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第四稿

語りも入れたい、エロコメも残してみたい、シリアスも入れたい。


もちろん、字数は足りない。

 塾講師というアルバイトは、クソだ。不自由だ。

 スーツを着て、ニコニコ笑顔で適当なことを喋っていればお金がもらえる魔法の仕事なんて、そもそもとしてあるわけがない。時給千七百円でも安いと言われる理由に、あるいはその代償というものに、考えを巡らせろ。


 例えばそれは、時間の不自由。

 飲食店やなんかと違って、決まった時間に、決まった場所へ、決まった客が必ずやってくる。愛する彼女の誕生日だからとか、そんな理由じゃ休めない。場合によっては補習が増え、しかも補習給は最低賃金。

 なんなら、新人の頃は授業ごとに予習でひいひい言わなきゃいけない。無給で。


 あるいはそれは、行動の不自由。

 古き良き和服の一種……じゃない方のモンペはびこる現代社会において、生徒との個人的接触は厳禁だ。もし仮に、野生の生徒が飛び出して来たなら、回り込まれてしまう前に逃げ出さなきゃならない。近所のコンビニやデパートなんてのは、もはや魔窟。


 他にも、中小では清掃だのなんだのまでアルバイトの役回りだったり、深夜の飲み会で生活リズムぶっ壊れたり色々あるわけだが。


 俺は明らかに、そんな塾講師としてのグレーゾーンに踏み入ろうとしていて。だのに、それを気にするのも面倒なくらい、眠かったのだ。


 ◇◆◇


「……んせ。せんせー?」

「んん……?」

「えっと、開けますよー?」


 まどろみの中に、遠慮がちな女の声。

 目をしばたかせると、薄手のカーテンを透かす朝日を感じる。焦点の合わないまま、視界がスマホの画面を捉えると、習慣というか習性でその電源を点けた。

 午前九時、起きるには少し早い。


「ほんとに開けちゃいますからねー」


 腕やら足やら飛び出したタオルケットを被り直して、もう少し眠ることにーー


「うわっ! きたなっ!」


 とは、いかなかった。

 騒々しい声に叩き起こされ、重い頭を回して声のした方、つまりは引き戸の方を見やる。眼球にへばりついたままの眠気ごと視線をぶつけたら、とっさに口を塞ぐ制服JKがいた。


 ……JK?


 見間違えたかと目を擦るが、やっぱりJKである。それも、見覚えのあるJK。


「いやぁ、あはは。いつまで待っても起きてこられないので、起こそうかなーと思ったんですけど」


 罰が悪そうにはにかみながら、そいつは、千坂は言った。

 あたりを見渡して、自分のいる場所を確認する。足の踏み場もなく散らかされた服に講義資料、刷りすぎてしまったのがバレないようにこっそり持ち帰った、塾のプリントの数々。

 バラエティ番組で取り上げられるほどではないが、百人に見せれば百人が汚いというだろう、小さな寝室。

 うん。間違いなく、俺の部屋だ。


 流石に寝ている気分じゃなくて、ついでに、千坂に寝起きの姿をじっと見られているのは据わりが悪くて。ベッドの上で上体を起こす。


「なぁ千坂、お前なんで」

「いやっ、せんせ! そんなことより服! なんで服着てないんですか!」

「ここにいるん、だ……」


 今度は顔全体を覆って喚き立てる千坂に自分を見下ろすと、そういえば何も着てなかった。九月とはいえまだ暑さの残る今時分、スーツを脱いだところで着替えに対する使命感は消え去ってしまうのだ。

 下着もタオルケットで隠れ、きっと全裸に見えるだろう自分の姿を確認して、耳を真っ赤にした千坂に声をかける。


「ちょっと居間で待っとけ」


 千坂は言われるまでもないとばかり、ぴしゃんと引き戸を閉めてしまった。

 窓に適当に吊るしてある洗濯物から、適当に服を選んで着替える。人間、身体を動かすと頭も動き始めるらしく、そのうちに千坂がなんでここにいるのか、少しずつ思い出してきた。

 昨晩の自分をどやしつけたい。なんとびっくり、俺は自分であいつを招き入れていたのである。

 居間に通じる引き戸を、その向こうにいるであろう千坂を見やる。言うべきことは決まっていた。


 えっちらおっちらと汚部屋を乗り越えて、居間に出る。


「あっ、せんせ……!」


 すると俺の姿を見た千坂が、強張らせていた身体を弛緩させた。小さな声で「よかったぁ」とまで溢している。あまりにもあからさまにすぎて、俺は呆れた。


「お前、俺が素っ裸で現れるとでも思ってたのか……?」

「そっ、そりゃあ、まぁ。人好ひとよしせんせも、大人の男性ですし」

「あぁ、それなら安心していいぞ」


 外面を取り繕うように質素に片づけられた居間の真ん中、安っぽい丸テーブルの向こうに、千坂はぺたんと座っていた。俺はその対面に腰を下ろしながら。


「大人の男は、ちんちくりんには欲情しないもんだ」

「ちんちくって……セクハラ! セクハラですよ!」

「誰もお前のこととは言ってないし、なんならどこのこととも言ってないがな」


 もじもじとしていた千坂が、猫が威嚇するみたいに怒り出す。テーブル越しに食いかかってくる勢いだ。

 まぁ、それも俺の言葉の意味に気づくまで。

 ハッと、表情に理解を浮かべた彼女は、胸を隠すようにしていた腕をばっと下ろした。「なぁ、なんで胸を隠したんだ」と追撃しようと思ったが、やめる。それこそセクハラだろう。


「せんせ、そんなに毒舌でしたっけ……?」

「場に応じてってやつだ。もちろん、生徒になら丁寧に話すけどなーー」


 恨めしげに口を尖らす千坂に、このまま言葉を継ぐべきか思案して。そんなこと、考える必要もないと切り捨てた。


「お前、押しかけ家出少女じゃないか」

「……あはは、そうでしたっけ」

「あぁ、そうだ」


 お前は、昨晩突然現れた、俺が一番会いたくない卒業生だろう。


 目の前の千坂は、何一つ変わっていなかった。

 ツンツンとした亜麻色のショートヘアも、つり目気味の大きな瞳も、なんなら、悲しいほどに真っ平らな胸も。

 塾講師として一年を経て、初めて担当した中三個別指導。初めて一対一で向き合った千坂という頑張り屋が。

 今俺の前に、第二志望校の臙脂色を着こなして居る。


 朝っぱらから見るには、えぐみの強い赤茶色だ。


「さぁ、出てけ。一晩泊めるだけって話だったろ」

「……いやです」

「知るか、出てけ」

「……」


 上から重ねるように言いつけると、千坂は黙り込んでしまう。こうなると、ガキはめんどくさい。

 かと言って、力任せに追い出して騒ぎになろうもんなら。壁の薄いこのアパートだ。すぐさま隣人が駆けつけて、余計に拗れるに違いない。

 どうしたもんかと千坂を眺める。癖なのか、わざわざ左手で右頬を撫でていた。それは自分で自分を慈しむようで、世の中には変わった癖もあるもんだ。


 こち、こち、と。微かな秒針の音を聞く。


「……ごはん」

「は?」


 やがて、千坂が唐突に口を開いた。


「ごはん、朝ごはんですよ! せんせ、まだ食べてないですよね。私が作りますから、いえ、作らせていただきますから! もう少しだけ、いさせてくれません?」

「ご飯、お前が?」


 それ以上に、名案とばかりに手を打ち合わせたと思ったら、急に喋り出した方にこそ驚いたけども。


「失礼な。これでも料理はできるんです」

「……食ったら、出てくか?」

「えぇ、善処します」

「善処って、お前な」


 おどけて無い胸を張る千坂。少し前との温度差たるや、はっきり言って気持ち悪い。露骨に顔をしかめても平然としてるあたり、確信犯だろう。

 ただ。ただ、さっきまでのこいつより、マシなのは確かだった。

 不承不承であることをため息に乗せ。


「なら、好きにしろ」

「やたっ! じゃあ、お台所借りますね」


 言うなり、千坂はパタパタと駆けていき、そのままキッチンに入ると、戸棚や食器棚を一つ一つ開けて回る。その様子には、家事への慣れを感じた。そして最後に冷蔵庫を開けて、明らかにげんなりする。


「せんせ、何もないんですが……」

「自炊なんてほぼしないからな」

「この卵、食べれるんですよね」

「あー、多分」


 特売品だったけど、一週間も経っていないはず。


「じゃあ、もしお腹を壊したらこの家で療養させてもらいますね」


 卵を二つ見せつけながら、イタズラに笑いかけてくる。無視した。

 千坂も千坂で、別に返事を期待してたわけでもないようで。いろいろ取り出して回ってるなぁと思えば、ちちちちち、とコンロが点火して、電子レンジがゔーんと唸る。

 程なく、コツンコツンと片手で卵が割られ、フライパンの中へ落とされた。水を入れて蓋をしたあたり、今日の朝ごはんは目玉焼きらしい。

 かちりと電気ケトルがつけられて、千坂が一息つく。


「思ったんですけど」

「なんだ」

「せんせ、変わりましたよね」

「また口が悪くなったって話か?」

「いや、そうじゃないんですけどね……」


 口ごもる千坂に含むものを感じなかったといえば嘘だが、どうでもよかった。お互い黙りこくってしまうと、話のきっかけもない。思案顔の千坂は、この後の身の振り方を考えているのか。

 やがて、電子レンジがチーンと鳴って、千坂はまた忙しく動き出した。見る間に、俺の目の前にそれらしい朝食が配膳されていく。

 おそらくパックの白米、インスタントの味噌汁、そして目玉焼き。暖かな匂いが、腹の虫を起こした。


「さ、どうぞ。大したものじゃないですけど」

「あぁ、たしかに」

「えー? それは流石に酷いです」

「価値観の相違だな」


 ごねる千坂を無視し、手を合わせて「いただきます」をする。そんな俺を見て諦めたのか、千坂も渋々と手を合わせ、食べ始めた。


 千坂の焼いた目玉焼きは、有り体に言って美味かった。

 塩胡椒の散らされた白身はみずみずしく、素材の淡白な味をしょっぱさが引き締めていた。ピリリと、散らされた胡椒がアクセント。


「せんせ、どうですか?」

「……美味いんじゃないか。よくできてる」

「えへへ、お母さんに教えてもらったんです」

「そうか」


 その時、千坂はらしくなく、大人びた笑みを浮かべた。実感を噛みしめるように、口に運んだ目玉焼きを咀嚼する。多少どぎまぎとしてしまった自分に腹が立った。

 だから、目を向けずに自分の食事を続ける。対して、視界の端に映る千坂の手はだんだんと速度を緩め、ついに、箸を置いた。


「ねぇ、せんせ」

「なんだ」

「わたし、家出してきたんです」

「そりゃあな」


 昨日の夜、階段下にどこかで見た臙脂色の制服を見つけて、声をかけた時を思い出す。「お前、千坂か」と声をかけて。ピクリと肩を震わせて俺を見上げた時、たしかに彼女は涙を溢した。それで俺は、ここで泣き喚かれても面倒だと家に上げたのだ。


 今の千坂は、その時と同じ弱々しさを声に載せている。


「理由は話せないんです。でも、信じられて、しかも見つからないような場所は、ここしかないんです」

「……」

「だから、お願いします。少しでいいので、ここに置いてくれませんか」


 食卓に影がさす。千坂が、頭を下げていた。そのつむじを見て考える。

 塾講師としての自分と、自分の生活と、千坂を天秤にかけ。寂しくなった口に次の目玉焼きを放り込んだ。


「千坂」

「はい……」


 千坂が顔を上げ、その固まり切った表情を見て告げる。


「ダメだな。俺は目玉焼きの黄身を完熟に仕上げるやつとは、同じ釜の飯を食わないって決めてるんだ」

スーパー軽くなったやつ。字数辛いから終盤色々削って、なんなら美瑠さんも死んだ。


書きたいものが書けなくなっていたので、すぐにボツになった。

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