突然変異
そろそろ、日常にも飽きた頃でしょう?
かえでに町を案内した翌日の朝、気持ちよく目覚める事が出来なかった。外からの騒音で、その日僕は目が覚めた。目覚めの悪い朝。きっと誰でも不機嫌になるだろう。
「あーもー!うるせーな」
と、独り言を怒鳴りながら言い、勢いよくカーテンを開けた。止めておけばよかった。開くべきじゃなかった。なんて思った時には、もう手遅れだった。
外では、フィクションの世界でしか見ないような巨人が、喧嘩をしていた。といっても、顔はその辺に居そうな普通の顔。それに、1人だけ見覚えのある人物が居た。
「なんで、一色が巨大化してるんだよ」
外で暴れている一色を見た時、「ああ、これは夢なんだな」と思った。
もしも、見たことの無い人ばかりなら、少しは信じただろう。だが、一色がいる。夢というのは、自分が作り出すものなので、一色がいるということが、僕に目の前で起きていることは夢なのだと教えてくれた。
そうと分かったら、とても笑顔になった。なんと面白い夢だろうか。僕は笑顔で、思いっきり頬をつねった。
「痛え……いてえよぉー」
つねったことを後悔するレベルで強くつねりすぎてしまった。だが、痛みが、目の前の景色は現実だと、言葉通り痛いくらい教えてくれる。
それが分かった途端、恐怖で寒気がした。とりあえず、1人は寂しい。
「沙友理ー」
妹を呼ぶことにした。だが、5秒経っても、10秒経っても返事は来ない。仕方が無いので、妹の部屋に入る。すると、妹はいなかった。最愛の妹が居ないという事実は、さらに僕を絶望の底に引きずり込む。
放心状態でいると、インターフォンがなる。その音で、僕は救われた気持ちになった。急いでドアを開けると、目の前にはかえでがいた。
「一体これってどうゆうことなの!?」
「そんなこと聞かれてもわかんないって」
「それもそうね……」
どうやら、かえでも目の前の事態が飲み込めていないらしい。どうしたものかと考えていると、巨大な足音が近づいてきた。
「おーい。空ー。いるかー?」
一色がマンション近くまで来てくれたらしい。
「いるぞー。これはどういうことなんだ!なんでお前らは大きくなってるんだよ!というか、僕の妹を返せ!」
「理由は分からんのだが、心当たりなら……まあ、それは落ち着いたら話す!とりあえず力を貸してくれないか。あと、妹は知らないぞ」
「知らないって……分かった。すぐどうにかしたいが、まずどうすればいいんだ」
妹の安否が分からないこの状況で、僕はとても不安で、イライラしていた。だが、とりあえずは目の前のことを片付けなければならない。
「どうすればいいかは分かんないんだ。だから、考えてくれ」
「無責任だろ!というか、お前たちは何と戦ってるんだ」
「あいつだよ」
そう言って一色が指を指した先には、巨人の中でも異彩を放つ巨人がいた。そいつは、何故か柔道着と思われる服を着ている。体型はぽっちゃりしていて、髪型は、上から押さえられたかのようにぺちゃんこになっており、左の頬には、大きなホクロがついていた。
そして、襲いかかってくる巨人を次々と背負い投げしていた。「ゴッシッシー」と言う意味のわからない声を発している。
「なんで、あいつは暴れてるんだよ」
「それは……分からない。だけど、多分あのホクロを触ることが出来れば倒せる気がするんだ」
そう言われてみれば、あそこまで大きなホクロはスイッチのようにも見える。
「分かった。とりあえずあのホクロをどうにかすればいいんだな?」
「多分な!ただの勘だから当たってるかは分からないが」
確証がないのに、そんな危険を冒したくはない。だが、それしか今は可能性がないのなら、そうするしかないだろう。
「分かったよ。いろいろ考えてみる」
「助かるぜ」
そう言って、一色は奴のもとへ帰っていった。
「どうしようか」
「ホクロをどうにかするのなら、何かを投げるしかないと思うわ」
ホクロまでの高さはざっと見積って20メートルはあった。普通サイズの僕達がホクロに何かをする方法は、投げるしか無かった。
「一体何を投げればいいんだ?」
「そうね、とりあえず石なんかはどうかしら?」
かえでの提案通り石を投げることにした。これでも、ボール投げは30メートル飛ばしているので、肩の力には自信があった。すぐに外に出て、マンションの駐車場の石を投げることにした。
「ゴッシッシー」と叫んでいる奴を僕は勝手に54(ごし)と名付けた。
54までの距離はそれほど遠くはなかった。100メートルくらいだろうか。踏み潰されるのが怖いので、真下ではなく、少し離れて石を投げた。
「おりゃあ」
石は見事ホクロに命中した。54はかなり痛がって、うずくまっていたが、すぐに体勢を立て直すと、とても怒った顔で襲いかかってきた。
「やばい!かえで、逃げるぞ」
「逃げるってどこに!」
「分かんないけど、安全なところにだよ!」
安全なところがあるのかは分からないが、とりあえず一色の近くまでかえでの手を引き、全速力で走った。
僕達に気づいた一色は、手を差し出して、「乗れ」と言ってきた。僕達は直ぐにその手に乗って、一色に逃げてもらった。幸いにも、54は走るのがとても遅く、すぐに逃げ切ることが出来た。
「さあ、一色説明してもらおうか」
「……」
「なんだよ」
「説明しろと言われても、ほんとに分からないんだよ」
「心当たりならあるんだろ?それを教えてくれ」
「分かったよ……」
そこから話し始めた一色の心当たりは、僕の想像の範疇を超えていた。
この物語はフィクションです。ほんとです。読んでくださっているあなたの周りに、54に似ている人がいたら、ごめんなさい。