第二稿
第一稿を踏まえて、何を強化しようかと考えたときに。
塾講師としての側面を強化してメインにしようかとも思いましたが、この時点での浜さんは塾講師というフィールドを活かしてヒューマンドラマを描くという意識だったので。むしろ塾講師としての側面を濃縮し、空いた字数でキャラクターを見せようと思った。
塾講師というアルバイトは、えらく不自由な仕事だったりする。
スーツを着て、ニコニコ笑顔で適当なことを話していればお金の入ってくる魔法の仕事なんて、よくよく考えてみればあるはずもないのだ。時給千七百円でも安いと言われる理由を、あるいらその代償というものに考えを巡らせろ。
例えばそれは、時間の不自由。
飲食店やなんかと違って、決まった時間に、決まった場所へ、決まった客が必ずやってくる。この日だけはライブに行きたいとか、愛する彼女の誕生日だからとか、そんな理由じゃ休めない。
しかも欠席が出ればその補習が増えるし、補習給は地域の最低賃金とイコールだ。
なんなら、新人の頃は授業ごとに予習でひいひい言わなきゃいけない。無給で。
あるいはそれは、行動の不自由。
古き良き和服の一種……じゃない方のモンペが跳梁跋扈する現代社会において、生徒との個人的接触は厳禁だ。もし仮に、野生の生徒とエンカウントしようもんなら、なるべく会話を交わさずにフェイドアウトしなきゃあいけない。
結果、コンビニに入るたびに店内を一周回ってクリアリングしなけりゃ気のすまない、俺のようなエージェントが生まれたりする。
他にも、中小では清掃だのなんだのまでアルバイトの役回りだったり、基本飲み会が深夜だから生活リズムぶっ壊れたり色々あるわけだが。
俺は今、塾講師としてのグレーゾーンに片足を突っ込んでいる。
いやもう、両足かもしれない。
ぷろばぶりぃ、気付いてないだけで頭までどっぷり行ってるのかもしれない。
カナヅチだし、本当に頭まで沈んでたら終わりだな。冗談っぽく考えてみるも、冗談になっていなくて笑えなかった。
◇◆◇
「せんせっ! せんせせんせっ!」
「やめろぉ、声を出すなぁ……」
令和始まって以来、最悪の目覚めだった。俺はお布団とくんずほぐれつ愛し合って、現実とおさらばしようとするのだが。大きなカブが埋まってるでもないのに、俺から布団を引っこ抜こうとする輩がいる。
「声を出すなとは何事ですか! パワハラですか! あなたをパワハラとセクハラで訴えますよ!」
「うるせぇ。お前は住居侵入罪で裁判所に引っ張り出される覚悟してるんだろうな」
「私はせんせに招き入れられたので、ノーカンッ!!!」
「くそぉ……」
悲しいかな。あらゆる友人から社畜と言われつつ大学生活を塾講師の道に捧げた俺には、JKに抗う筋肉すら残されていない。くだらない綱引きは俺の負けで幕を閉じる。敗者らしく、ベッドで情けなく丸まる俺の上に仁王立ちして、亜麻色のショートカットがツンツンと俺を見下ろしていた。窓から差し込む朝日に煌めいて、目に痛い。
「夢であってほしかった」
「あれ、切実ですね」
「ほんとにな」
くあ、とあくびを一つして、諦めをつけた。夢の中に逃げられないのなら、現実のお邪魔虫をさっさと叩き出すのだ。
「どいてくれ千坂。起きられない」
「えぇ、いいですとも」
千坂は満足げにひとつうなずいて、ベッドから飛び降りる。
はは、馬鹿者め。
「ーーいっ、たぁっ!」
何か踏みつけたらしかった。片足抱えてぴょんぴょんと跳ねている。面白かった。
「笑わないでください!」
「やだよ。タダで泊めてやったんだから、そのくらい笑わせろ」
「この意地悪教師ぃ!」
千坂は涙目で俺を睨みつけながら、居間に消えていく。彼女が引き戸を開けた時に漂ってきた匂いからして、どうも朝ごはんを作ってくれたらしいと悟った途端。引き戸はぴしゃんと閉じられた。
ベッドの上で上体だけ起こして、髪を撫で付ける。部屋には夏の残り香のような熱さがぬるりと漂っていて、気持ちが悪い。俺は慌てん坊の千坂と同じ轍は踏むまいと、足元に転がる昨日のワイシャツを蹴っ飛ばしてから立ち上がった。
うん、部屋、汚い。
大学で配布された講義資料とか、刷りすぎてこそこそ持ち帰った授業プリントとか、服とか。居間をきれいに保つための生贄である寝室は、たまにテレビに映るゴミ屋敷よりはマシといった感じ。
住み始めてしばらくは綺麗にしていたはずなのだけれど。慣れてしまった。
えっちらおっちら、靴下とかクリアファイルとか卒業見込証明書とかを蹴っ飛ばして歩く。
……なんかマズいものを蹴っ飛ばした気もするけど、気のせいだ。
腹をボリボリかきながら、俺は引き戸を開けた。
「おはようございます、せんせ!」
「ーーあぁ、おはよう」
少し、面食らう。
朝起きて女性に挨拶されるのは、相手がJKとはいえ随分と久しぶりだった。そういえば、綺麗にしていたのはあの頃だ。
比べるように、俺は四角いテーブルの向かい側にぺたんと座った千坂を見やる。
明らかに可愛い系の、淡いパステルピンクを基調としたルームウェア。緩い袖口から覗く手足はほっそりとして、しかし健康的な肉付きを感じさせる。胸には何もついてないけど。
「……せんせ、何じーっとみてるんですか?」
「いんや、なんでも」
いかん。これじゃまるでロリコンだ。
頭を振って、彼女の向かいによっこらせと座り込む。
「せんせー、おっさんくさい」
「ほっとけ」
とはいっても、彼女に欲情したりはないだろうな。
同じくらいの高さになった彼女の顔は、悲しいくらいに平均的。つり目気味の目は少し猫っぽい。
俺はもっと、しっとり美人系がいい。
「さてさて、それよりまずは朝ごはんです」
「作ったのか?」
「作ったと言うのもおこがましいですが!」
言葉と裏腹に胸を張る千坂は無視して、食卓を眺める。
まず、白米。あれ痛んでなかったんだな。艶やかに光る白さから、湯気がほかほかと立ち上っている。実家からの仕送り品。
次に味噌汁。そういえば前に、朝に飲むかもと思ってインスタント味噌汁を買ったっけ。長らくのミイラ生活から脱却したワカメがいきいきとしている。
そして、目玉焼き。唯一の手作りらしいそいつは、どうにも目玉が端っこに寄っていて、高校物理の万有引力の問題を見てる気分だ。ほらあの、円運動してた物体が、急に加速するやつ。
総じて。
「本当におこがましいな」
「ひどい……」
元気に跳ねたショートヘアが、心なしか萎びた気がする。いやだって、本当に大したことしてないじゃないか。
俺はため息ひとつついて、箸を取る。塩胡椒の散らされた、みずみずしい白身を切り取って、口に運んだ。
「まぁ、味は悪くないんじゃない」
「悪くない……?」
「……めんどくさいな、美味しいよ」
「ですよね! 味に文句があるとしたら、ろくな食材の入っていない冷蔵庫に言ってください」
それきり、元気にいただきますと言ってパクパクと食べていく千坂。どうもはめられたらしい。ふと、交渉だのなんだのは食後の方が通りやすいという話を思い出して、俺も一旦朝ご飯を食べ切ることにした。
千坂にはああ言ったものの、目玉焼きの塩加減は絶妙だった。淡白な白味の味をしょっぱさが引き締めて、胡椒がピリリとアクセント。素朴にウマい。
ただし、黄身は完熟だった。
「おい」
「ふぇ? もひかひてはんふふのほうふぁ」
「飲み込んでから喋れ」
「んぐ……んく。もしかして、半熟の方が好みでした?」
最後に黄身をご飯に乗せて、醤油をかけて食うのが旨い。
「あぁ、その通り」
「それは失礼しました。以後、気を付けます」
「以後、ね……」
おどけて敬礼をしてみせる千坂に、俺はありがとうとかよろしくとか、そんな言葉をかけるべきかもしれないが。それはただ、俺が寝ぼけているだけ。
以後気を付けるとはつまり、これからも俺の部屋に居座るということで。それは、全くもっておかしな話なのだ。
だってこいつは、俺の妹じゃない。親戚の娘でもなければもちろん彼女ですらないし、なんなら実の娘だったりもしない。
千坂は二年前、塾講師である俺の生徒だった女の子。俺の、最初で最後で唯一の失敗。
つまり、倫理的にも精神衛生的にも、一緒に暮らしていると大変よろしくない存在だった。
首の後ろをさすりながら、口を開く。
「なぁ、千坂」
「なんですか」
目をパチクリとさせて、彼女が答えた。
「なんで昨晩、俺の家に来たんだ?」
「あぁ、その話ですか」
そして、いそいそと居住まいを正す。
彼女は昨日の夜十一時ごろ、仕事から帰った俺を待ち構えるように、アパートの階段下に座っていた。臙脂色の制服をした彼女が家に上げてくれと言った時、もちろん俺は追い返そうとしたのだが。もう夜も遅いだのなんだの、一日の疲れもあって押し切られ、今に至る。
あの時と違ってルームウェアを着ている千坂は、きっと着替え一式をあのキャリーケースに詰めているのだ。きっと、ろくな話じゃない。
かたん、と箸の置かれる音。
「人好先生には、私の家庭教師をしてほしいんです」
「……はぁ?」
「ほら、家庭で教えるのが家庭教師でしょう? だから私も、せんせの家庭で教えてもらおうかなーなんて。高校受験の時、あんなに親身になってくれたせんせになら、身体を許してもいいかなーなんて」
千坂は忙しなく手や視線を動かしながらまくし立てる。ぽこじゃかと出てくる意味のわからない言葉の数々は、きっと昨日の夜から今日の朝まで、考え続けた結果なのだろう。俺は、千坂が落ち着くまで、踏ん切りがつくまで、味噌汁をすすりながらじっと待っていた。
「なんて、はは……」
千坂らしくもない乾いた笑い声。笑いどころなんてなかったから、俺は笑ってやらなかった。
すっかり力の抜けた手を膝に置いた千坂が、ポツリと溢す。
「私、家出してきたんです」
普段はうるさい口をきっ、と横一文字に結んだ千坂。ほれみろ、ろくな話じゃない。
俺は誰にともなく予想を当てたことを勝ち誇りながら、味噌汁の碗を置いた。千坂の、期待というより希望、いや、すがり付くような瞳は、俺を捉えて離さない。
本当にこいつは。俺は本日二度目のため息のついでに答えた。
「いやだね。俺はインスタント味噌汁の味噌をちゃんと溶かさないやつとは、同じ釜の飯を食わないって決めてるんだ」
というわけで、第二稿です。
ヒロインに比重おいて、こんな可愛いのに陰がある!なんで!って感じで次に引きたかった書き出し。
塾講師としての部分の濃縮として最初の語りを追加。裏話とかも出てきつつのストーリー展開になるんだよ、と伝えたかった。
ただ、ぱっと書き直したもんだから、軸がぶれてる。
千坂を性的に見せたいのかなんなのかわからない。また、千坂という女子高生が、同棲というものに慣れすぎている感が出ている。
と、下読みをお願いした知人に言われてしまい、それは書きたいものと違うわと書き直しを迫られたわけです。
ちなみに、投稿作と比べオチがすごくひねくれた感じですが、最後の最後までこんな感じでオトすつもりでいたりしました。