表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
神様の住む町  作者: 山下ひよ
2/7

アウェイな朝食


「夢じゃなかった…」


 あんまり眠れなかった。

 身内から不審者を「神様」だと知らされ、拒否する自分が何故か責められ、その上この家に住むと。

 これは夢だ、疲れてるせいだと思い込みベッドに入り、翌朝。



 茶の間にはやっぱりあの男がいた。


「お、おはよ。光ちゃん」


 どこか茶化すようにそう言われ、大人げなくカチンと来る。


「気持ち悪い呼び方するな!」


 言い返すが、相手に堪える様子はない。むしろ喉の奥でくつくつと笑っている。


「お前、毛ぇ逆立てた猫みたいだな」


 む、ムカつく!

 尚も言い返そうとしたが、どうせ相手の思うツボだ。落ち着け俺。相手をするな。

 細く長い息を吐き出した俺に、台所から声がかかった。


「光太郎、起きたの?」


 母親の声だ。おお、と生返事をすると、母が台所から顔を出した。


「おはよう。東京いた時より早起きね」


 早起きじゃなくて、あんまり眠れなかったんだよ!

 そう言いたかったが、言継にまた何かちょっかいをかけられそうなのでぐっと飲み込む。


「光ちゃん、おはようさん。ちょうど朝ごはん出来たから座り。言継さんの隣な」

「えっやだよ!」


 祖母の言葉に、思うより先に口から出た返事に、母が眉をしかめる。恐い。


「食事の用意もしないあんたに選択権はないのよ? 言継さんは文句なんか言わないでしょ」

「おお。俺は文句なんか言わねぇぞ。ほれほれ光ちゃんこっち来い」


 母の言うことは正論だからまだしも、この言継という自称、いや他称もか、神様は完全に俺に喧嘩を売ってきている。

 自分の隣の座布団をぽんぽん叩いてにやにやしていて腹立つ。

 だが、大人になれ、俺。

 こんな挑発に乗って、損をするのは俺だけだ。

 顔を引きつらせながら渋々言継の隣に座ると、言継は満足そうに頷いて手元にあった新聞を広げた。


「……カミサマが新聞なんか読むのかよ」


 俺の小さな、母親に聞こえないくらいの声量の呟きは隣には聞こえたらしい。

 こちらが敵意を向けていることが馬鹿らしくなるくらい、普通に返される。


「俺は元々、瓦版の出身だからな。世の流れは未だに気になるんだよなぁ」


 ……カワラバンの出身って何だよ…。

 どう返事をしたものか分からず視線をさ迷わせていると、母親がお茶碗の乗ったお盆を持ってこちらに来た。


「なぁに、何の話?」

「俺が瓦版の出身って話だ」

「ああ、その話。言継さんたら、今でも新聞大好きだものね。町の新聞社も言継さんには無料提供だし」

「新聞社の初代社長が子どもの頃から面倒見てたからなぁ」


 どう見ても母より年下に見える言継が、何やら新聞社の初代社長を育ててやった的な話をしている。

 これはあれか。家族全員で、俺にどっきりでも仕掛けているのか?


「初代社長って何歳だよ」


 試しに聞いてみた。


「とっくにあの世だ。何せ80年以上前だからな」


 うん、聞くんじゃなかった。

 もういいや。こいつのことは気にしないことにしよう。

 俺は新学期が始まるまで部屋にこもる。あの住みやすそうな部屋に。早速引きこもりじゃねえかコンチクショウ。


「ああ、光ちゃん。ご飯終わったらご近所見ておいで。新学期までに慣れといた方がええやろ」

「え、いいよ」


 祖母の思わぬ勧めを、咄嗟に断ってしまった。だって部屋にこもるつもりだったんだもん。


「まあそう言わんと。そうや、言継さんに案内してもらい」

「ぶほっ」


 祖母の援護射撃をした祖父の思わぬ一言に、すすった味噌汁を噴いた。

 ワカメが鼻から出ると思ったわ。


「何で!」

「顔が広いから」

「顔の広さではなかなかだぞ、俺は」


 顔をしかめながら母が差し出したティッシュボックスを受け取り、口を吹きながら反論したが、祖父は焼き鮭に舌鼓を打ちながら当然のようにそう答え、言継は得意気にうなずいている。どうやら回覧板の神様は、納豆に刻んだ大葉を入れるのがお好みらしい。ねっちょねっちょとかき混ぜている。


「断る! だったら一人で行く!」

「まあまあ。俺がいると便利だぞ? お前が4月から行く高校の近道も知ってるし、疲れたらどの家でもお茶ができる」

「お前図々しいな!」

「光太郎! 言継さんにお前なんて言うんじゃありません!」

「ちょ、母さん、それ俺の卵焼き!」

「礼儀も知らない馬鹿に食べさせる焼きたてふわふわ甘くてとろける卵焼きはありません!」


 俺をディスりながら卵焼きを自画自賛する母。


「いやー花江、ほんとに料理の腕上げたよなあ。昔作ってくれたマフィンとかクッキーとかも旨かったけど」

「やだ言継さん、照れるわー。卵焼きどうぞ」

「俺の卵焼きー!」


 おのれ言継、よくも俺の好物の卵焼きを!

 すると言継は俺に視線をやってにやりと笑った。


「俺と出掛けるか、光ちゃん?」

 

 卵焼きが俺の顔の前に。

 ぐっ、取引ということか、卑怯な大人め! …大人というカテゴライズで合ってるのか、こいつ?


「くっそ、分かったよ! 出掛けりゃいいんだろ、出掛けりゃ!」

「よしきた。ほれ卵焼き」


 食欲に負けて屈してしまった。…いや、これは戦略的敗北だ。

 心まではこいつに屈するものか!


 ああ、卵焼きうめぇー。



卵焼きは甘い派しょっぱい派分かれるよね。

納豆の食べ方って色々あるよね。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ