきたのか息が荒い王女がいた。
一体なんの用があってここに来た?いや、どうでもいいか。俺はもう、《火》の勇者じゃない。
無視して前を向き歩こうとする。
「なんで無視すんのよ!あたし王女なんですけど!」
「俺はもう、《火》の勇者じゃない。だからもう、関わらないでくれ」
どうやって故郷に帰ろう。
歩くとなると食料が心配だ。そもそも今の体じゃ倒れてしまうかもしれないな。それに金がない。
ロイが金を管理していたんだっけな。ってことは俺は一文無しか。
ハハッ。全てを失ったんだ。どうしよ。
「それが何か関係あるの?あたしは《火》の勇者に話かけてるんじゃなくて、アンタに話しかけてるのよ?」
違う。違う違う違う。俺にはなんの価値もないんだ。だから、力がない俺に話しかけるはずがない。
「あたしの話を聞きなさい。あたしね、昔自分について考えたの。あたしが生きている意味ってなんだろうって。その時は爺やがいたからなんとかなった。でも、時々考えるの。もしあの時爺やがいなかったら一体何をしていたんだろうって。あたしは知っているわ。こういう時、1人で居ちゃいけないのよ。絶対に」
やめろ、やめろ、俺に話しかけるな。俺にはなんの価値もあっちゃいけない。あってしまったら、俺が今までしてきたことはなんの意味もなかったことになる。
力を示し、俺の価値を認めさせようとしていた日々も、舐められないように自分の力を主張し続けた日々も、無駄だったことになる。
「だから、あたしを連れて行きなさい。ちょっとあれを見たあとだと家に居づらいのよ。最近まで権力でやりたい放題してたし、《土》の勇者に目をつけられたらヤバいのよ…本気で」
「俺にはなんの価値もない、ないんだよ!…なんで、なんでそこまで気にかける!お前は王女様なんだろ!俺みたいな庶民なんかどうでもいいんじゃないのかよ!」
言ってしまった。昨日権力で門番脅してたし、俺も終わったかな。でも、今はそんなことどうでもいい。
俺はただ知りたかった。
今までの日々がなんの意味もなかったことになるとしても、俺自身に価値があるのか、生きていてもいいのか。
「価値のない人間なんて居ないわ。庶民の税のおかげで国は成り立っている。だから、価値のない人間なんて居ない。人間は皆宝石よ。磨いたらどんな風に光るのか、それは誰にも分からない。でも、どんな宝石だって磨けば光るわ。例えどんな形であれ。それが人間だもの」
「俺は、生きててもいいのか」
なんの価値もなくても、それでも生きていたい。例え死を望まれても、罵倒されても、それでも生きていたい。
死ぬことは何よりも辛いことだと知っているから。
「えぇ、そうよ。アンタの生を他の誰もが望まなくても、あたしはアンタの生を望んであげる。アンタはあたしにとって都合がいいわ。約束をしましょう。アンタは私の逃亡を助ける代わりに、あたしが金銭の援助をしてあげる。さすがにいつまでもあたしの金を使うことは出来ないからどうにかして仕事を探さないとだけど。あたしは約束を破ることは絶対にないわ」
昔から俺は存在を否定されてばかりだった。村中から悪魔の子だと言われて、それでも彼女だけが村の人から俺を守ってくれた。
なんで今まで彼女のことを忘れていたんだろう。
王女様の姿に彼女が重なって見える。あぁ、あの時も、あなたは生きていいんだよと言ってくれた。そんな彼女を、俺は………。
俺は罪人だ。罪の記憶を忘れていた、罪人だ。
俺は全てを奪われたんじゃない、全てが借り物で、返す時が来ただけだ。
俺はなんのために生きるのか。その答えはまだ見つかっていないが、とりあえずやることは決まった。
罪を償おう。この世界を救おう。そうすれば俺みたいなやつでも生きていいと、心から思えるようになるんじゃないか。
用語解説
英精霊…1000年前の勇魔戦争で隔絶した活躍をした3体の精霊。一体だけでも世界を滅ぼせるレベル。それが3体いて、更に他の精霊もいてようやく勝てたのが魔王軍。あまりに強すぎるせいで信仰より恐怖の方が強い。
準英精霊…1000年前の勇魔戦争で英精霊ほどでは無いが優れた活躍をした数多くの精霊。さすがに100体はいないと言われているが正確な数は誰も知らない。というのも、似たような精霊が多すぎてどれがどれか区別がつかないのと、当時の資料が少ないせいである。
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